野ひめゆりが咲きました。ピンポン球の中に丸ごと入ってしまいそうなくらい小さな花です。
さてさて、「なにがイノベーションだよ」「本当に意味が分かってんのか」――と、冷笑を買った安倍長官の話しが最近のニュースにありました。
「人口が減少するが、この国はどうしたらいいか」と司会の石原伸晃に問われて「キーワードは2つある」ともったいぶった後、「イノベーションとオープンだ」と続けたらしいのですが、後がいけなかったようです。
「イノベーション」と聞いて、私は思わず最近読んだル・モンド・ディプロマティーク日本語版に載る「競争理論は検証可能か」という小論を思い出しました。
社会科学高等学院研究部長ジャック・サッピール氏が、新自由主義経済学者の、「競争は善だ、というドグマ」のもとで、疑問さえ差し挟む余地がなくなった現況に警告を発しているものです。
競争が何よりも新たなイノベーション(革新)のダイナミズムであるという考えも、宗教に近いような信仰である、と退けています。
(安倍晋三氏がこういった意味でイノベーションを使ったどうかはわかりません。)
最後に氏は、ロシアの民営化、エンロン事件、ワールドコム等々のスキャンダルに多くの専門家が関与していた事実をあげて、新自由主義経済を推進する学者たちが、金と権力のために、社会に多大な損害を与えるそうした神話をあたかも科学的真理にみせかけ、さらにはまっとうな経済学研究に対する疑念を抱かせるに至った現状を指摘しています。
国鉄・郵政の民営化、ホリエモン、村上ファンド等々、この国にも、そうした事例に事欠きません。
「もっとも利己的な目的に突き動かされた個人間の競争」を、子供を育てた母親としても、また多少とも他家の子どもさんと直接関わり合った経験から考えてみると、競争は善なのか、悪なのか、という問題のたて方は無意味なように思われます。その意味でも、競争理論は検証不可能といえそうです。
競争によって、頑張った子が報われるというのも、一種の信仰に近いものがあります。報われないときもある、と認めるのは、当事者にとっては辛すぎますし、競争に駆り立てるものにとっては都合が悪すぎます。
競争によって意欲をかき立てられて精進する子もいれば、競争に心身をすり減らして呻吟する子もいます。
一人ひとりの個性もありますが、意欲を出して競争に取り組める場合と、競争で心の発達にゆがみの出る場合とどこがどう違うのか、やはりずいぶん考えさせられました。
少数の親しいものの間で競争を強要されるのは、かなりな重荷を背負わされることになります。また、競争で能力が伸ばされるどころか、むしろ良い芽も摘まれて萎縮する結果、競争から降りる人も出てきます。
その間の当事者の心の葛藤は想像を絶する場合が少なくありません。
ことに血を分けた兄弟姉妹の場合、ただでさえ意識せざるを得ないところに、親や教師に比較されて優劣に言及されるのは酷いとしかいいようがありません。逃げ出しようにも逃げ場がありません。
そのきょうだい間の〈競争〉というモティーフは洋の東西問わず神話、聖書にもあらわれてますし、映画『スタンドバイミー』の中で主人公の少年が流す涙も思い出しますね。
競争には必ず勝者と敗者がいますが、成功体験しか、あるいは失敗体験しか知らないという人はまずいません。多かれ少なかれ、誰しもが成功と失敗をくりかえし、達成と挫折を味わっています。
誰しもが、優越感と劣等感の間で揺れ動いた経験を持っています。
そして成長期の攻撃性が、外に向けられて反社会的な行動ることもあれば、「ひきこもり」のように自己の内に向けられて苦しむ場合もあります。
それでも、競争のもつ正の側面に刺激されて意欲を燃やす人もいれば、負の側面にのみ込まれるように、傷ついて競争から降りようとする人もいます。さらには、傷つきながらもがむしゃらに挑んでいく人もいるところが、人間です。
そんないろいろな子供たちを見て、どうしても私が納得できなかった子が、競争にとらわれて、競争に勝つことが自己目的化した子たちです。
競争にひたすら勝って進んでいくことを有言・無言のうちに親に要求されても、成長するにつれ、その要求に応えることが難しくなります。そして小さな挫折を抱えるたびに自尊感情は損なわれ、親の要求に応えられない己にもどかしさどころか、罪悪感さえ感じることも。
さらにアイデンティティの混乱が重なると、自尊感情は容易に傲慢さに転化される形で修復されたりします。
若い人の傲慢な言動の陰には、劣等感にうち震えている姿が見え隠れすることもよくありますが、傲慢と、その裏返しともいえるコンプレックスの絡む罠から抜け出すことは簡単ではありません。
結局、この競争社会に身を置きながらも、競争そのものではないところに価値を見いだしたものの方が幸せだ、ということになりそうです。
(新自由主義経済の「競争」の話しから、大分脱線してしまいました。m(_ _)m)
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