BSE問題、確率をいわれても

_002  メロンパンを初めて作りました……我ながらほれぼれする出来です……美味しい……。メロンパンといっても、チョコメロンパンで、メロンの味はしません。ただし、使った酵母は、この夏に作ったメロンの酵母です。

パンを初めて作ったのは30年前のこと。子供たちに少しでも添加物のない安全なものを食べさせたいと思ったのがその動機。途中長い中休みがありましたが、天然酵母を作り始めた昨年から、また復活。やり始めると止まらないのが私……

 で、8日、日曜日の朝、これほんとうにNHK? と家の者に思わず尋ねてしまったのが、「羅針盤 牛丼危機脱出経営術」。なにしろ数10分の間、牛丼の吉野家のコマーシャルもどき、アメリカ牛輸入のプロパガンダもどきをしていたのですから。

 8月にいろいろ良い番組をしていてくれたNHKに対する気持が、脆くも崩れ去って、呆然としていた、というのは大げさですが、呆れてしまったのは事実です。

 ご存じのようにアメリカ牛輸入停止になって以来経営危機にさらされていた吉野家が、全米の食肉工場の中でも安全に処理していると判断した8社を選んで牛丼が復活した、という話で、もっぱら経営面からみたアメリカ牛の輸入問題でした。

 これだけ議論の多いBSE問題を抱えたアメリカ牛輸入について、いかにも安全ですよ、というメッセージを発するように、吉野家の経営者を登場させて説明していたのには驚きました。

 牛丼食べに云ってる人たちは、これまでの(BSEの原因といわれる異常プリオンについても)食品添加物の感覚でいるのよね、それで少しぐらいなら大丈夫と思っているのじゃない? と私。

 いや、これが庶民の感覚で、庶民の代弁をしているだけじゃないのか、というのは夫。

 BSE問題に関しても、さあ、どちらの意見をとるかはみなさんの自由です、とばかりに、それぞれの専門家がそれぞれ反対のことを言っているわけで、私たちには選択の自由があるといわれても、困ってしまいます。

 中には確率論からいって、変異生クロイツフェルトヤコブ病で日本人の死者が出るのは1万年に1人もいない、という専門家もいるようです。

 これまで100万頭ものBSE感染牛が食べられてきたイギリスでは、2006年6月までに156名の患者が出ているとのこと。

 結局日本人と英国人の牛肉の食べ方の違い等を考慮して、確率が1,000分の1×100分の1、つまり毎年0.00001人の患者が出る、ということになるらしい。ここから1万年に1人の確率で変異性クロイツフェルトヤコブ病にかかるかも知れない、だから気にするな、という結論が出るようです。

 ただ現に日本でも1人、患者が出ています。それで、あと1万年近くは発生する怖れはない、ということにはなりませんし。

 リスクゼロを求める消費者の態度が不合理だといわれても、輸入牛に関して、どうもアメリカではダウナー牛の処理にいろいろ疑惑と問題が生じていることを考えると、信用しろ、という方が無理です。

 

 追記:
 ダウナー牛を農場に埋めているという証言もありますし、アメリカUSDA監査局が、ダウナー牛の食ルート混入を認めた、というニュースもあります。10ヵ月間の調査で、12のと畜場のうちの2つで20頭のダウナー牛を見つけたというのですから、かなりな高率です。 

 

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伝統への思い、そして教育基本法改正案にいう「伝統」とは

 戦争が終わって1年と7ヵ月の1947年3月、
「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」
 と高らかに宣言をして「教育基本法」が制定されました。

教育の目的は、

「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

と第1条に謳うこの法律に、「教え子を再び戦場に送るな」という先生方の意思と、臣民ととして、括弧付き【愛国心】を強制されて戦場に駆り出されていった人たち、送り出していった人々の願いがこめらています。

 

改正法案前文にある「公共の精神を尊び」「伝統を継承し」等の文言が、なぜ新たに加えられなければならなかったのか、そこにどんな意思が働いているのか、つい気になってしまいます。

「公共」「伝統」という言葉そのものについても、読む人にとってまったく考えが異なってきますから、自分の思いで漠然と良いこといってるな、と思っても、具体的なことがらについては正反対だった、ということがありますね。

 先のエントリーで言及した稲田朋美氏のように、良き伝統を後醍醐天皇の親政に求める人もいるわけです。

 私でも、祖先が営々として築き上げてきた伝統を大切にしたいという気持ちは溢れるほど持っています。季節の変わり目、年中行事を家族と共に楽しむのは、今でも大事な我が家の生活スタイル。

 子供たちには日本の味を覚えてもらいたかったから、化学調味流は使わずにおだしをとって育ててきたのは、せめてもの母親の良心でした。

 都市住まいでも郊外に出れば、長い間人々の生活の舞台のひとつでもあった里山が荒れて、竹藪は外へ外へと伸び邦題になってさらに里山を浸食していくのが分かります。

 そんな里山、竹林の整備に山へ入るとき、山の神さまに御神酒をあげて無事に作業が済むように祈るのは、やはり私たちの伝統です。

 お正月には家中の神さまに御神酒とお餅をお供えして、1年の無事を祈りますし、このとき「お雪隠さん」といってトイレの神さまにまで敬意を表するのは、なんだかとてもほほ笑ましくて、思わず顔がほころびます。

 あげていくときりがないほど、今でも少なくなったとはいえ様々なところに伝統のかすかな息吹が、人に強制もなく、ひそやかにに輝いているのを感じ取ることができますね。

 私はそんな日々の生活に息づく伝統を大切にしていきたいと思います。

 

ことさら伝統、伝統と声高に叫ぶのにはちょっとご用心!

 私たちの思いにある伝統と、大声で連呼される伝統とは、似て非なるものかもしれませんよ。

 なんてことを、この改正案を読んで考えてしまったとむ丸です。

 以下の呼びかけが「青空を待ちながら」のkuroi-mazinさんから回ってきました。
C72532faa076686aba5365a7b9d0b40b  
← kuroi-mazinさん。

 ご協力ください。 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆ 以 下 転 載 ☆☆☆☆☆☆☆☆

署名のお願いです。
教育基本法「改正」情報センターが、日本教育学会歴代会長「教育基本法審議に向けての見解と要望」への市民賛同署名を始めました。第1次集約は10月15日です。

署名のご案内はこちらです。ごらんいただくとお分かりいただけますが、これは勉強会に参加された若い方が、どうしても市民向けの署名を集めたい!という思いで始められたものです。その方のメールを下に転載します。(ご本名が出ていますので、私がHNに変更しました。)

署名フォームはこちらです。匿名も選べますので、ぜひご協力をお願いいたします!

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はじめまして。
私は、大学で教育学を学んだ、みちこと申します。
26歳のまだまだ若僧です。
ホームページを拝見させていただき、署名運動へのご協力をお願いしたく、メールいたしました。

安倍内閣が組閣されて、教基法の「改正」を第一課題に掲げています。
この状況で、私は、一市民として、教育学を学んだ者としてもいても立ってもいられない思いでいっぱいです。

先日、日本教育学会歴代会長「教育基本法改正継続審議に向けての見解と要望」に対する教育学研究者の賛同署名が始まりました。
しかし、残念なことに、この賛同署名に参加できるのは、「教育学研究者」に限定されてしまっていました…。

そこで、教育基本法「改正」情報センターは、若者有志と一緒に「見解と要望」に“勝手に賛同する”みんなの署名運動を開始することにしました!

私も若者有志として、分かりやすい解説づくりに奮闘しました。
みんなで手をつないで、「改正」案を廃案に追い込みたい!
この思いで今、若者有志で、一万人の署名を集めて国会を動かそうと呼びかけています。
どうかこの署名活動の呼びかけに賛同をし、協力していただけないでしょうか?
集めた署名は、衆議院教育基本法に関する特別委員会での法案審議が再開される日に合わせて、特別委員会の理事および委員に提出します。

以下が、詳細ののっているホームページアドレスです。
教育基本法「改正」情報センターhttp://www.stop-ner.jp/

●趣旨説明

http://www.stop-ner.jp/061015shomei.pdf

●署名フォーム

http://www.fleic.dyndns.org/cgi-bin/gakkaisando.cgi

どうかこの署名運動のことをとりあげていだだけないでしょうか?
ご協力をお願いします!!
この流れを絶対になんとかして止めたいと思っています!!

教育基本法「改正」情報センター若者有志
みちこ

☆☆☆☆☆☆☆☆ 転載ここまで ☆☆☆☆☆☆☆☆

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こんなのイヤだ! 土下座選挙

 アベ総理大臣、アベ総理大臣と、テレビからもラジオからも、アナウンサーの声が聞こえてきます。ほとんどテレビを見ない私でも、狭い家のこと、ついていれば耳に入ってきます。

 さて、ホトトギスが咲きました。ほんのり紫色の入った、ひそやかで美しい花です。 _089     我が家には園芸種のホトトギスもありますが、つややかさでも品の良さでも、こちらの野生種にはとてもかないません。

_090 
 で、考えたくもないアベソーリがすでに誕生してしまった現実に、違和感どころか不快感がこみ上げてくるのはどうしようもありません。

 さまざまな宗教がらみ金銭がらみヤクザがらみの臭聞が聞こえてくる政権の中枢に座る面々を見ていると、この国はこれからどうなっていくのかと、不安がいっそうつのります。

「あたしたちの前で、土下座したんだからね!」とは、衆院選の際のさる自民党候補者について話す、某宗教会員がわたしにいった言葉。

「土下座」とは言葉もいやですが、行為そのものが、する方にとっても受ける方にとっても問題です。

 知り合いの小学生が受験塾の講師に土下座させられた話しを聞いたときには、する方もする方だけれど、させる方はもっと悪い! と怒ったとき、そちらのお母さんはきょとんとした顔をしていましたっけ。

 子供を育てるというのは本当に手間のかかることで、時には精神的な親子のぶつかり合い・取っ組み合いが必要です。自分のエネルギーをどんどん子供に奪われていく感覚のなかで、それでも我が子と関わらざるを得ないと覚悟する。それを簡単に土下座する・させるの関係にもっていってもらいたくない。

 絶対的権威に服従します、恭順します、と態度で示すのが土下座ですから、これが政治の世界に持ち込まれるのは民主主義じゃない。

 候補者の土下座を目の当たりにしたときの、えもいわれぬ優越感を共有した信者の一体感を想像したら、「敬虔」とはほど遠い世界でしょう。

 いや、そこまでの気持はなくて、もしかしたら、土下座までするとは、かわいそう……と思うのかもしれませんが。

 土下座といえば、昨年の片山さつき氏も記憶に新しいし、今日発売らしき週刊文春には、「新大臣高市早苗の土下座事件」の文字が躍ります。

 wikipediaによると、

 日本の保守系政治家が選挙時に有権者の前で土下座することを侮蔑していた。しかし初めての選挙の時、後援会長に「土下座するのが当たり前」と促され、感極まった弟が土下座をすると、涙ぐむ有権者の万雷の拍手の中、姉弟土下座をした。

 ということらしい。

 候補者にとって、いっときの土下座さえ辛抱すれば、あとはバラ色ですか。

 有権者は土下座で味わう優越感と高揚感と引き換えに、何か、一番大切なものを失っているのでは?

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アベ政権で期待されるものって?

教員評価を厳格化」「カリキュラムを見直す」「“徴農”でニート解決」と、なにやら過激な小見出しの続く、9月4日付の産経web。なんでも、8月29日に開かれたシンポジウム「新政権に何を期待するか?」での発言ということです。

 それぞれ下村博文現官房副長官山谷えり子現内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)稲田朋美衆議院議員のもの。

 前2者の方たちは、文部科学省では頼りにならない、官邸が主導する、駄目な教師は辞めさせて、いい先生の待遇をよくすると、語気荒く喋っているのが伝わってくるような記事でした。

 さらに同記事によると山谷氏は、官邸の教育改革推進会議と八木氏が設立準備室代表を務める「日本教育再生機構」のように、「官邸と国民運動が一緒に教育再生に取り組みたい。教育現場の実態をどんどん官邸に報告してほしい」と語ったそうです。

 ああ、これからは密告とパージの嵐が、教育界で吹き荒れるのでしょうか?! アベ・パージ内閣?

 そして稲田朋美氏の、加藤さんの家焼けちゃいましたね、という発言があったのもこの集会でのことですが、これについて産経webはひと言も触れていません。

 この稲田発言については雑談日記さんも書かれておられますが、私は北海道にお住まいの方のこちらのブログから知りました。

 なんでも稲田氏は、地元福井の新聞で首相の靖国参拝を批判する加藤紘一元幹事長と対談したことを紹介。加藤氏実家が右翼団体幹部に放火された事件について、対談記事が掲載された15日に、先生の家が丸焼けになった、軽い口調で話した」そうです。その上、「約350人の会場は爆笑に包まれた」とのこと。

 ちょっと待って、あなたたち、自分のやってること分かっているの? とまず当惑が先に立ちましたが、確信犯でしょうね。

 デリカシーとモラルの欠けていることは確かですが、何よりも法曹資格を持ち、そのうえ国会議員であるという、2重の責を負うものが、違法行為の被害者を嘲笑するかのようなこうした行為を率先してやることが許されるのでしょうか。

 人の不幸に溜飲を下げる「選良」とその支持者たち。このあまりの露骨さに、腹の立つ前に唖然としてしまう……こうした猛々しさに比べ、どうも良識派はお行儀が良すぎるのかな?

 氏はHPで「伝統と創造」という言葉を使って政治理念を述べていますが、なんだかよく分かりません。一部引用しますと、

「明治維新は700年前の天皇親政を取り戻しながら、近代化を推し進めた、ここに明治維新の特徴があったわけです。だからこそ日本は困難な時代において、アジアで唯一欧米に植民化されることなく、日清、日露の戦争に勝ち、近代国家へと生まれ変わることができたのです。私は、日本再建のキーワードとして「伝統と創造」を掲げ、日本のよき伝統を守りながら創造を続けることで真の改革を実現したいと思っています」。

 700年前の天皇親政とは、たぶん後醍醐天皇の建武の新政を指すと思われます。

 彼女の言う伝統とは、この「建武の新政」のことなのでしょう。

 そしてこの建武の新政の体制に戻って近代化を成し遂げた明治という時代を、どうも「伝統と創造」の時代として、構造改革のお手本とする、という主張のようです。理念を見る限りでは、どうも「天皇親政」の教えで純粋培養された感じです。

 どう考えても、天皇親政と構造改革が結びつきません。天皇親政という体制そのものが構造改革の目的というのでしょうか。幕藩体制が天皇親政体制に変わる。これも一種の構造改革として、それによって初めて近代化が可能となった、と考えるのでしょうか。

 うーん、分かりません。

 それに、明治と現代の間がスポッと抜け落ちているのは、なぜ?

「この頃都にはやるもの、夜討ち 強盗……」と始まる二条河原の落首にうたわれた時代が、そんなにいいと思っているのかしら。

この人にとって、後醍醐天皇親政の時代が理想の時代

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東京都教育委員会への緊急要請署名へのお願い

 ハムニダさんを介して、kuronekoさんの呼びかけを知りました。

 賛同署名の期限は10月3日(火)22時です。「強制する・されるのはイヤだ」という考えに賛同いただける方はぜひご署名お願いいたします。

********** 引用開始 **********

東京都教育委員会に対する緊急要請への賛同のお願い

突然のお願いをさせていただきます。私たちはこのたび、東京都教育委員会に対し、後掲のような緊急要請を行うことにしました。この要請にご賛同いただける方は、お名前、所属を添えて、次のいずれかへE・メールでお知らせ下さるよう、お願いいた
します。賛同署名の期限は10月3日(火)22時とさせていただきます。

  

shomei@zendaikyo.or.jp

 

kinkyushomei@yahoo.co.jp

呼びかけ人
石田米子(岡山大学名誉教授)、大西 広(全国大学高専教職員組合委員長)、勝野正章(東京大学教員)、小森陽一(東京大学教員)、近藤義臣(群馬大学教 員)、斎藤貴男(ジャーナリスト)、酒井はるみ(茨城大学教員)、志水紀代子(追手門学院大学教員)、醍醐 聰(東京大学教員)、俵 義文(子どもと教科 書全国ネット21事務局長)、浪本勝年(立正大学教員)、成嶋隆(新潟大学教員)、早川弘道(早稲田大学教員)、堀尾輝久(東京大学名誉教授)

2006年10月●日

東京都教育委員会 御中  

東京地裁判決(9月21日)を踏まえた緊急の要請書

 東京地方裁判所(難波孝一裁判長)は、2006年9月21日、東京都立高校などの教職員らが、東京都教育委員会を相手取った訴訟で、国旗掲揚の際の起立 や国歌斉唱の義務がないことを認め、東京都教育委員会の通達や校長の命令に従わなかったことを理由に教職員を懲戒処分をしてはならない、という主旨の判決 を言い渡しました。
 この判決は、憲法第19条と教育基本法第10条に基づく、二つの重要な法的判断を行っています。
 一つは憲法19条に基づく判断で、判決は、「起立したくない教職員、斉唱したくない教職員、ピアノ伴奏したくない教職員に対し、懲戒処分をしてまで起立 させ、斉唱させることは、いわば少数者の思想良心の自由を侵害し、行過ぎた措置である」と判示しました。つまり、東京都教育委員会の「10.23通達」と それに基づく校長による職務命令、そして懲戒処分という、行政が行なってきた一連の行為は、思想・良心の自由を保障した憲法19条に違反すると明確に判断 したわけです。

 もう一つは、教育基本法第10条に基づく判断です。判決は、国旗・国歌は国民に対し強制するのではなく、自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の趣旨であると判断しました。そのうえで判決は、最高裁学力テスト判決で示された
憲法・教育基本法解釈に従って、「10.23通達」に始まる東京都教育行政による、逸脱を許さない国旗・国歌強制施策は教育基本法10条に違反する(不当な支配」に該当する)と認定しました。
 ところが、東京都と都教育委員会は9月29日、この東京地裁判決の受け入れを拒み、東京高裁に控訴しました。これに先立ち、石原慎太郎東京都知事は9月 22日の記者会見で、「当然控訴します」と開き直り、控訴の理由として、「通達に従って、指導要領で指示されていることを先生が行わない限り、それは義務 を怠ったことになるから」「処分を受けて当たり前」と発言しました。
 しかし、判決はそもそも東京都教育委員会の通達も、それに基づく校長の職務命令も違憲・違法と判断したわけですから、教職員にはそれらに従う義務がないことは明らかです。この意味で石原都知事の発言は完全に論理破綻をしています。私たちは東
京都と都教育委員会がこのように正当な理由を示せないまま行った控訴に抗議し、すみやかに東京地裁判決に従うよう、強く求めるものです。
以上のことをふまえ、私たちは東京都教育委員会に対し次の3点を要請します。

1)今回の東京地裁判決に基づき、「10・23通達」をはじめ、国旗・国歌強制をめぐ
る、すべての通達とそれに基づくすべての職務命令をただちに撤回すること。
2)前記の諸通達と職務命令に違反したとしてなされた、すべての懲戒処分を取り消すこと。
3)今回の東京地裁判決の重みを真摯に受け止め、教員の思想・良心の自由を保障し、児童・生徒とともにのびのび学べる教育環境づくりを進めること。

以 上

********** 引用終わり **********

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竹中経済政策の見返り疑惑について、もう一つの警告

 前回エントリー「キックバックは竹中氏2兆円、コイズミ氏1兆円!」の記事内容がブログ界を駆けめぐったようで、過疎ブログを管理する私には、やけにとまどうことの多い週末でした。

 その際にいただいたコメント・TBの中にも様々なものがあり、大半は衝撃的な内容に驚くものでしたが、中にはITS communityさんのように、「米国がらみの情報は第一弾に注意せよ! ……郵貯資金での米国債購入のほんとうの意味でのおそろしさ!!……」という、アメリカが仕掛ける2重3重の罠に注意を促すものがありました。

 前回記事の情報源となった藤原直哉さんの話についての検証は私の能力をはるかに超えていて、とても自分が裁断を下せるものではありません。

 ただ、コイズミ・竹中ラインのいかがわしさ、限りなく黒に近い疑惑の存在が推測されるだけです。(それにしても、竹中氏の証人喚問とか、何とかならないものでしょうか)。

 最後の最後まで執拗にコイズミ氏がアベ氏を首相に推していたこと、突然の竹中氏の辞職、政府専用機を駆ってコイズミ氏の、まるで外交を私物化したかのような、一見外交に思わせる私的匂いの強い東へ西への卒業旅行の敢行、一族の期待を背負って祖父の汚名を晴らすべく首相の座に就いたアベ氏の政治の私物化等々、私たちの政治不信を呼ぶ闇と腐敗。

 まったく金と権力に寄ってくる浅ましさをこうも見せつけられて、暗澹とした気持になります。

 

だいたい、美しい」とか「優しい」とかいう、有無をいわさずに価値観を押しつけるような言葉を声高に主張する人こそ、ほんらいの美しさや優しさとは縁遠いことに注意しましょう。

 

ITS communityさんの記事は、前回の私のエントリー「キックバックは竹中氏2兆円、コイズミ氏1兆円!」を考える際のひとつの参考にもなると思います。

以下に一部ですが抜粋させていただきました。

 

では、「200兆円もの資金が米国債購入に充当」という情報は、何をカモフラージュするものなのか!?答えは簡単である。つまり郵政公社が民営化される事 により、日本の国債の価値が下がるという事の危険性を隠蔽し、一般市民に気づかせない為である!!日本の国債を買い支えているのは、他でもない日本郵政公 社なのである!日本の国債の価値が下がれば、郵政公社は勿論の事、日本の多くの金融機関は破綻の危険を生じるという、米国にとっては願ってもない状況にな るのだ!後は【ハゲタカファンド】が本領を発揮するだけである・・・。実は小泉・竹中政策=自民党が、金融ビックバンのどさくさにまぎれて【預金のペイオ フ制度】に異常な執着を見せたのは、米系ファンド・金融機関が日本の金融機関を買収する際にコストがかからない様にする為だったのである!

 (引用終わり)

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キックバックは竹中氏2兆円、コイズミ氏1兆円!

 

藤原直哉のインターネット放送局で、9月26日、「小泉政権の後始末」で衝撃的な話が出ていました。一度聴かれてみてください。

郵貯340兆円のうち、すでにゴールドマンサックスの仲介で200兆が30年満期の米国債に充当されている。

 そのうち手数料3兆円分の米国債がキックバックされ、2兆円分が竹中氏に、1兆円分がコイズミ氏に渡っている。

 このことがリークされて、4月に竹中氏が検察の事情聴取を受けたが、以前から月に1回勉強会をしているCIAから表に出すなといわれて、10億円渡されて検察側の捜査はストップ。

 

竹中氏はスタンフォード大学の客員教授として渡米し、終生帰国しない。

 

 竹中氏の下で動き、国民の財産を横流ししていたものたちの腐敗もこれからどんどん暴かれていくだろう。

 また先日の東京地裁の「国歌・国旗強制」違憲・違法判決についても、今世界は思想信条を締め付けるのに疲れてきた。これからしばらくは思想の混沌した状況が続くだろう。

 等々と語られています。

 竹中氏辞任の背景にはこうしたことがあったのか。

 それにしても、前首相の方はなぜ半分なのでしょう? エアーフォースワンに乗ってプレスリー邸に行ったこととか、次男坊をアメリカ一流のシンクタンクに入れた分が差し引かれたのでしょうか?

 
 

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植草氏の洞察、コイズミ-竹中ラインの裏切り

 今日28日のゲンダイネットで、アベ新内閣がつくられたのは、5年半続いたコイズミ-竹中コンビを守るためではないか、つまり市場原理主義のツケやウミがどっとでてきたのを隠すためにつくられたのではないか、といわれています。

 そういえば、「神州の泉」さんが気になることを言ってました。

 小泉政権のしたことは、「これまで日本の政治を支配してきた急田中派の建設・運輸関連と郵政関連の利権を破壊し、それを小泉氏自身の出身母体となっている財務・金融利権へと塗り替えただけのものに過ぎない」 

 また、

小泉政権は、国会議員と、外資系ファンド(アメリカ金融資本)と、竹中に協力した一部民間人を含む政権協力者たちのトライアングルが構成されていた」ということに言及しているのです。このトライアングルに、巨大なインサイダー取引」という「国家的規模の経済犯罪」があったのではないか、と問題提起されています。

 これを植草氏が掴んでいたのではないか、というわけです。

「 植草氏のリポートで最も重大なポイントは……りそな銀行に絡む、金融危機不安の演出による株価暴落と新自由主義経済政策の根幹的精神である小泉お得意の「自己責任論」を放棄してまでも政府資金でりそな銀行を救った、その一連の動きの中にあるのかもしれない」。

 つまり、

「政府が金融不安を恣意的に煽ることによって、株価を一気に下落させ、それが底値であることを「知っている」何者かが、底値買いを行い、竹中がりそなの救済に政府資金を供与して、株価が再び上昇した転じた頃合を見計らって売り抜け、またはその後の株価上昇を睨んで保持し、膨大な儲けを手にした、あるいはこれから手にする可能性があるのだ。ここで外資が動いていたと植草氏は指摘する」。

「植草氏はそれを調べるために当時の関係者から事情聴取を行う必要を説いている」。

 竹中氏の議員辞職もこの線から考えられそうです。

 すごいですねえ……これが事実だとしたら、私たちは怒りをどこにぶつけたらいいのでしょうか。

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緊急署名のお願い

 9月23日付の毎日新聞によると、「東京都教育庁は22日、入学式や卒業式での国旗・国歌の強制を違憲とした東京地裁判決(21日)を受け、都内 で都立学校の校長を対象にした臨時校長連絡会を開いた。都立高校や盲・ろう・養護学校の校長251人が出席し、同庁は、日の丸と君が代の指導について、今 後も従来通りの方針で臨むことを説明した」そうです。

 
さらに石原都知事は、「子供たちの規律を取り戻すために、ある種の統一行動は必要。その一つが国歌、国旗に対する敬意だ」と指摘し た。さらに「(学習)指導要領でやりなさいといわれていることを教師が行わない限り、義務を怠ったことになるから、注意、処分を受けるのは当たり前」と語 り、指導徹底を打ち出した03年10月23日の都教委通達の意義を強調した」とも書かれています。

 うーん、なぜこうも、強権で抑えつけて、自分の考えを押しつけるのが好きなんでしょうか。

 80年代になるかならないころ、北九州市の高校の卒業式で、音楽教諭が君が代をアレンジして伴奏したことが大問題になったことを思い出します。

 あのとき、問題の演奏を聴いてみましたが、とてもすてきなアレンジでしたよ。あのレコードはいまどこに? 見つけることがあったら、是非聴いてみてくださいね。

 0004l こうも国歌・国旗を強制すると、天皇・皇后の写真を安置した奉安殿が戦時中の学校におかれ、子供たちは登下校の際、最敬礼。セレモニーでは、咳ひとつ、クSenseki6 シャミひとつ、まして鼻をすすることも許されず、ひたすら直立不動で教育勅語を聞かされていたことを思い出します。

 
 緊急署名の要請の呼びかけが華氏451度さんから送られてきました。

 国歌・国旗を強制するのはおかしいと思う方、強制しなかったら両方とも結構好きなのに、なんて思う方、ぜひご協力ください。
 

 締め切りが明日9月28日(木曜)正午!!です。

<都教委への緊急要請賛同署名のお願い>

賛同署名の集約先→youseishomei@yahoo.co.jp

21日の東京地裁判決、原告・弁護団・支援者の皆さんのがんばりが生んだ勝利だったと思います。しかし、都知事や教育長は間髪をいれずに「控訴す る」と明言し、マスコミもそれを大きく流すような傾向が生じています。ここは、世論が都・都教委を包囲していること、東京地裁の判決がきわめて当然のもの であることを広く示していかなくてはなりません。今週中に、私たち市民の声を届けたく、下のような要請書を用意しました。賛同署名をつけて都教委に提出し たいと考えています。この要請書にご賛同いただき、ご署名をいただければ幸いです。ご賛同いただけます場合は下記のアドレスまで、下記3行をコピー貼り付 けして必要事項を記入返信ください。
(機械的に読み取りますので、このままコピー貼り付けしてください)

1氏名:         

2ふりがな:

3肩書き:

送り先⇒  youseishomei@yahoo.co.jp

(注/肩書きは職業でも居住市区でもOK。なくてもかまわない、とのこと) 

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死刑廃止演説から考える――まとめ

 「ムシュウ・ド・パリ」とはパリの首切り役人の別名だと聞いたら、今でも多い、花の都パリに憧れる人たちは驚くだろうか。

 自らは、「有罪判決執行者」と称したが、世間はブロー・ド・パリ(パリの処刑人)として怖れ蔑んだ

 ギロチンが登場するまで処刑方法も様々で、犯罪の種類、罪人の社会的地位によって変わった。笞刑や切除刑も処刑人がとり行い、また拷問も刑罰の1つとして認められていた。

 ムシュウ・ド・パリをはじめとして各地にそれぞれいた処刑人は世襲ではなかったが、処刑人の家族に生まれたら、他の職業を選ぶのは非常に難しいのが実情だった。

 7代続くムシュウ・ド・パリの家系サンソンの初代は端整な顔立ちの王の兵士だったが、運命のいたずらか、たまたま処刑人の娘に恋をして連隊を追われ、助手を務めた後に義父の跡を継いだ。助手として初めて罪人に笞刑を加えるよう命じられたとき、「気絶し……群衆の嘲笑を浴びた」と公式記録に書かれている(そうだ)。

 が同時にサンソン家の人々は、仕事柄接する死体をもとに外科学・薬学の本を求めて骨や筋肉や関節の接合状態を研究し、腕の良い医者として金持ちからは高い治療費を取り、貧乏人は無料で診療した。そうしたことは、己の職業に対する嫌悪感・罪悪感を薄める手だてのひとつにもなっただろう。

 規則正しく敬虔な日々を送り、自分の務めを神の御心として受けいれ、王の名の下に正義を実行し、祖国と同胞を守る尊敬すべき職業であると自ら考えることで、どうにか心の均衡を保つのだ。

 一方処刑そのものは当時において大きな娯楽そのものであり、注目される罪人の場合は、処刑台のおかれている広場・付近の道路のみならず、そこに面した窓という窓から果ては屋根まで、人がいっぱいだったという。

 罪人が処刑台に上ると拍手喝采をし、処刑が行われている間、街頭の売り子たちは犠牲者の似顔絵にその犯罪物語のパンフレットを添えて、売って廻った。 

 国王の暗殺を試みた男の処刑のときには、ムシュウ・ド・パリはぐでんぐでんに酔っぱらい、酒で勇気を奮い立てようとした。これを手伝う叔父であるランスの処刑人は、ガクガク震えながら犠牲者の悲鳴に懸命に耳を塞いで刑を執行。苦悶の絶叫の中で仕事を終えた彼は、この出来事から2度と立ち上がることができなかった。

 すさまじい光景を4時間(なんとひとりの罪人にこれだけの時間をかけて、残虐極まりない刑が与えられたのだ)にわたって眺めたものの中には、かのカサノヴァも、また彼と同席した貴婦人3人に1人の若い紳士もいた。

 パリの高等法院が下した信じられないほど残忍な処刑方法は、犯罪者のみならず処刑人まで再起不能になるほど痛めつけることになる。

 こうして貴婦人を初めとして血を好んだ民衆が、処刑を大いに楽しみながらも、それを執行するブロー・ド・パリとその助手たちを毛嫌いし、目に触れることさえ嫌がったという矛盾

 人は、血に飢えた心性の卑しさを心のどこかで感じているからこそ、処刑人を汚らわしい、自分たちとは異なる世界の住人としてとらえて安心できたのかもしれないが。

 死刑に際し、誰にも平等にギロチンを用いるようになったのが、革命期の1792年のこと。1870年には唯一ムシュウ・ド・パリを除いて全ての処刑人が廃止され、最後に公衆の前で処刑が行われたのは1939年6月、ベルサイユの裁判所前でのことだった。

「裁判所を見下ろす部屋という部屋、バルコニーというバルコニー、窓という窓は、この見もののために賃貸されていた」。

 これはフランスのあらゆる新聞に掲載されて非常な反響を呼び、以後公開処刑を禁止する法令が発せられることになった。

 1952年までには、世界で21カ国が死刑を廃止していた。

 フランスは1953年から66年にかけて22回ギロチンを使い、その都度是非論がおこり、討論が闘われた。またこれとは別にアルジェリア戦争のあいだには、国家の安全に関する理由等で処刑されるものも多かった。

 その後もフランスは、1981年に廃止するまで何度か断頭台へ犯罪者を送った。

  死刑廃止は欧州連合のメンバーになるための条件でもある。

 現在、 法律上、事実上の死刑廃止国の合計は129カ国。存置国は68カ国

 といったことをママさんはみんなに話した。

 最後に、

「まるで芝居を見るように処刑を楽しんだ人たちのおぞましさ、握手を求められても応じず、己の汚れた手でけっして一般の人たちに触れることがなかった処刑人の罪悪感。このどちらも、私たちには耐えられません。

 私たちの心のありようは、100年や200年前に生きた人たちとは異なっていますし、死刑も人の目の届かないところで行われています。血を見て激昂する民衆のぞっとするような姿はありません。

 自ら手を下さない裁定に示された人間の残酷さは、今、薄められてはいますが、なくなったわけではありません。私たちはこれを克服する必要があるのではないでしょうか」と語った。


 なお、玲奈ちゃんの知らせにあったフランス最後の公開処刑の写真について。

 写真で見る限り、見物人が意外と少ないと思われるかも知れませんが、あまりの評判に、早朝に行われる処刑に備えて真夜中以後、警官、民兵、警視庁の刑事などからなる特別警護団が、裁判所と監獄に通じる諸街路を遮断。多数の客が陣取っていた近くのカフェからの眺望は、真ん前に駐車された大きなトラックに遮られていたということです。

 一般的に、時代が下るにつれて処刑の場所は町の中心から外れに、時間も昼間から早朝にと変わっていきましたが、この最後の公開場所はベルサイユの裁判所前、6月17日の朝、5時直前のことでした。

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死刑廃止演説から考える

 山の中腹のとむ丸邸へ、日頃見かけぬ3人組が急いでおります。

ばあや:お玉邸が曲がりくねった道をくねくね行ったかと思いましたら、またとむ丸邸も、ひたすら山の斜面をどんどん登って……ばあやはもう息切れがしそうでございますよ。まったくお嬢さまときたら気まぐれで、お玉さんのところまで来たのですから、ついでにとむ丸ちゃんところにも行きたいわなんて。ふー、きついこと。

麗子:後もう少しよ。もう少しで、かわいいとむ丸ちゃんに会えるわよ。

 山のあたりは、そろそろ紅葉も始まっています。 

とむ丸:麗子さんにばあやさん、うわぁ、玲奈ちゃんまで、いらっしゃい。うれしいな~♪♪~

麗子:こんにちわ。とむ丸ちゃん! ご機嫌いかが?

とむ丸:今日はパパさんが鮎をたくさん釣ってきたから、みなさんもどうぞ、ってママさんが言ってます。

ばあや:今時の鮎は落ち鮎と申しまして、脂が乗ってそれは美味しゅうございますよ、お嬢さまに玲奈さま。おまけに雌は子持ちで、雄は婚礼色といって、それはきれいな朱色を帯びて、格別の味わいでございます。

とむ丸:で、今日は、軽いお食事を召し上がりながら、ママさんが是非お話ししたいことがあるということですよ。玲奈さんがこの間持ってきてくださったロベール・バダンテールの演説を読んで、ママさん、とても感動されてましたから。

ばあや:それはよろしゅうございましたね、玲奈さま。

とむ丸:死刑が何とかかんとかって……こまわり君の「死刑!」 なら私も知っているけれ479665286801 ど……ママさんは何に感動したのかな?

ママ:とむ丸、あなたのような子供でも、「死刑」という言葉は知っているわね。でも、「死刑」という言葉を聞いて、何を思い浮かべます?

とむ丸:がきデカ!

玲奈:ジャンヌ・ダルクなら、十字架状に組まれた柱に手足を固定されて……火あぶり……おお、いやだ。

ばあや:石川五右衛門だったら、煮えたぎる釜の中……

麗子:小塚っ原の磔……あらっ、私としたことが……でも、みんな、昔の話しでしょう?

ばあや:そうでございますね、お嬢さま。今は? どうもイメージが湧いてきません。

ママ:実は私もイメージが湧いてきませんの。子供のときに見た『私は貝になりたい』という映画の印象から、十三階段に明かりがあたっている場面を思い浮かべるのですが、どうもそれからが分かりません。あれ以来、ことさら考えることもありませんでしたし……子供はすぐに忘れてしまいますから。

玲奈:当然ですわ。子供がそんなことを気にしていたら、気味が悪い。

ママ:でも、バダンテールの演説を読んで、アルベール・カミュを思い出しましたの。カミュのお父さんは、ギロチンの公開処刑を目撃しましたね。

玲奈:初めて経験した光景で、気も転倒した様子で家に帰って来た父親は、ベッドに倒れ込んで激しく嘔吐した、とカミュは書いていますね。

ママ:十三階段の先にあるものを何となく知ったのは、私が大人になってからです。それも、はっきりと分かったわけではありませんが。法務省は具体的なことは何も明らかにしていないでしょう?

麗子:ギロチンて、「フランス革命」の象徴のようなイメージで、死刑と結びつきませんでした。でも、考えてみれば、フランスの死刑って、ギロチンで首を落とされることだったのね。

ばあや:見せしめでございましょうねえ。公開なんですから。

ママ:ええ。死刑を執行することとはどんなことか、はっきりと、みんなの前に突きつけられますわ。でも日本では、「死刑の実態」というのはさっぱり伝わってきませんね。死刑制度に賛成する人たちも、「極悪人」のレッテルを貼った人間に、その行為の当然の報いとして「死刑宣告」をしたことで安心してしまい、それ以上考えることはまずありません思考停止思考放棄の状態ですね。

玲奈:想像することさえおぞましいように、忌み嫌われていますね。ひとつのタブーでしょうか。

ママ:そう、タブーですよね。死刑は、普通の人の目に触れないところで執行されますし。最終的には、ひとりかふたりか分かりませんが、直接の執行者の手に委ねられますね。死刑の判決を下した裁判官も、執行にGOサインをだした法務大臣も、直接手を下すわけではありません。また、執行そのものがどういう形をとるのか、正確には私も存じません。想像することさえも、怖ろしい気がいたします。

玲奈:フランスにはサンソン家といって、一族7代にわたって死刑執行人を努めた家系があります。ルイ16世もマリー・アントワネットも、この4代目当主、シャルル-アンリ・サンソンの手にかかって死んでいます。

ママ:人々の冷たい視線を浴びて、つばも吐かれるようなこの職業の過酷さは、「敬虔な信仰心とフランス国王への忠誠心」でなんとか克服してきたといいます。そういう精神的より所がなければ、とっくに狂気に犯されてしまっただろうともいわれています。

玲奈:1793年1月21日の国王の処刑以来、シャルル-アンリはギロチンの刃の前にひざまずき、亡き国王のために祈りを捧げたそうです。

麗子:現代の日本で、この過酷な役目を正当化するのは……

ばあや:「法の執行」ということに尽きるかと……。

 みな、思わずため息をつき、目の前におかれたミントティーに口をつけます。

 しばしの沈黙。

ママ:私たちはこれまで、こうした過酷な役目をごくわずかな執行人の手に押しつけて、「臭い物に蓋をしろ」とでもいうように、死刑執行そのものから目をそむけてきたのではないでしょうか。

 みな、ただ押し黙り、考えあぐねていました。

玲奈: フランスもいつの間にか非公開になって、バダンテール演説の中でも、「天蓋の下で人目をしのんで行われる死刑」という言葉がありましたね…….。

ママ:ええ、そうね、玲奈ちゃん。みなさん、ごめんなさい。シリアスすぎて……。でも、いってみれば、「死の囲い込み」とでもいえるかしら。

ばあや:その昔は、「黒不浄」ともいわれておりましたねえ。出産は赤不浄。

ママ:病院で死を迎えるのが普通になった現代社会では、人間の死も病院の中に囲い込まれてしまった、ともいえますね。犯罪者の死、中でも重罪者の死は、それ以前から塀の中に囲い込まれています。

麗子:現代人からは、人間の死を直視する機会も失われている、とでもいうのかしら。

ママ:かなり昔はエンターティメントでもあったのですが、もし処刑が目の前でおこなわれたら、今の私たちの感性でどこまで耐えられるでしょうか。死刑制度を支持する人たちは、どうでしょうか。そんな場面に立ち会っても、なおかつ死刑判決を下すように要求するでしょうか。

 ママさんのお話は、今日はここでお終い。

 パパさんが釣ってきた鮎の命はわずか1年。子孫を残した鮎は冬になる前に、みな自然の営みどおりに川底に沈みます。その前に、その一部を人間がいただく……少しばかりみな威儀を正し、その後、舌鼓を打つことになりますが、一人ひとり、重い課題を背負わされたのは確かです。

 あしたはママさんが、華氏さんところに行く前のみんなに、もう少し説明してくれるという話しです。

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レーガンポルノと小泉サプライズ・ポルノ

 米軍によるアブ・グレイブ刑務所やグアンタナモ、アフガニスタンの収容所における虐待の話しはまだ記憶に新しいところ、というより、あまりにショッキングな話しで、容易に忘れられるものではない、というのが本当のところですね。

 『メディア危機』には宗教以外のアメリカの実情も、いろいろ描かれています。

 米国外にあるブッシュ政権のすべての刑務所では虐待は政権の再上層部の承認のもとで行われ、テロの計画や協力者を明かすように収容者を拷問するために、ジュネーブ条約や米国内軍法・民法を回避する道を探っていた。

 結局、ホワイトハウスの弁護士たちは、

 戦時中に大統領は軍の最高司令官として戦争の遂行にあたり、国内外のどのような法律によっても制約されない、と結論づける。

 この根拠は、憲法中の、憲法制定者たちが予期しえなかったシナリオに直面した大統領が、共和国を救済するために法を犯さざるを得ない状況に陥った場合に求めた。

 そしてなぜそうした強硬手段が必要であるか、大統領は国民にも、国民の代表者たちにも説明しなかった。

2002年以来、イラクとアフガニスタンで米国に交流された囚人の、少なくとも26人は死亡していることが明らかになったにもかかわらずです。

 ホワイトハウスの弁護士たちは拷問について意図的に限定解釈をし、また政権は責を数人の兵士に帰し、フォックス・ニュースをはじめとするケーブル・ニュースがこれを支持した。

 ちょうどこのころ、元大統領ロナルド・レーガンの死去があり、メディアは葬式シーンやその思い出話を、延々と1週間に及んで報道する。結果、国民の関心を拷問問題から逸らすことに成功。

 この一連の報道を、さるジャーナリストが「レーガン・ポルノ」と呼んだ。

 レーガン・ポルノなら、私たちの国にも事欠きません。政権に不都合なことに国民の目が集中し出すと別の問題をことさら大きく扱って関心を逸らすこの手の対策は、昔から使われてきました。

 コイズミ政権も露骨にレーガン・ポルノの手法を用いて、危なくなるとサプライズに訴えていましたから、これは「サプライズ・ポルノ」とでもいったらいいでしょう。

 首相は、2004年の年金国会で自身の国民年金未納、厚生年金違法加入問題から逃れるように北朝鮮を再訪問しましたね。

 その他、本田美奈子を静かに眠らせてやれ、とどなたか忘れましたがブログで訴えていたのは、昨年11月のことでした。どのチャンネルを回しても、延々と追悼番組をしていたのには呆れてうんざりしながら、今度は何を隠そうとしているのかな? と考えたものです。

 果たしてアベ政権下ではどんなポルノが出現するでしょうか?!

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頼りになるのは、政府より教会?

414091031301_scmzzzzzzz_  青空をバックに、マイクを前にした男が目隠しをされている……なにか気になる表紙デザインでした。

Photo_52 「神懸かり的な」ブッシュのアメリカと、toxandoriaさんのいう小泉・アベの操る「妖術国家」日本のシュールな不気味さがよく表れています。

 昨年5月に出されていますから、お読みになった方もいらっしゃるかと思いますが、著者の金子勝・アンドリュー・デウィット両氏は、昨年の9.11選挙の結果をどんな思いでみつめていたことだろう、と考えずにはいられませんでした。

 ブッシュ・小泉ラインの情報操作の詳細についてはあまり知らなかったので、予想以上のひどさに、何ともいえぬ気持に襲われます。

 自民党議員に統一協会から次々と送り込まれた秘書、統一教会のダミー団体の合同結婚式に祝電を送ったアベシンゾー氏他、多くの元・現国会議員、謎の宗教団体慧光塾等々の、この国を覆う宗教の影。

 宗教といえば、インテリジェントデザインの問題を知ったとき、今時? それもアメリカで? と奇妙な現象を不思議に思ったものですが、なんと、アメリカは「先進国中随一の宗教国家だったとは。

 以下は、この『メディア危機』で言及されているアメリカの宗教事情です。

  日本国民の12%、フランス国民の11%、さらに低い割合の北欧諸国民が宗教を信仰しているのに対し、60%もの米国民が宗教を信仰している。 

 米国民の36%が毎日数回祈祷をし、22%が1日に1度は祈祷する。 

 米国民の61%が月に1、2回礼拝に参加、そのうち半分近く(45%)は少なくとも週1回は礼拝に参加する。

 米国民の71%は学校で礼拝を行うことに賛成している。

 そして、

 40%の米国民が世界はキリスト教徒と反キリスト教の戦いによって終わると信じている。

 このような最終戦争信者の47%は反キリスト教者がすでに地球上に存在していると考え、45%が、自分の生きている間にキリストが復活すると信じている。

 ILOが2004年に発行した『より良い世界のための経済安全保障』のなかで、7つの労働安全保証(労働市場、雇用、職務、労働安全、技能再生、所得、表現)を元に世界の地域が格付けされている。

 スウェーデンが1位、フィンランド、ノルウェイ、デンマークと続き、フランスが7位、英国が15位、日本が18位、そして米国は25位。

 アメリカにおいて、低所得者や低学歴な人々だけでなく、多くの中流階層に経済的不安定さが徐々に広がっている結果が信仰心であり、人々は政府より教会を頼りにしている

 市場原理主義と、原理主義化したプロテスタンティズムが結びついていて、アメリカのメディアが宗教原理主義に強く影響されている。

 ブッシュ政権の情報管理は、図書館、政府文書、インターネット・サイト、政府のデータベースへのアクセスの制限に及ぶ。

 公立私立を問わず、大学講義における議論を制限するための手法が、米国内の州で様々に導入されている。進化論教育を制限する動きも強まっている。教育長や校長が進化論の授業をしないように提言したり、教師達が宗教原理主義者からの攻撃を怖れているため。
 
 米国の宗教原理主義者たちは、地質学や物理学にも攻撃を向けようとしている。2005年3月、全米科学教師教会は少なくとも3分の2がそのような圧力を経験しているとする調査結果を発表した。
 
 米国民の信心深さは際立っているばかりか、徐々に急進化している。

 ブッシュらは、NPOに対する資金援助に関して、宗教組織に多くの資金を与える一方、市民社会の他の分野に対しては強引な内部調査や会計監査など のいやがらせをし、米国社会の宗教的急進化を促進している。

 政権のこの動きを後押ししているのは、フォックス・ニュースやその他の熱狂的な支持と、批判的 な記者の出入りを禁じることで他のメディアを脅かすことに長けたホワイトハウスの官僚組織。

以上、『メディア危機』から。

 この「キリスト教徒と反キリスト教の戦い」とは、「ハルマゲドン」のことでしょうか。とすると、アメリカ国民の40%は、カルト信者と同じような認識をもっているということでしょうか。

 このアメリカ国民の篤い? 宗教心について著者は、「経済的な不安定さと強い関係がある。少なくともその一因と考えられる」と指摘しています。

 失政の穴埋めをするのが宗教ということでしょうか。

 宗教を信じることは、必ずしも悪いことではありません。

 人間を超えた存在、人智の及ばない存在を認めることは、人間の敬虔な心を呼び覚まして、己以外の人の存在を是として認めるような気がします。そこには、他者に対する寛容さがみられると思います。

 これに対し、アメリカの、進化論に仕掛けられたインテリジェントデザイン説を主張する人々は、2者択一を迫ります。

 進化論は教えることも議論することも許さない。神が人間を創ったことを信じ込め、というわけです。

 いったいこれまで、優れた科学者は、この信仰と己の志す科学との折り合いをどのようにつけてきたのでしょうか。

 多分、信仰するということは、険しい山岳地帯の尾根を歩くようなものなのです。自らの生を他に委ねるというといかにも楽なように聞こえるけれど、陥弄もまた待ちうけているともいえそうです。

 つまり、原理主義の罠に陥る場合がある、ということです。

 ついでながら、「原理主義」という言葉は、まず「キリスト教原理主義」が使われ初め、それが後にイスラム教にあてはめられたもの。

 原理主義を奉じると、寛容さを失うようです。ものごとをありのままに見つめる力もどこかに行ってしまうようです。

 もっとも初めからこの原理主義の罠に陥れて多数の人を操ろうとするカルトは論外ですが。そして、原理主義とカルトの間の線引きも難しい……2つの間は限りなくグレーだ、といってもいいのではないでしょうか。

 そんな中で、寛容さ」は、まっとうな信仰かカルトか、と判断するときの1つの指標になりうると私は思います。

 神懸かり的なブッシュ、どうもカルトの匂いさえする大統領がアメリカを、そして世界を率いている現実を目にして、だいぶ前から欧州諸国は独自の道を歩み始めています。

 さあ、私たちの国はこれからですね。

 新しい指導者は、カルトのくびきから逃れることができるでしょうか。

 寛容さを、政策の中に活かすことができるでしょうか。

 しっかり見ていきましょう。

 ついでに、今し方、「日刊ベリタ」で「『神の軍の兵士』に育てられる少年たち 『ジーザスキャンプ』の恐るべき実態」という記事を見つけました。無料記事ですから、一度ご覧ください。

 ブッシュの写真に向かって礼拝したりする子供たちが、興奮して涙を流したりするらしいです。

 

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安倍人気って、いったい何だろう?――このリアリティのなさ

 アベシンゾー氏が、「さわやか」で「ハンサム」で「国民的人気」があるなんて、自分の周囲で聞いたことがないという話は、いろいろな人がいろいろなところで言っています。

 私も、どちらかといえば暑苦しさを感じさせ、子供心に覚えている、「昭和の妖怪」といわれたおじいさんの顔にそっくりで、プールでも公民館でも、ご近所のおばさんたちの間でも話題に上ることはまずないのに、なぜ? といぶかしく思ってました。

 新聞記者も大して変わらなかったようで、数日前の毎日夕刊の特集は、題して「ホントに『安倍人気』? 高いと言われているけれど‥‥」でした。

 香山リカさんも同行した9日のJR秋葉原駅前での自民党総裁選立候補者3人の街頭演説の取材で、結局、

人気の最大の理由が『国民的人気』があることで、『国民的人気』があることでさらに人気が高まる」という結論に達していました。

 この街頭演説では、1万人(主催者の発表)の聴衆は、主役アベ氏の登場にもごく普通の拍手で応えたようです。

 オー・マイ・ニュースのビデオを見る限りでは、とても1万人が拍手したようには聞こえません。

 その後、候補者の登場と共に携帯電話を高く掲げて写真にとりメールで送った人たちが、演説も聴かずに次から次へとその場を立ち去ったとか。

 民法からNHKまで、テレビ界あげて使う「国民的人気」という枕ことばがアベ氏の前につくようになったのは、いつ頃からでしょうか。私自身は信じられないという気持ちでしたし、周囲でも、「えっ、人気があるの? どこが?」という受け止める人ばかりでした。

 アベ人気っていったい何でしょう?

「安倍晋三人気」なんてものは、ない。仕掛け元は誰だ(笑)アニメGIFバナー

 もしかしたら、巷で囁かれているように、本当にねつ造?

 実態のないものをあるが如くに扱い、それが既成事実となってさらに妄想が膨らんでいく、なんて考えても不思議ではありません。

 仕掛けたのが誰か、どんな勢力の人たちなのかいろいろと推測されていますが、いずれにせよ、こういう情報戦略に、庶民はまったく無防備なことをあらためて痛感します。

 記事に出てきた20代、30代の男女はアベ氏の政策、憲法改正・集団的自衛権の行使に賛意を示しています。

 が、歴史に詳しそうな女性の方は太平洋戦争によるアジアの犠牲者数が500万人以上にものぼることを知らない。「へ~、そうなんだ。それ、多いのかな」と無邪気に言う。

 20歳の男子大学生の方は、戦争ができる国なら、徴兵制がありうると考えたことがあるか、という問いに、

「それは全然なかった。でも、そうですよね、その通り。自分はイヤですよ、戦争に参加するの。だってイヤですよね」と答える。

 安倍人気にリアリティを感じられなかったように、戦争のできる「普通の国」をつくろうという主張に賛成する若者たちにも、決定的なリアリティが欠けているのです。

 これはかつて私自身が体験したものにも通じることでした。

 国を守るのに命を捨ててもいい、といった10代の若者は、その言葉の直後に経験した腕を幾針か縫う怪我で、大騒動することになりました。

 ベトナム戦争時の悲惨なありさまが世界中に巻き起こした批判・非難のうねりを怖れてか、パパ・ブッシュが実態を隠したままで遂行した湾岸戦争の映像を見た小学生は、花火みたいだね、と言っていました。

 爆弾の炸裂する下でおびただしい血が流れること、それが人々の住む町も家族の生活もすべて破壊してしまうことを想像する力は、どこへ行ってしまったのでしょうか。 

 ハイテク戦という、生身の人間を見せないようにする装置のせいだけではありませんね。

 正義の戦争を行うものにとって、相手は当然死すべきものとして1つの塊のようにみなされ、一人ひとりの生命など考慮されなくなってしまう。おまけにその「正義」には根拠がなかったとすれば、敵・味方にかかわらず払われた犠牲は、どう考えればいいのでしょうか。

 さらに、日本人傭兵の戦死で垣間見えたように、イラク戦では民間の軍事請負業者に依存する割合がずいぶん高いのだとか。

 そうして私たちの目に見えないところで、軍事行動がどんどん推し進められていきます。

 父は20歳で徴兵されて2.26事件を経験し、敗戦時は30歳。人生の一番楽しい時期を戦争に奪われ、地獄を見ています。何度考えても、こればかりは納得いきません。

 寡黙な人で、何か私に語ったわけではありません。せいぜい、60年代にテレビで流行った米国製戦争ドラマ『コンバット』を見る私に、「本当の戦争はこんなものじゃないぞ」といったぐらいです。でも、背中を見ているうちに、何かを伝えられたような気がします。

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藤原紀香さんにファンメールを!

 来年の参院選をめぐって、はやくも色々な動きがかいま見えてきましたね。

 折りもおり、藤原紀香さんに自民党が食指を伸ばしてきたような報道がされています。なりふりかまわず、有名人なら誰でもいいのか、と怒っていても仕方ありません。

 「私たち、日本国憲法の味方です!」と明言された紀香さんには、ぜひとも憲法9条を守ろうという私たちの声を国会に届けていただきたいと思います。

 そこで及ばずながら、私もファンメールを出しました。

 藤原紀香さん

 もともとそれほどテレビを見てきたわけではありませんが、子供と同い歳のあなたには、なんとなく親近感をもっていました。温かい笑顔が素敵ですね。

 あなたが、アフガニスタンやカンボジアに行って、現地の子供たちに語りかけ、手をつないできたこと、そしてただのタレントだけではないことを最近知りました。地雷原に囲まれた子供たち、内戦の傷跡にもめげずにひたむきに勉強をする子供たちを見て、感じたこと、考えたことを懸命に伝えようするあなたの姿勢に、思わず拍手を送ってしまいました。

私はこれからも私にできることをひとつずつ、やっていきたいと思っています」という言葉にも、私自身が励まされる思いです。

 そんなあなたに、参院選出馬のお誘いが自民党から来ているというニュースを聞いて、とても心配しております。

 あなたがサイトで訴える「世界の子供たちへ」の気持をいかすのには、自民党はあまりに対極にあるのではないでしょうか。

 井上ひさしさんと対談されたときのお気持ち、そしてイラクやカンボジアに限らず、世界中の理不尽な環境にある子供たちを応援されるお気持ち、そんなご自身のお気持ちをなにとぞ大切にされてください。

 私はあなたに、これからも「日本国憲法の味方」としてお力を尽くしてくださることを願うばかりです。いつまでも若者を戦場に行かせない日本でありますように、また、世界中の子供たちが戦禍に会うことがないような社会を作っていけますようにと、願ってやみません。

 理想的すぎると笑う人もいるかも知れませんが、母親として子供を産み育ててきたものの願いは、平凡ですが、ただそれだけです。NORIKAさんとそんな思いを共有できたと喜べますように。

 以上です。

 あなたもNORIKAさんに、応援メッセージを送りませんか。

 ファンメールはここから送れます。

 


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国民の命消しゴム論

 昨日の記事でアベ氏が、公明党のいう「国を大切にする心」と、自民党のいう「国を愛する」についてに、消しゴムや鉛筆の喩えを使ってその違いを強調していることを伝えました。

 「家内を大切にするのは、愛するが所以であります」

 「消しゴムや鉛筆を大切にしましょうとはいいますが、消しゴムや鉛筆を愛せよとはいいません」

 「では国家は、消しゴムや鉛筆並なんでしょうか」

 これについて、luxemburgさんがナイスなコメントをしてくださいました。思わず吹き出してしまったので、コメントにとどめておくのがもったいなくて、新たなエントリーとします。

 以下はluxemburgさんの言葉です。

  面白いですねぇ。小泉より面白いじゃないですか。
  愛犬家というから国家はイヌ並なのか。お年寄りを大切にという  けど、お年寄りは消しゴム並なのか。
  愛煙家というから国家は煙のようなうたかたのものなのか、命を  大切に、というから命は消しゴム並・・・あ、わかった。国民の命は 消しゴム並に消費する、これが真意か。やりますねぇ。       (引用終わり)

 アベ氏のこの(屁)理屈を色々なものにあてはめてみると、けっこうおもしろいです。 

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アベ氏の使う代用語

 

本来の意味を失った言葉、代用語が小泉ジュンイチロウ氏周辺でよく使われてきましたが、首相が交代しても、その傾向は変わりそうもありませんね。

 アベ氏が頑固に主張する「自主独立」という言葉も、そんな代用語の最たるものでしょう。
 彼の好きな「愛国心」だって、もとはといえばアメリカの要望だったことを忘れるわけにはいきません。

 これについて詳しいことは拙ブログ「愛国心は米国の要求だった」 をお読みください。         
 池田特使・ロバートソン国務次官補会談(1953年10月5日―30日)での覚書には

 愛国心と自己防衛の自発的精神が日本において成長する如き気分を啓蒙と啓発によつて発展することが日本政府の責任である

とありますね。米国側の要求日本側の保守勢力の思惑が一致していた、ということでしょう。            

  興味深い記事が、アジアプレスネットワーク ウェブジャーナルにありました。

 まだ幹事長代理時代の安倍シンゾー氏がはちまきを締めた凛々しい姿(あ、これももしかしたら代用語!?)で、「教育基本法改正を求める中央国民大会」で行った講演の動画も、そこで見ることができます。

 子供たちの間に生じるさまざまな問題も、アベ氏はこの60年間の戦後体制の中に位置づけます。「占領体制下で成立した」という言葉で憲法、教育基本法をやり玉に挙げながら。

「損か得かに価値観の基準を置いてきた」と、憲法と教育基本法のもとで行われてきた教育を断罪し、「損得を超えたところに大切なもの――家族の価値とか国を守ること――がある」と訴えて、

 援助交際をする少女に駄目だといえない大人を作ってきたのが、家族の価値とか国を守ることとかが「マイナスであると教え」てきた教育だ、と力説しています。

 援助交際も、憲法と教育基本法が原因だと言いたげですが、こんなに単純にものごとを割り切って考えられれば、世の中を渡るのも簡単でしょう。

 最後にアベ氏は、自民党と公明党の憲法草案に使われた語句、「愛する」と「大切にする」という二つの語の違いを強調します。

 公明党のいう「国を大切にする心を涵養する」にある「大切」という言葉は、自民党のいう「国を愛する心を涵養する」にある「愛する」という言葉は、全く違うのであり、「ここはどうしても譲れない一線であります」といって、消しゴムや鉛筆の喩えを使い、拍手をとっています。

「家内を大切にするのは、愛するが所以であります」

「消しゴムや鉛筆を大切にしましょうとはいいますが、消しゴムや鉛筆を愛せよとはいいません」

「では国家は、消しゴムや鉛筆並なんでしょうか」

 なんだか訳の分からない論理で、こちらの頭まで混乱しそうです。まさか、その混乱を狙っているわけではないとは思いますが。

 この動画、かなり笑えますが、笑った後に背筋が寒くなるのは覚悟しておいた方がいいでしょう。

 

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「政治は国民のもの」になっているか?――自民党結党宣言

 早朝、新聞を手にして愕然とする。

 自衛隊に恩給」創設
 安倍氏教員免許更新制に意欲、総裁選演説会「抵抗あっても教育再生
 首相が「安倍氏支持明言
 「小泉・安倍」勝利宣言 幹事長起用 中川氏後押し
 安倍氏 変わらぬ優位
 「秋葉原のオタクのみなさん!」 若者文化語り 麻生氏異彩
 民主 改憲戦略定まらず
 等々の見出しがずらり。

 とくに、旧軍人恩給に準じた制度の導入を防衛庁が検討しているのは、国際平和協力活動への参加、有事法制の整備などで、自衛隊の性格が変容したことを受け、退職後の保証を手厚くすることで、優秀な人材を確保する狙いだといいます。

 格差社会の網の目からこぼれた兵士予備軍の存在といい、この、事実上軍人恩給の再制度化といい、仕上げとして憲法改悪に照準を合わせることといい、着々と国民皆兵制への布石は打たれています。

 一族のメンバーが宰相の位に就くという岸家の悲願と、明治憲法を復活させる改憲という自民党の結党以来の悲願が成就されそうな気配です。

 もともと、一国のリーダーの地位につくのがひとつの家系の悲願となり、それが叶いそうだなどとは、政治の私物化に他なりません。

 そのうえ、森田敬一郎氏によると、「自主憲法の制定は結党以来の党是であるというのは神話」にすぎないといいます。

  「核心の文書である『綱領』に、「憲法改正」「自主憲法の制定」と  いう文言が無いことに驚かれる人は多いのではないか。『立党宣  言』も『党の性格』も同様である。」

 氏に言われて自民党ホームページにある「立党宣言等」を読んでみると確かにそうです。「現行憲法の自主的改正」の文字は、立党宣言でも綱領でも党の政策でも党の使命でもなく、やっと、「党の政綱」の6番目に出てくるにすぎません。

 逆に、

「 政治は国民のもの、即ちその使命と任務は、内に民生を安定せしめ、公共の福祉を増進し、外に自主独立の権威を回復し、平和の諸条件を調整確立するにある。」の文言を読むと、いったいどこの党の立党宣言か、分からなくなります。自民党の立党宣言は、こうした言葉で始まっているのです。

 小泉政治の5年間で、こうした理念のことごとくが反古に帰したと思うのは私だけでしょうか。

「私が首相に就任して以来一番身近にいて、中から小泉内閣の進める改革を推進してきたと言って、9日、卒業旅行中の首相が「安倍氏支持」を明言しました。

 これに対してアベ氏は、

「大変光栄に思う。改革の炎は燃やし続けていきたい」と語ったとか。たしか彼は格差社会の現実を見て、「コイズミ改革路線」の修正を訴えていたのではなかったのかしらん。

 さらに首相は今後の過ごし方として、

「名残惜しさはない。後少しでこの重責から解放される。控えめに迷惑がかからないように(次期政権を)支えていく」とのこと。世に言う「院政」宣言でしょうか。

 なんだか、疑問に思うことしきりです。
 
 小林興起さんのいわれるとおり、日本が『改革』と言い出して早15年、平成に入ってから11人の首相が誕生しましたが『改革』を主張しなかった首相は一人もいませんでした。兎角政治家は『改革』が好きなわけです」。

 アベさーん、どうなってるのでしょうか。はっきりしてください。

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前門の格差産生・助長政策、後門の高金利貸金業

 今更ながらに、政府・与党の業界より体質を痛感しました。

 消費者金融のグレーゾーンの金利撤廃を主張してきた後藤田正純氏が内閣府政務官辞任を表明したと報道されています。

 業界等の利害関係団体の意を受けてでしょう、業界を規制する法律には、やたらと抜け穴を画策したあとが透けて見えるようなものが多いですね。

 問題の「グレーゾーン」も、そうしたことから生じているのでしょう。

 人がお金を借りるときは、貸す方と借りる方の間で利息は好きなように決められますが、「利息制限法」で、上限が定められています。   

 貸金業者の貸付金利の上限は、

 元本10円未満は年率20%、
 元本10万円以上100万円未満は年率18%、
 元本100万円以上は年率15

 ということで、これを超える利息分は無効です。

 ところがこの利息制限法では、違反しても処罰されることはありません。

 もうひとつ、「出資法」という法律があり、1954年にこれが施行されてから何度も上限金利が下げられてきていて、2000年6月から現在のところ、29.2%になっています。

 なんと、1954年当時の上限金利は109.5%、そして2000年の引き下げ前の上限金利は40.004%だったのです。

 この出資法の29.2%と利息制限法の15~20%の間がグレーゾーンといわれるものです。

 出資法の違反については、罰則規定が設けられています。

 そこでテレビCMなどでお馴染みの貸金業者は、このグレーゾーンの範囲内で利息を決めるわけです。

 コイズミ改革の5年間で、借りたお金の返済に問題が生じて裁判所に調停を申し立てる人の数が大幅に増えています。

 調停では利息制限法に基づいて返済金額の計算のやり直しが行われます。その結果、残高が大幅に減る、あるいは、とっくの昔に返済が終わって払いすぎとなることもよくあります。

 この特定調停を申し立てる人が後を絶たないわけですが、それぞれの事情を抱えて右往左往し、やっと調停にたどり着いた人が圧倒的に多いそうです。

 引き直し計算をして残高の減少や返済が完了していることを知らされた人は、どんなに安心することか。そして新たな返済計画を基にして、それこそ人生のやり直しを決意するのでしょう。

 そこでグレーゾーン金利を無効とする最高裁判決を受けて昨年3月に開始した金融庁の貸金業懇談会で上限金利引き下げが最大の論点になってきたわけです。

 ところが急な上限金利引き下げの影響を懸念する金融庁・与党の双方から「激変緩和のための移行措置」という案が出され、少額・短期に限り金利上乗せを認める特例措置を認める発言が、与謝野経済財政・金融担当相からも出されました。

 業者側も金利引き下げに反対する議員側からも、利用者が不便になるとか、業界の自主的な適正化に期待すべきだとか、もっともらしい論が展開されてきました。

 でもここで注意したいのは、いわゆるサラ金が利用されるのは、少額・短期の場合がほとんどだ、ということです。ですからほとんどのサラ金利用者は、法が改正されたところで益になるどころか、かえって従来よりも高い金利を課される結果になります。それも、合法的に。

 これまでは利息制限法の適用を受けて残高減少や過払いとされてきたことが、最長8年間に限られている(改正法施行後3年間、グレーゾーン金利温存。その後も、少額短期の融資には28%の特例金利を5年間認める)とはいえ、現行を上まわる28%もの高い金利が法的に認められて、業者は堂々と従来以上の儲けを手にすることができるわけです。

 こんなおかしな話しはないと思います。ここまで露骨にサラ金業界のための利益を計ろうとする官僚・政治家って、いったい何なの?!

 また一般の人も、サラ金から借りるような人は特別な人で、自分は関係ない、と思っていないでしょうか。

 ところがサラ金からでも借りなくてはやっていけない人が多いから、駅前の一等地に店舗を構えて、あれだけテレビCMを流せるくらいに利益が出ているのでしょう。

 格差を作り出してそれを助長する政策をとり、お金に困った人には消費者金融がありますよ、とテレビで喧伝するに委せる。そんな政治がまかりとおるなんて、どう考えてもおかしい。そう思いませんか?

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新首相は衆議院を解散すべき

 新首相を選出する臨時国会は26日に召集される見通しですね。総裁選はこの首班指名選挙の候補者選びに過ぎないわけですが、過半数の票を得て首相に指名される人は、もうほとんど決まりのようです。なんだか、すっごくむなしい……。

 そこで新首相は、国民に信を問う意味で衆議院を解散すべきでしょう。

 折しも、今日の毎日新聞朝刊には、前宮城県知事淺野史郎氏がそのことを指摘されています。

「昨年の『9.11選挙』で国民が政権を委ねたのは小泉首相。安倍さんに委ねた覚えはありません。」

「選挙を経なければ、安倍さんであれ誰であれ、国民に信を問うていない政権になり、足場は弱くなる。」

「安倍さんは『憲法改正に道筋をつける』と言うけど、そんな大変なことをするなら『国民に選ばれた政権』になった方が、政権運営の自信になるはずです。」

 この淺野史郎さんは、たしか9.11選挙の際は郵政民営化に賛成されていた方で、HPを見てちょっとどころか、かなり、がっかりした覚えがあります。

 それでもこの論は明快ですよね。

 もっとも政権運営の自信になるような結果が出たら、ほんとうに、この国の行方とこの国の民主主義に失望してしまいそうですが。

 でもじっさい、世論はアベ氏を支持しているのでしょうか。

 作られた虚像に幻惑されているのでしょうか。

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リハビリ打ち切り制度はどうなったのか

 今から26、7年前の秋、横浜に住んでいた私は、まだ小さな子供たち2人を連れて、友人と東京、清瀬市に向かっていました。数日前に、清瀬市のとある病院(名前を忘れてしまいました)が行う脳血管発作の最新の治療方法のことを新聞記事を読んだためです。

 脳出血も24時間以内に手術を行い、早い段階でリハビリを始めれば、身体機能の回復がかなり期待できる、というようなことだったと思います。

 何年か前に軽い発作で倒れた父が、直後安静を言い渡されて寝返りも禁じられ、何ヶ月も病院のベッドの上で寝たまま過ごしていたのを知っている私は、その話しに驚きました。

 次第に不自由な体になる退院後の父のことが、遠くに住む身でなおさら気になっていましたから、今からでも遅くないのでは、と淡い期待を抱いて清瀬に行ったのです。

 突然の訪問にもかかわらず病院側は親切に対応してくれました。確か、医師とも話ができたと思います。その間は、友人が子供たちの面倒を見ていてくれました。

 結局、遅すぎるという結論でしたが、年寄りが何よりも怖れるこの疾患について、どこか明るい光が見えてきたような気がして、心安らぐ思いで帰途についたことを記憶しています。いつか機会があったら父にリハビリを受けさせよう、遅いといわれても、駄目だと決まったわけではないのだから、と道々考えながら。

 (実際のリハビリは、後日、地方都市に転居した私のところに父を呼び寄せて、叶えられることになります。)

 その後、姑も脳血管発作で倒れました。

 体の不調はそれ以前からあって、見聞きしてきた中風患者の話しをしながら、常々、あんな風にだけはなりたくないと言っていたのですが。

 恐れていたことが現実のものになりそうで、本人も家族も不安に駆られていたところ、幸い入院先は市内の他の病院に先駆けて本格的なリハビリを始めたところでした。

 リハビリを続ければ、なんとか1人で歩けそうだ、という希望が見えてくると、義母の表情はとたんに明るくなっていきました。

 退院後も、回復した機能の維持のため毎日自分で起立訓練をし、診察時には療法士の指導を受けてましたが、これはとても励みになりました。後遺症と折り合いをつけながらの生活です。義母と私の「二人三脚」といえば完璧、ということになりますが、私は私で自分たちの生活がありますから、それほど献身的に尽くしたわけではありません。よく手を借りていっしょに遊びに行ったのは、昔からの年寄り仲間です。ちょうど、TVドラマの「おしん」が一世を風靡していた時代でした。

 リハビリを続ければ、人の手をそれほど煩わせずに行きたいところにいけるし、したいことができると自信を深め、杖をつきながら誇らしげに笑っていた義母の姿を見ると、良い時代がきたものだ、と思わずにはいられませんでした。

(残念なことに義母はその後また発作に襲われて、結局、10年近く寝付くことになりました。それでも、最低限、人としての尊厳を全うすべく、つまり、赤ん坊ではないのですからできるだけおむつをあてずに排泄ができるように、起立訓練を主としたリハビリを続けました。失敗して粗相したときの辛そうな表情を見れば、このリハビリがいかに大切か分かっていただけるでしょう。)

 そんなことを思い出しながらリハビリテーション医療打ち切り制度反対の署名を集めたのは、今年6月のことでした。

 あれからどうなったのだろうかと、時々気にはなりましたが何もせず、華氏さんの記事に促されるように撤廃運動のホームページを見てみると、

 なんと、6月30日に提出した44万人の署名に対して、厚生労働省の反応がいまだにないことがわかったのです。

 9月5日現在で、呼吸器リハビリは打ち切り後68日、運動器リハビリは同8日経っています。脳血管疾患リハビリに関しては、あと22日で打ち切られるということ。

 ひたすら音無しの構えで、忘れ去られるのを待っているような……。薬害肝炎訴訟で被害者の訴えに耳を貸さずに控訴した国ですもの、44万人の署名は、痛くも痒くもないのかも知れません。

 でも、黙っていられません。熱しやすく冷めやすいのが私たちの国民性のようにいわれていますが、今度の華氏さんのように、誰かが思い起こして問題にすれば、リレーのように伝わっていくのでは?! と期待しています。

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排泄作用としての詭弁術

_295  華氏451度さんが『断腸亭日乗』をとりあげて、永井荷風が、戦時中の時局に_296 迎合した記事論説のことを人間の美徳や善行を意味する言葉はその本質を失ってしまい、代用語に成り下がった」と皮肉たっぷりに書いていることにふれられています。

 (写真はあじさいの代用品というわけでもありませんが、ドライ・あじさい)

 そういえば、戦時中の写真や資料をちょっとでも見れば、「代用品」がやたらと多いのに目がいきます。

 梅本忠男写真集にも、1943年頃に撮られた、デパートの売り場と思しき優良代用品売り場という写真があります。アルミの鍋の代用品に、陶磁器製の鍋が売られていたのでしょうか。

 ほぼ日刊イトイ新聞」によると、「優良代用品選定委員会」いう公的な機関まで設置され、国の政策として代用品作りが奨励されていたということです。

 Toki_dobin 南部鉄を模した陶器の土瓶、

 Gas ガスバーナー、

Konsent コンセントあたりまでは分かりますが、

Toki_shuryudan  手榴弾まで陶器製の代用品とは。

 

 精巧に作られた土瓶を見ると、贅沢を禁止された江戸期の商人たちが、羽織の裏などに手間暇かけさせたのを思い出します。

 陶磁器ばかりでなく、竹や紙、木が利用されていて、紙製の洗面器まであったようです。

 こうした金物不足のための代用品に対して荷風のいう「代用語」は、すり替えに使った、本来の内容を失っているもの、空疎な言葉を指しています。

 それだけで良いもの、価値あるものを示すような語が、有無をいわせず価値を押しつけるように、代用語に使われますね。

 これを多用したというか、弄したのが小泉ジュンイチロウ氏。彼の使った弁そのものが、代用弁、とでもいいたくなるような代物でしたね。

「排泄作用としての詭弁術」なんてタイトルを考えた私ですが、それほどジュンイチロウ氏の話には「論」も「誠」も感じられませんでした。ただ、彼 なりの方法で消化された、口から吐かれる排泄作用の結果としての語の連なりでした。思索も技もあったものじゃない、ということだけが感じられました。

  Photo_2ロンドンのフロイトミュージアムには、フロイトが唱えた発達理論に示される発達時期のひとつ、肛門期に因んだオブジェが大きなテーブルにも、書斎の小テーブルの上9にも、いっぱいに飾ってあります。

1

(2枚の写真をクリックしてうんざりした方は、3枚目の写真で玄関から出て、外の空気を思い切り吸収してください。初冬の冷気で、頭もすっきりするかもしれません。)

「美しい」とか「優しい」とか「あたたかい」とか、言葉だけ聞いたら、真面目な私たちは何もいえなくなってしまいます。

 シンゾー氏の「美しい国へ」に続いて、先日のニュースでチラッと見た、アソー氏が政権構想か何かでいったという、「小さくとも強い政府、温かい政府」という言葉も同じ流れですね。

 これを聞いたとき、子供が通っていた幼稚園の標語が「強い子よい子明るい子」だったのを思い出しました。

 試しに子供に尋ねてみました。強い子よい子明るい子ってどんな子?

犬とけんかしても負けない子」で「電気みたいに明るい子じゃない?」というのがその答え。よい子について何と答えたか、忘れてしまいました。もしかしたら、お母さんのいうことをよくきく子、だったかもしれません。

 まさか、強い政府が犬と喧嘩しても負けない政府で、温かい政府が電気のように温かいとか、そんなこととは思われませんから、もっと丁寧に、何がおっしゃりたいのか、誠実に対応していただきたい、と思った次第です。

 くだらない連想の書き連ねでした。m(_ _)m

 

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情報と検閲

 まず、2006年8月22日づけの仏リベラシオン紙の記事をご覧ください。

日本、フランスTV局「フランス5」のドキュメンタリーに反対する

一ヵ月半前から、きわめて密かに、在仏日本大使館がフランス5に対して、光プロダクション制作の52分のドキュメンタリー映画「日本、過去の影」(すでに この冬、独仏共同出資のTV局アルテで放送済み)をプログラムからはずすことを求めようとした。日本側外交官は公共放送であるフランス5に何度か電話を し、フランス5の経営者に対しても書簡を送り、東京とソウルの両方が自国領だと主張している竹島(韓国名独島)をめぐる領土係争について、また、戦犯を祀 る靖国神社問題について、さらに、日本の歴史教科書の歴史修正主義について、この映画の中に間違いがあると主張していた。フランス5では、「日本大使館か らの問いただし」があったことを認め、それは「ドキュメンタリー制作者との話し合い」を経て解決したとしている。結局、この映画は予定通り8月18日金曜 日に放送された。

(以上、リベラシオン紙から) 

 在仏日本大使館が問題であるとした具体的な内容はまったくわからないのですが、プログラムから外すように他国の放送局に求める。それも、密かに複数回、電話や、果ては経営者への手紙で、放送はやめてくれ、と要請する

 これには尋常ならざるものを感じてしまいますが、こんなことって、ありうるのでしょうか。またこの記事の読者は、大使館が直々にこうした行為をすることについて、どう考えるのでしょうか。

 ほんとうに問題があれば、「密かに」、こそこそとではなく、堂々とやればいいことです。

 一体、日本大使館は何を考えているのでしょうか。

 かつての安倍・中川両氏のNHK介入問題もあります。

 在仏日本大使館はフランスにおける日本政府の代表ですから、その言動は日本政府の言動とみなされるわけでしょうし。まさか、内弁慶で、国内では無理難題のごり押しをしても、外国、ことにヨーロッパ先進国に対してはこそこそせざるをえないようなことをしているのでしょうか。

 なんだか、とても恥ずかしい(恥ずかしいからこっそりする→結果、もっと恥ずかしいことになる。恥の上塗り、ですね)。 

 駐日フランス大使館が日本の放送局にこうした要請をすることがあったら、たとえばアルジェリア問題の扱い方が間違っているからプログラムから外してくれ、などと求めてきたら、日本の放送局はどうするのでしょうか。それも、そうっと、こそっといってきたら。そしてそのことが新聞記事になったときには、日本の読者はなんというでしょうか。 

 さてさて、1973年の春、毎日新聞横浜支局の新館移転の際、戦時下の情報統制を示す資料が発見されました。毎日新聞検閲部の「検閲週報」数冊分の綴じ込み、612ページです。

 静岡県立大学の前坂俊之教授がそれについて書かれていますので、ちょっと見てみましょう。

「検閲週報」には、1940~1945年のあいだ戦時下の情報政策を司り、45年12月31日に廃止された内閣情報局が、何を考え、新聞に何を求め、新聞がどう対応したか、事細かに記されている。

 いったん差し止め事項に違反すれば、新聞の発売禁止、最悪の場合、新聞発行停止、廃刊にもつながる厳しさのため、「検閲部員は火薬工場に働いているような気持で、責任の重大さを痛感している」という検閲部長の言葉。

 軍事面・政治面については大本営が検閲にたずさわったので、情報局の仕事は軍事問題を離れたあらゆる問題、外交、国際情勢に及ぶ。

 検閲指令は、「総動員法による禁止事項」約50件、内務省の「編集注意」約80件、治安関係の内務省差し止めが約20件の計160件。

 ほかに各種法令による指令があって、「がんじがらめ」の状態。

 「そのほか物資不足とか、配給不円滑に対する非難の記事とか、あるいは時局に対する不平、不満の記事、政府や地方当局者の措置に対する非難の記事、また時局犠牲者の窮状を刺激的に扱うというようなことは、すべてご遠慮願った方がよいものと思う」という検閲部長の声がある。

 この通りにしていたら、前の記事で紹介した情報局発行『写真週報』のような、イケイケ記事しか書けないことになりますね。

 ちなみに、「情報局検閲」とは「内務省検閲」と同じことです。

 1948年の12月24日、東条英機が処刑された翌日、裁判も行われずに釈放されたA級戦犯19名のうち7名が、岸信介を初めとする元内務官僚、情報局関係者だったと、田原総一朗が岸信介の評伝(『人物昭和史3 総力戦の人びと』でいっていると、ここでいわれています。

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日中は歴史にどう向き合うか

Photo_45 なぜか、枇杷の木にはアブラゼミが、この金木犀の木にはクマゼミが来ます。
 _282          蝉にも好みの木があるのでしょうか。

 先だって来話題になっていた《富田メモ》の報道になんとなく違和感を感じていたところ、先日、高橋哲哉さんが首相の靖国参拝に関連して、明確にご自身の講演で発言されたようですね。

 「宮内庁長官メモの報道以来、『昭和天皇ですらA級戦犯が合祀された靖国に行かなかった。小泉首相も行くべきでない』という議論がある。首相の参拝は、まず憲法の政教分離の問題から指摘すべきで、憲法より天皇のことばに権威があるかのような報道は問題だ」と指摘されたとのこと。

 時はすでにこの問題を通り過ぎて先へと行ってしまいましたが、やはり大切なことですから、ここに書きとめておきます。

 車の中で聞いたニュースでは、 レバノン・イスラエル問題でフランスが鮮やかなお手並みを見せてくれたようです。なんでも、シラク大統領と暗殺されたハリリ前レバノン首相は親しい間柄だったとか。

 日本の政治家たちも、もっと外交問題に熟達して貰いたいものです。

 さて、先日のNHKスペシャル、「日中は歴史にどう向き合うか」のうち、後半の討論を除いたメモを、ここに残しておきます。

 1952年に、台湾の国民政府との間で結ばれた日華平和条約で、日本は戦争責任を問われず、賠償も求められなかった

 これにはアメリカの意向が強く働いていたが、東京裁判の途中で中華人民共和国とソビエト連邦に対する反共の砦として日本を位置づけるという、対日政策の転換があったためである。

 条約締結を優先し、中国代表として台湾と平和条約結んだことが、その後の日本と中国の関係を複雑にする大きな要因になった。

 この時中華人民共和国は、国民政府を中国の代表とすることは認められないという声明を出した。

(小学館『スーパーニッポニカ』によれば、中華人民共和国ではなく国民政府と締結したのは、アメリカとの占領中の密約による)

 中国は、1950年代初めから、国交正常化へ向けて動いていた。

 朝鮮半島で中国はアメリカと戦い、アメリカ第7艦隊は台湾に駐留していた。

 アメリカの中国封じ込め作戦に対抗するため、中国は日本との関係を重視し、毛沢東と周恩来との間で大原則を決める。

 この大原則が、少数の軍国主義者と大勢の日本人を区別した、「二分論である。

 中国は日本の軍国主義の復活を抑えるのが大切として、この二分論を日本に向けても繰り返し伝える。

 1953年の日本の国会議員との会見で中国は、日本の軍国主義者の起こした戦争は、莫大な損害を中国とアジアの人々に与えた。が、中国は軍国主義者と日本国民を区別することができる、といっている。

 1956年、中国は拘留していた戦犯を釈放した。

 当時、一握りの軍国主義者に対して多くの日本国民は被害者であるという二分論に基づき戦争責任を放棄することは、かなり早い段階で決められていた。

 中国は国交正常化へ向けての布石の手を着々とうっていた。

 1971年、中米国交樹立に向けての周恩来・キッシンジャー秘密会談が行われた。

 この時、日本の経済発展は軍事力拡大に繋がると、日本の再軍備・再軍国主義化を中国はとても警戒していた

 中国との国交正常化の公約を掲げた田中角栄が首相の座に就き、大平正芳が外相になったとき、日華平和条約の破棄を中国が求めていたことから、外務省は大きな課題があると考えていた。

 1972年、田中角栄首相が訪中の際、日本の戦争責任について深い反省の念を述べたとき、田中が「ご迷惑」という言葉を使ったため、中国側の反発を呼んだ。がこれは、日本が十分考えた末の言葉だった。

 そして日本の戦争責任の問題は、大平-姫鵬飛外相会談の場に移る。

 この時中国は、共同声明で「軍国主義」という文言を求めて、日本の責任をあきらかにしようとした。

 結局、車中での非公式会談等3階の外相会談を経て、1972年9月、「日中共同声明が出された。

(この中で日本の戦争責任については、「日本側は、過去において日本国が戦争を通して中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と表現されています)

 中国政府は国民へ、多くの日本国民は侵略戦争の被害者であるといって、二分論を用いた「説得教育」を始める。

 一方日本側は、二分論を中国国内での論理と受けとめていた

 この日中間のズレが、80年代に表面化する。

 1985年の中曽根総理の靖国公式参拝である。当時の駐中大使は、中国の反発は予想外だったと証言。

 この時大使は胡耀邦総書記と会談し、中国の反発は、二分論を重要視しているからだと気づく。

 1995年の村山談話では、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。」と言及。

 江沢民の愛国主義教育では、子供たちへの日中戦争に対する教育が強化された。

 小渕総理は村山談話を踏襲する形で、口頭で「お詫び」をしている。

 中国は、二分論の大原則を主張し続けている。

 以上番組から。

 二分論については、その名称こそ知らなかったものの、父から聞いておりました。

 また、中国側が賠償を求めなかったのは、第1次大戦後にドイツに課せられた莫大な賠償金問題が結局はナチス台頭につながったことを考慮したためだと、どこかで聞いた覚えがあります。

 

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安倍シンパ記者たちの「無念の思い」とは

_257 まだつぼみが多いのですが、きんかんの花が咲いてます。かぼすには、すでにピンポン球より大きな実がなっています。
_255
 久しぶりに、『選択』を覗いてみると、「『安倍丸』船長の憂いは深い」というタイトルで、晋三氏には現首相のようなブレーンがいないことが書かれていました。

 晋三氏そのものが自民党人材枯渇の象徴のような人ですから、そんな人の下にブレーンが集まるわけないよ、とは思いましたが。

選択』といえば、晋三氏から記事内容に関して訴訟攻勢をかけられていることは森田実さんも、毒蛇山荘日記の山崎行太郎さんも触れられていましたね。

なんでも、「裁判の過程で強く感じたことは、安倍氏側のメディアに対する挑戦的高圧的な姿勢です。全国紙での謝罪を本気でやらせようというのですから尋常ではありません。最近の安倍氏関連記事に対する抗議文も「まだ懲りないのか」といわんばかりの脅迫まがいです」ということです。
 
 メディアの記事のひとつひとつに神経をとがらしているのでしょうか。そしてその対応も、執拗、高圧的ではアベ晋三という人物の卑小さがますます際立つというものです。

 で、その『選択』8月号によると、安倍氏が次期首相になることが、「戦わずして決まってしまった」ような状態でも、「安倍陣営に沸き立つような勝利感はない」らしい。「『泡沫候補』を相手にした消化試合に勝ったとしても求心力が高まらない」ということらしいのです。

 おまけに、「
優れた側近や、内外の政策課題に精通し的確なアドバイスをするブレーンが、現時点で安倍氏にはいない」という事情も抱えているようです。

 まあ、そんな記事は置いておき、私が気になったのは、「報道各社の上層部に『安倍シンパ』」勢力が多い、という部分です。

 
「安倍シンパ」とは、「かつての清和会(現・森派)担当記者」のことで、清和会は1978年から22年間にわたって政権が取れずに、「担当者は社内で『冷や飯』を食わされる状態が続いた」。そのために、総理目前にしてガンで死去した晋三氏の父親晋太郎氏の「無念の思い」を当時の担当記者たちが共有しているのだということです。

晋太郎没後十五年を経ても、命日の五月十五日の前後に清和会担当者OBを中心とした偲ぶ会が開かれ、毎回顔をみせる息子である晋三氏をなんとか総理に、という空気が醸成されている。」と『選択』は伝えています。

 よく分かりませんが、人情というのでしょうか、仁義とでもいうのでしょうか。政治担当記者の間も、こんな浪花節的精神が横溢しているのでしょうか。

 メディアの晋三氏ヨイショ記事の原因も、電通と合わせて、そのあたりにもあるのでしょうか。

 さすがに近頃は、コイズミ「改革」から生まれた格差社会の問題に関する記事が新聞にも多くなったと思っていましたが、これはあくまでも、晋三氏の
「再チャレンジ支援策」をなどを盛り込んだ政権構想発表の「露払いに過ぎないのでしょうか。

 安倍シンパ議員版「自民党再チャレンジ推進議員連盟名簿」はこちら。

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とくらさん、参院選へ

 とくらさんの参院選立候補が内定しました! 民主党の公認候補です。

 去年の9.11選挙で衝撃を受けて、少々逡巡の末、結局、小泉・竹中政治反対を言いたくてブログを始めた私です。

 その前から、郵政民営化反対をキーワードにして検索を続けて色々な人のブログを読んでいましたから、とくらさんを知ったのは、昨年夏。

 ふたりきりのオフ会で初めてお会いしたのが3月末のこと。ブログそのままのお人柄でした。お玉さんの言う如く、「ぽよっとかわいいお姿で、何気に手厳しいご意見を発」する一方で、 曇のない目でものごとを真っ直ぐに見て、偉ぶりも構えもしない、とても正直な人。

 少し迷われたみたいですが、決意された様子でしたから楽しみにしておりました。

 来年は、お玉さんと連れだって、山口県まで選挙運動を手伝いに行きます。もちろん、手弁当ですから、旅費と宿泊費をこれから貯めます。

(まちがって、下書き途中で公開してしまいました。気づいたときはすでにココログのメンテナンス中。やっと続きを書けました。)

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プラザ合意の後――米国を支える日本、そして法人税

 イスラエルのレバノン空爆が再開されましたね。

 アラブ世界のみならず、世界中の反感を買っても無理を押し通す。あっ、アメリカは別でしたね。和平を求める意思がありません。

 第1次世界大戦後、イギリス委任統治領のパレスティナに、その後、それも第2次世界大戦の後、アラブ側の一方的な犠牲でイスラエルが建国されるにいたった経緯をみていくつもりでしたが、その前に国内問題をもう少しみようと思います。

 前回エントリーの「法人税率の推移と歴代内閣」とあわせて、晴耕雨読さんの2日のエントリー、「アメリカはいかにして日本を滅ぼしたか」をお読みください。

 晴耕雨読さんの記事はプラザ合意の話しから始まっています。

 プラザ体制というのは、基軸通貨であるドルを安定させるために、円高阻止にドル買い介入して、巨額のアメリカ国債保有を増やし、円高・ドル安になるたびに約5500億もの国富を失う、という計算になるようです。

 「先進5カ国は、協調して為替レートを円高、マルク高、ドル安に進めることに合意した。」と発表されたプラザ合意について、スーパーニッポニカでは次のように説明しています。

 Plaza_2  1985年9月にニューヨーク・プラザホテル(写真)で行われた先進5か国蔵相会議(G5)において、当時のドル高を是正するため、為替(かわせ)市場に協調介入する旨の声明を出した。これをプラザ合意という。これによってドル相場は一挙に下落し、所期の目的は達成された。この合意は為替相場をまったく自由に変動させる自由変動相場制から、為替市場の状況により適宜介入する管理相場制への歴史的な転換点となった。(小学館)

 1985年(昭和60年)といえば第2次中曽根内閣の時で、中曽根康弘氏とアメリカ、レーガン大統領との「ロン・ヤス関係」が強調され、「世界の中曽根」をアピールして内閣支持率が上昇した頃でもあります。

 サミットでも中曽根氏は、いつの間にか、それとなく米国大統領のそばに寄り、スナップ写真でも注目される位置に立つ姿が目撃されたことを伝える新聞記事を覚えています。

 ロン・ヤス、そしてジョージ・ジュンイチロウ関係、ターニングポイントには、日米両首脳の親密さが、ことさら強調されますね。

  1980年代に入り、アメリカは79年の第2次オイルショックから他の先進諸国に先駆けて回復して輸入を増やしますが、日本やヨーロッパ共同体諸国は景気回復が遅れたためにアメリカの輸出は伸び悩み、貿易収支が大幅な赤字となります。

 さらにはアメリカの金利水準がかなり高かったために各国の資金がアメリカに流入し、ドル相場が実体経済からみると著しく割高になっていました。

 73年の通貨不安をきっかけに変動相場制に移行した各国通貨は、円相場でみれば、77年初めには1ドル290円台であったのが、78年10月末には176円を記録するというように、70年代、80年代を通じて乱高下します。

 プラザ合意発表前の円相場は1ドル242円。

 発表後は翌年の200円割れから、その後1990年の140円、1995年4月の79円75銭を経て、一貫して円高傾向を保ち、最近は110円近辺で推移してきています。

( 米国エコノミストの予想では、ドルが急落して、日欧の内需拡大が実現すれば、1ドル160円くらいとどまるソフトランディングと130円くらいになるハードランディングのシナリオがあったそうです。)

(また金利面でいえば、日本は89年5月までの2年3ヵ月にわたり、金利2.5%という低い金利に抑えていましたが、米国はやはり金利引き下げをしたといっても10%台から6%台に落としたに過ぎず、ドル通貨の価値は下がっても、金利差のために米国からの資金流出はくい止められたわけです。)

この円高で米国債を保有していた生保は大損害をうけ、輸出産業も打撃を受けます。

 プラザ合意の後、87年(昭和62年)、暫定税率の期限切れから43.3%の法人税が42%に引き下げられ、その後さらに消費税導入により89年(平成元年)に40%、90年の37.5%、そしてついに97年(平成9年)に消費税が5%に引き上げられた翌年、法人税は34.5%に、続く98年には30%にまで引き下げられたのです。

 国はドルを買い支え、企業は法人税の低下の恩恵を受け、貧富の差なく国民には消費税がのしかかり、これからその負担はさらに重くなる、ということになりそうです。

 そして米国は、日経ネットの「プロの視点」によると、「国土安全保障費の積み上げで財政赤字の拡大に加速がかかり、ドル安防止に無関心になり、日中などの外貨準備が買い支えるままに赤字国債を発行している」ということです。

 

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法人税率の推移と歴代内閣

  もう一度、財務省の提供する法人税率の推移を見ていただきたい。
(なお、法人税率の表示が昭和25年から始まっているのは、戦後の我が国税制の基礎となったシャウプ勧告が、この年にあったためでしょう)。

 昭和25年に35%の法人税基本税率は27年の42%と一挙にあがり、その後段階的に低下して、41年に35%に戻っています。その後上昇に転じるのは45年で、

 56年には財政再建に資するため、という理由で42%に、

 59年には所得税減税に伴う税源確保のため、という理由で、これまで最高の43.3%にまで引き上げられます

 56年といえば、「増税なき財政再建」を公約として前年に誕生した鈴木善幸内閣が、6月に2兆円以上の歳入欠陥が明らかとなって、公約履行が不可能だと判った年です。

 59年は、新自由クラブとの連立内閣として成立した第2次中曽根康弘内閣の2年目にあたります。

 そして42%に引き下げられた62年は、第3次中曽根内閣衆参同日選挙での自民党圧勝を受けて成立した翌年。この後、法人税率は低下する一方です

 この内閣で、国鉄の分割民営化を実施したほか、売上税導入・マル優廃止を企画し、防衛費のGNP1%枠突破など、国会での圧倒的多数を背景に従来の懸案を一気に解決しようとし、さらに戦後政治の見直しも提起されました。

 次の竹下登内閣の平成元年に消費税が導入されると共に法人税は40%に引き下げられ、さらに翌2年に37.5%、10年に34.5%、11年に現行の30%まで下げられこるとになったのです。

 なお、平成元年の40%は消費税を導入した税制の「抜本改正」の経過税率なので、翌2年に本来の37.5%になったものです。この時は第2次海部俊樹内閣。

 34.5%引き下げ時は、第2次橋本龍太郎内閣。この前年、北海道拓殖銀行と山一証券の破綻が起こっています。

 30%まで大幅に引き下げたのは、小渕恵三内閣。前内閣時の金融危機に加え、この年の日本長期信用銀行(現、新生銀行)と日本債券信用銀行の破綻もあって、景気対策が求められていました。

 昭和62年、自民党が衆参同日選挙で圧勝したとたん、翌年に法人税率が引き下げられたというのも露骨ですね。

 ただ、法人税については、消費税のように人々の口に上りませんし、マスコミも黙っていますから、こうした税率の推移について、これまで私も全然知りませんでした。

 中曽根氏というと、反射的に思い出すのがアメリカ、レーガン大統領とのロン・ヤス関係。彼が政権をとった時代は、戦後政治の1つのターニングポイントになりそうです。

 また、サミットで同席した首脳は他に、労働運動と対決しつつ、大量の失業者を生み出しながらも、マネタリズム(貨幣主義)に基づく経済政策に固執した、イギリス、サッチャー首相がいました。

 レーガン、サッチャー両氏とも、新自由主義の経済政策をとったことで知られています。

(今日はここまで。明日に続きます)

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法人税は限りなくゼロへ、消費税は限りなく上昇?

 ちょっと古い記事になりますが、今年1月、経団連が法人税率の引き下げを求め、消費税率については、微妙な表現で増税を求めたことはご存じでしたか? 

ivedoorニュースによると、

 財務省と日本経団連の意見交換会が二十五日午前、都内のホテルで開かれました。税制「改革」に関して、経団連は法人税率引き下げを求める一方、経団連が以 前から税率引き上げを提言している消費税について、「政治のリーダーシップによる適切な判断が必要」との意見を伝えました。

 ということです。

 現在でも、財務省のサイトにある税率の推移を見ると、表示のある昭和25年以来、最低の法人税率だというのに、更に下げよという財界からの要求です。

421  そして消費税については、「法人税を下げるのだから、後はどうすればいいか分かっているな!」とでも言いたげです。

 前2回のエントリーで税率の推移に触れましたが、そこから見えてきたのは、どうも法人税率引き下げ消費税導入・消費税率引き上げが連動しているのではないか? という疑問です。

 それにしても、総裁選に立候補した谷垣財務大臣は、なぜあれほど消費税率10%を強調するのでしょうか。

 もっとも、財界の意向が法人税引き下げ・消費税引き上げなのですから、他の候補者も当然そのことは念頭にあるけれど、世論の反発を怖れて口に出さないだけ? なのでしょうか。

 実際に消費税が引き上げられた場合の庶民のショックを少しでも和らげるために、谷垣氏は今のうちに本音を伝えておこう、ということなのでしょうか。

(もっとも、本音は10%どころではないと思いますが。18%などという声もあります)

 好戦的で、さしたる政策もなさそうなアベ氏に対して、柔和で真面目なイメージのある谷垣氏を配して、少しは政策面を補っているつもりでしょうか。そう、アベ氏と谷垣氏は、それ自体連動しているのでしょうか?

 いずれにせよ私たちにとっては、

前門のトラ、後門のオオカミならぬ、前門の安倍壺三、後門の谷垣に違いありません。

 なお、国の歳入が減ったのはバブル崩壊後法人税収入が減ったためと思わされていましたが、もしかしたら法人税率を下げたことが結局は歳入減少という結果になったのではないでしょうか。

 バブル崩壊後、消費者の財布のひもが固くなったために消費税収入が予想を下回り、法人税収入が減少した穴埋めができなかったのではないでしょうか。(ただし、これはあくまでも私の推測に過ぎません)。

 結局、国の負債が巨額になった責任は、法人税率を下げて、消費税を導入・税率引き上げをした、国の政策の誤りにあるのでは?

 これについては、もう少し調べる必要があるようです。

(写真は、消費税導入ポスター)



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うまいことやっている人が得をする

 前回のエントリーで、東大大学院の神野先生が、「国民が政府に支えられていると思っていない」ため、「歳出を減らしたら増税に応じる」という、「本来あり得ない考え」が世論調査の結果に出る、と言われていることを書きました。

 「自分たちへのサービスを減らしたら金を出すという意味で、本来ありえない考えだ。税金が自分たちのために使われているのではなく「誰かがうまいことをやっているに違いない」と感じているからだろう」という先生のお話でした。

 さて、世論調査も色々ありますが、たとえば、内閣府「日本21世紀ビジョンに関する特別世論調査」でもそうした結果が出ていました。

 そこではデータに先立ち、次のようなことを謳っています。

 現在内閣府では経済諮問会議の下、「日本21世紀ビジョン」を確定しています。「日本21世紀ビジョン」は、今後四半世紀をにらみ、構造改革により実現されるこの国のかたち」を明確かつ体系的に示すことにより、国民の間の共通の認識を図るものです。

 そして、「人口減少時代を乗り切るための対策」、「国及び地方の借金返済方法」、「日本の国際競争力を強化するために重要なこと」の3つのテーマに沿って、アンケートの結果がデータとして示されています。

 このうち2つ目の「国及び地方の借金返済方法」についての結果が神野先生がいわれたことと関係してくるでしょうか。

 国及び地方の巨額の借金を将来世代へ先送りせずに返済していくための方法としては、  

  歳出削減を主として、増税も行う    29.0%       

  全て歳出削減で対応する       26.4%

  わからない                19.4%

  増税歳出削減同程度ずつ行う   17.2%

  全て増税で対応する           6.4%

 ちょっと脱線しますが、

 ここまで読んだところで、無性に腹立たしくなってきました。

 この設問内容がとても作為的になされていると思いませんか?

 前回エントリーの「小さな政府」という語を勘違いしていた多くの国民に、またここで勘違いを起こすような「増税」と「歳出削減」という語を提示してきたからです。

 もっとも、涙ぐましいくらい真面目な国民は、「増税」といったら自分たちが負担しなければならない、仕方ない、と受けとめているのかもしれませんが。

消費税の増税は格差が拡大している中で弱者の負担を重くする。むしろ、株式などの金融資産にちゃんと課税できていないことを問題にすべきだ」と、神野先生は論じておられます。

 また、「歳出削減」といっても、「うまいことやっている」人たちが困るだけで、まさか私たちの慎ましい生活まで壊されまい、まさか命までは奪われまい、と思っているのかもしれませんが……。

 まあ、本筋に戻りますと、

国民が政府に支えられていると思っていない」という逆説的な指摘が、なぜかストーンと胸に落ちて、「国民」は、「政府」が支えているものは何だと思っているのか? という疑問が頭から離れません。

 政府が支えているものとしてすぐに頭に浮かぶのは、つまり「うまいことやっている人たち」と思うのは、やはり一番に国会議員の諸先生方、官僚の面々。いわば、政・官・財の三角形の結びつきの中で甘い汁を吸っている人たち、エトセトラ。

 最近はここに、外資とかドルとか米軍とか、アメリカ絡みのものが、とみに話題に上るようになりました。

 そして、いつかとくらさんがいっていた、「知った人だけが得する」社会だから、うまいことやっている人たちとは、「知っている人」なんでしょうね。

 でも、たとえ今、知っている人でも、いつ何時、立場が逆転するか分かりませんね。自己責任を求められても、いつまでそれに応えることができるかも、分かりません。

 それに、「B層」とかなんとか言って、国民に十分知らせてこなかった、少なくとも知らせようと努力しなかった政府の責任はどうなるのでしょうか。

 そういえば、小泉路線に異を唱える谷垣氏も、ひたすら消費税を10%にまで上げる話しばかりで、それ以外の税のあり方については何も言いませんね。少なくとも、メディアを介した話しでは、消費税以外の話しは聞こえてきません。

 累進課税の精神から所得税・住民税の税率を見直すことのみでなく、金融資産への課税法人税等々についても、考えることがたくさんあるのではないでしょうか。

 なお、法人税率の推移についてはやはり財務省のサイトに掲載されていて、昭和の終わり頃から基本税率が下がっていき、それが特に平成10・11年に著しく、グラフに載っている限り、過去最低であることが分かります

 平成元年に消費税の導入がありましたが、それと法人税率の下降が重なります。

 ひたすら痛みに耐えてきた国民に対する政府の支えは、ますます不確かなものになっていきそうです。

 増税も歳出削減も、このまま白紙委任するより方法はないのでしょうか。

 


 

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「小さな政府」とは何だったのか

 今週の毎日新聞は、「縦並び社会――格差克服への提言」というシリーズを掲載しています。 

第1回目は評論家内橋克人さん。

「社会をむしばむ『格差』を一気に深めたものは、小泉政権が完成させた雇用・労働の解体だ。この政権は『改革』の名において、経済界の悲願であった『雇用・労働の規制緩和』の流れを一気に加速させ、不可逆で決定的なものとした」

「市場が市民社会を支配するのではなく、社会で暮らし、働く人々を守る新たな『共生経済』へ向けてかじを取るほかない」

と言いきります。

 同じ第1回目で、市場万能の考え方を強く批判する米国の経済学者ジョセフ・スティグリッツさんは、

「米国が日本に迫った規制緩和は、米国企業の成功のためであり、日本のためではなかった」

とまで断言し、

国民は『小さな政府』政策が、自分たちをより不安定にすることに気づき、その流れを止めるしかない

といわれています。

 この春だったでしょうか、NHKラジオで、街行く人に「小さな政府」とはどのような政府か尋ねていましたが、満足に答えられた人はわずかでした。

 ことに昨年の選挙以来「小さな政府」という語はすっかり定着してしまい、お金のかからない良い政府のようなイメージが一般に作られてしまいました。

 政権にある人たちの頭にある「小さな政府」と、庶民が考えている「小さな政府」は、まったく異なるものだったのでしょうね。

 戦費調達のために導入されたという源泉徴収制のもとで有無を云わずに税をとられ、さらには税金の無駄遣い、政・官・財の利権構造を苦々しく思っている庶民は、小さな政府=無駄遣いをしない政府、と思いこんだフシがあります。

 そして小さな政府の音頭をとる側は、その庶民の思いこみを知りながら、それを利用して、騙した。

 劇場型の政治に自らも参加するような錯覚を起こして、トランス状態の中で、国民が自ら首を絞めるような選択をしてしまった。

 そんな選択をしてしまった国民も愚かだけれど、政権与党が悪意を持って、「禁じ手」を使ってしまった、とはいえないのでしょうか。

 今日の第4回目は、元りそな総研会長、国定浩一さんと東大大学院教授神野直彦さんの《税制》に向けた提言でした。

 国定さんは、

「『痛みなくして改革なし』と小泉純一郎首相は言ってきた」が、

「痛みは真ん中から下の人たちが引き受けさせられた」

 と指摘されます。

 神野さんは、

「社会は市場経済と民主主義で成り立っている。市場経済はほうっておいても効率を追求し、格差が生じていく。それを政府が民主主義を通じてどこまで是正していくのかが大切な問題だ

 ところがこの国では、「国民が政府に支えられていると思っていない」ため、「歳出を減らしたら増税に応じる」という、「本来あり得ない考え」が世論調査の結果に出る、

と説明されています。

 歳出削減といっても、庶民は無駄遣いをなくせ、といっているのです。

 そしてこの無駄遣いも、予算を立ててそれを実行する側と一般国民の間で、対象となる内容がまったく違う。その食い違うところで、結果として私たちは足をすくわれてしまうような格好です。

 表面的・総体的な言葉だけで説明もなく、多くの国民がごまかされてしまいました。

 食い違いの自覚がないまま、政権に対して期待まで抱いて、裏切られている。この期待を「幻想」という人もいます。

 私が育ってきた時代は世の中が目に見える形でどんどん豊かになって、社会保障も充実してきました。それがあまりにも当たり前だったため、それが、政治を考えるときにも大前提となっていましたから、まさかその大前提となるはしごが外されるとは考えようもなかったのでしょうか。

 そうしていつの間にか、みんなの期待とは外れた社会に変質してしまった……。

 民主主義というのは、主権者である国民全体が常に試されているのではないかな、まったくもって手間の掛かる制度だ、というのが正直な気持。

 でも、人間が考えた中で一番の政治制度だという思いがありますから、ここで諦めずに、主権者の義務と権利を行使してなんとか努力を重ねていかなくてはね。

 ついでに、複雑怪奇な税制については手を出しかねていましが、よく言われている所得税がどこまで低所得層に厳しく、同時に富裕層に優しくなったのか気になっていたので、財務省の提供する資料を見てみました。

 所得税の税率構造の推移をみると、時代が下るに従って、税率の区分け方がどんどん単純になっていることに気づきます。

 昭和49年には19段階あったものが、平成元年には5段階、そして現在は段階にまで減らされています。

 最低税率はいずれも10%ですが、最高税率は昭和49年の75%から、平成元年は50%、そして現在37%にまで低下しています。

 なお、個人に課される税金にはこの他、道府県民税と市町村民税を合わせた「住民税」があり、こちらの方の最高税率も、18%から15%、13%と低下してきています。

 結局、所得税と住民税合わせた最高税率は、93%から65%50%と低下したわけです。

 さらに今後は、今年度中に行われるらしい「国から地方への本格的な税源移譲」後、4段階の税率が6段階になります。

 所得税率を最低5%、最高40%にして、住民税は現行の5、10、13%の3段階になっているのを一律10%にすることで、

 所得税・住民税合わせて、最高税率を現行の50%に維持する、という方針のようです。

 きめ細かに所得によって税率に差をつけていたものが、こうしてどんどん単純になってきたのは、どのような効果があったのでしょうか。調べるにつれて疑問の膨らむこの頃です。

 


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イスラエル建国と秘密条約 その1

 今日の毎日新聞では、いつになくイスラエルとレバノンの問題が大きく扱われています。

 また先日の首相のイスラエル訪問で、少なくとも私は、否が応でも中東問題に目を向けざるをえませんでした。

 そんな意味では、あの脳天気ソーリのお陰と、感謝してもいいかな?

 さて中東に関してですが、私の知識は本当に乏しいものです。かろうじて、一応、主要国の地理的位置を知っているだけまし、といったところでしょうか。

 イスラエル、パレスチナ、レバノン、シリア、よく話題に出るヨルダン川……バルフォア宣言、といった言葉が頭をかすめます。

私の頭の中では、このバルフォア宣言イスラエル建国が結び付いていますが、それ以上の知識はありません。いったい、どうなっているの?

手元にある小学館のニッポニカでは、次のような説明がされていました。

Balfour Declaration
1917年11月2日、イギリス外相バルフォアが、第一次世界大戦に際してユダヤ人の支援を取り付けるため、戦後パレスチナにユダヤ人の国家を建設することに同意した宣言。これはユダヤ系イギリス人の銀行家でシオニスト連盟会長であるロスチャイルド卿にあてた書簡のなかで表明された。しかしこの宣言は、アラブ人に戦後の独立国家建設を約束したフサイン‐マクマホン協定(1915)、イギリス、フランス、ロシアの間で中東のトルコ領分割を取り決めたサイクス‐ピコ協定(1916)のいずれとも矛盾するものであった。同宣言に対しアメリカはただちに、18年にはフランス、イタリアも支持を表明した。

 これについてはこちらに記事に関連記事も含めて詳しく載っています。その記事から引用させていただきます。

         

親愛なるロスチャイルド卿

         

陛下の政府に代わり、ユダヤ人のシオニスト運動に次のような賛意を示す宣言をするとともに、あなたにそれを伝えることに深く欣快の意を表します。また本件は閣議に報告され承認を得ています。

         

陛 下の政府はユダヤの人々のためパレスチナに国民的地区を樹立することを好意的にみなします。そしてその目的の達成のため最大限の努力を払うものとします。 ただパレスチナに住む非ユダヤ系の人々の公民権と宗教的権利を侵害するものではなく、また他の国に居住するユダヤ人が享受している諸権利及び政治的地位を 排斥するものではありません。

         

この宣言をシオニスト連盟に伝えていただければ感謝します。

         

誠意をもって、アーサー・ジェームス・バルフォア

 この決して長くはない手紙が、いわゆるバルフォア宣言というものでした。

 原文は非常に巧みな表現で、解釈の余地を色々と残しているようです。さすが、老練な外交戦術、というものかもしれませんが、その時々の戦争遂行上の理由で、それ以前の様々な約束との整合性も無視して強行されたものです

 当時オスマントルコ帝国は衰退の一途を辿っていたところに、第1次世界大戦ではドイツ側について戦っていました。

 そうした中で、トルコ支配下のアラブ東方地域に関する連合国の取り決めが色々なされるわけです。

 フサイン-マクマホン協定とは、メッカのシャリフ、フサインとエジプト駐在イギリス高等弁務官マクマホンとの間でかわされた5回にわたる往復書簡のなかで、シリアの西部を除いたアラブ人居住のオスマン帝国領に、大戦終了後、独立国家を建設することを支持する約束を与えたものです。

 サイクスーピコ協定とは、イギリス、フランス、ロシア間で、戦後のオスマン・トルコ帝国領の分割を約束したもので、その名称は、主に携わったイギリスとフランスの外交官の名前からとられています。

 そしてこの2つとも、帝国主義国家間で結ばれた秘密条約でした。他にも、覚え書きに対する回答の形で、「アラブ自身の行動によりトルコ支配から開放される地域」を含めてアラブの主権下の完全独立を認めることを明らかにしたものがあります。

 なんだか、勝手に他国の領土に線引きをしてしまうのですから、これだけでもやりきれません。それも、秘密裏にこそっと。

 サイクスーピコ協定での領土分割は以下の図をごらんください。現在のイスラエル領の多くは、この協定でエルサレムを含めて国際管理下に置かれています。ただし、その中でハイファとアッカはイギリスの直轄地です。

       Photo_33    ちなみにアッカはかの十字軍の根拠地で、要塞がありました。こんなところにも、ヨーロッパとアラブ社会の確執がうかがえますね。

 そしてこの秘密条約から、革命の勃発したロシアは離脱し、その存在と内容は革命政府によって「イズヴェスチア」紙上で暴露されます。

 イギリスでも、17年11月には「マンチェスター-ガーディアン」誌に掲載され、その内容がフサイン側に知らされるだけでなく、アラブ地域全般に広がっていくことになります。

 そして第1次大戦後のイギリスとフランスの勢力は、次の図の通りです。           Photo_36         

イギリス、フランスという帝国主義勢力の、アラブ・イスラエル双方への見事なまでの裏切りがわかりますね。

 そしてシオニズム運動というものは、始まったときから、こうした大国の権力支配の道具として使われて、イギリス・フランスがアメリカに取って代わられただけでその構図はちっとも変わらないのではないか? という疑問が湧いてきます。

 おしりもアメリカ、ライス国務長官の、新しい中東の「産みの苦しみ」発言がありました。

 ここまで冷徹に計算できる人間って、ある意味「怪物」というよりも、「妖怪」どころか、それこそ「悪の帝国」。もしかしたら、手持ちの武器がなくなるまでこの戦闘を止めさせる気はないのでしょうか。

 (第1次大戦後のアラブ民族運動については、明日に書きます。今日はここまで)。

 

 

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トランス状態とパフォーマンス

Dscn2360_2  カサブランカが咲きました。
 Photo_32          あの細い茎に7つも8つも大きな花をつけるのは驚くばかりです。

 今年はあじさいに押しやられて陰になっていたところでは、つぼみがかなり虫に食われてしまいました。

 それでもこれだけ咲いてくれました。

 朝、何気なく新聞をめくると、王理恵さんの写真が大きく載り、「中高で運動部入部を『必須』に」の見出しが見えます。

 大体、水泳以外のスポーツにはたいして関心もないので、ソフトバンクホークスの王監督のお嬢さんがどんな方かもまったく知りませんでした。

 その方が、きれいな笑顔で、

「これからの教育現場では、中学高校にまでは運動に打ちこむ時間を必ずつくってほしいと思います。得手、不得手はあるだろうが、運動部入部は『必須』にしてほしいのです。人間形成をする上でスポーツはものすごく大事な要素です。私自身もスポーツで『努力、協力』を学びました」

といわれています。

 そんなこと、困るなあ、と私は思わず呟いてしまいました。

 何しろ、いわゆる「体育会系」のもろもろが、私は大の苦手なのです。それで、体育の授業というより、体育の教師が苦手でした。

「スポーツマンシップ」という神話も、私は信じておりません。

「根性」神話も面食らうばかり。

 子供会のスポーツ大会で親御さん達が我が子を応援する光景はそれなりにほほえましいのですが、それも度が過ぎて違和感を覚えることが多々ありました。

 先輩に絶対服従のあの感覚が、とにかく嫌でした。

 そういえば、高校生の時、地元が国体開催県になったために、行進練習をよくさせられました。1学年下は、マスゲームの練習です。

 その行進ですが、クラス毎に整列して一糸乱れぬ足運びを練習させられるわけですが、今でも覚えているのが、ハイルヒトラーよろしく、主賓席に向かって一斉に右手を斜め上方に伸ばすように指導されたことです。

 まさか今はそんなことはしていないと思いますが、とんと国体にも興味がないため、実際はどうなのか知りません。

 踊る宗教、などというのがありまして、教祖が信者でない人のことを「ウジ虫ども」と呼ぶことなどが、その昔話題になりました。ちなみに、教団本部は、岸信介や佐藤栄作氏の故郷、山口県田布施に今でもあるようです。

 踊りと宗教は密接な繋がりがありますよね。

 一斉に大勢が体を動かすうちにトランス状態に陥るのは、脳内麻薬物質のせいなのでしょうか?

 とにかく、根性でしごきに耐えられるのも、その物質、エンドルフィンのお陰なのかな、などと考えていますが、詳しいことは知りません。

 もしかしたら、昨夏の衆院選挙以来、小泉自民の仕掛けた劇場に多くの人がはまって、トランス状態がずっと続いているのだろうか、などど、妄想しております。あれからそろそろ1年が経ち、トランス状態も徐々に解けていっているようですが、当の張本人、小泉首相は相も変わらぬパフォーマンスで、一向に覚める気配はないようです。

       キッパーをかぶっていったいなんのつもりだバナー         

 このバナーは雑談日記さんから無断でお借りしてきましたが、数日前にこれを見たときは驚きました。サミットに行くついでとはいえ、わざわざイスラエルに行って、こんなことまでしてきていたんですね。

 イスラエルが空爆続行中のレバノンについても、どれだけ理解をしていったのでしょうか。

 緊張緩和を目指して訪問したと首相はいっているようですが、イラン系ラジオ日本語版では次のような解説をしていました。

「地域の世論は、小泉首相が他の国と同様、占領政権の非人道的な行為を非難してくれることを期待しています。しかしながら、日本は、依然として中東情勢に対する明確な姿勢を取っていません。評論家は、小泉首 相がパレスチナ人の民主政府の高官と会談しないことは、和平を確立する上での日本の外交能力に疑問が残るとしています。さらに、専門家の多くが、北朝鮮の ミサイル実験、及び朝鮮半島の危機に関連し、北朝鮮に先制攻撃を行うとした政府の無責任な発言は、国際問題の解決における日本の外交の未熟さを表している としています。そして、北朝鮮問題の対応における日本の政治的手腕の欠如が、パレスチナ問題における日本政府の仲介的な役割を疑問視させ、同政府をアメリ カの追従者のレベルに下げている、としています」

 少なくとも世界の一角では、こうした日本外交に疑問を呈している声があることを、首相本人は承知しているのでしょうか。そして多分、こうした見方はここだけではないんですよね。

 浅井久仁臣さんのブログを読むと、不可解なレバノン問題も、少しは理解の糸口を見つけられそうです。

 それにしても、単なるパフォーマンスで嘆きの壁を訪れて祈るのは、ユダヤ教に対する冒涜ではないでしょうか。

 

 

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信頼される?政治家安倍晋三さん

Dscn2356  なんでもサミットでは、首相が自分を沈みゆく太陽になぞらえたそうですね。                                                Dscn2357_2      どこまでも自己陶酔に浸る人なんですねえ。  

  自民党バーチャル総裁選などというサイトがあり、興味半分で覗いてみると、 安倍晋三、石原伸晃、河野太郎、塩崎恭久 高市早苗の5氏が顔を揃えていました。

2010年の「自民党総裁」を「有権者」の投票によって選出するもの、というふれ込みです。

 日本のサッチャーになれる逸材、と高市氏が推薦人から持ち上げられていたのは何か悪い冗談かな、などと思っていると、さらにすごいものがありました。   

信頼される政治家:安倍晋三さんを推薦します

            衆議院議員 石破 茂  

安倍さんは安全保障と社会保障の2つの保障をきちんと確立したいという思いで、今回立候補されました。日本は戦後ここまで来ましたけれど、必ず限界がきます。政治とは国民の喜ぶことを明示するだけでなく、辛くて、苦しくて、しかし国にとって必要なことを国民にお願いするのが、本当の仕事だと思っています。 そのためには政策立案能力、そしてまた「この人が言うことなら間違いない」、「この人ならば私利私欲なく、最も国のためを考えてやっているんだ」と有権者 の方に思って頂くことが何よりも大事だと思っています。安倍さんの政策についての明るさ、そして彼の私利私欲のない真摯な姿勢はまた多く方がご存じのこと です。彼の周りには大勢のいろんな人が集まります。そういう人望のある、そして人々に信頼を与える安倍晋三さんにこれからの日本を託したい、安全保障と社会保障を確立した21世紀の日本、そうあってほしいと願って推薦しました。(引用ここまで)

 これはとても冗談ではない、と思わず顔が引きつってしまった私。

 ちなみに、このバーチャル総裁選挙STAFFは、山本一太、世耕弘成の両氏。

ワールドカップも終ったし、今度はこいつを思い切り蹴りこめバナー

安倍→ヒットラー→安倍変身バナー

 この2つのバナーは、雑談日記さんからお借りしてきました。

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故石井紘基さんの残したもの

_222  おいしそうでしょう?!
 梅の酵母でこねたパン種に大納言小豆の餡を詰めたあんパンです。上にのっているのはご近所でいただいた八重桜の花を塩漬けにしたもの。

 問題は、パンと一緒に焼いてしまった桜の花の塩漬けです。塩味が餡の甘みとマッチして、それはそれでいいのですが、香りもなくなってしまったし、見た目も悪い。次はこれを解決したいと思っていますが、今のところ妙案がありません。

 おいしい! といえば、このあんパンとは比べようもないほどの美味しい利権が政界にはごろごろしているらしい。

 前回のエントリーのコメントで、luxemburgさんが財投債に関して、「このもんだいは石井こうきさんがずっと警告していたのに、暗殺されたと言うことは本当においしい利権なのでしょうね」と書かれていました。

 そういえば、そんな話しがありましたね。

 試しに検索してみると、2002年11月の『週刊朝日』の記事が目に留まります。

 1部引用してみます。

「“爆弾発言”で政財界を震撼させた男、民主党の石井紘基代議士。オウムや統一教会、暴力団、ムネオ……アブない相手に真っ向から立ち向かった急先鋒が、テロの刃に倒れた

「石井氏と親しくしていた紀藤正樹弁護士も、悔しそうにこう話した。

『石井さんは一般市民の目でずっと政治を続けてきた稀有な政治家。彼は国会で質問することが国会議員の使命だと考えていた。彼に追求されて困る人は世の中にたくさんいる。利権に巣くっている人たちにとってみれば、彼がいなくなったことは大きなメリットです。
彼の死で日本の構造改革は遅れてしまうかもしれません』」
                          (引用終わり)

 なんだか、一市民の私には訳の分からないことが多すぎます。

 今でも石井紘基さんのHPが残っていて、「日本が自滅する日」と題して「構造改革のための25のプログラム」が載っています。以下に引用してみます。 

【官企業の全廃がもたらす経済の覚醒】

プログラム一

既得権益と闘う国民政権をつくる

プログラム二

すべての特殊法人廃止を急ぐ

プログラム三

高速道の建設を凍結する

プログラム四

本道路公団の借金は20年で償却する

プログラム五

公団のファミリー企業から資産を回収する

プログラム六

都市基盤整備公団などは、民営化でなく解体する

プログラム七

住宅ローン証券化で公庫を保証機関にする

プログラム八

政府系の公益法人と認可法人を即時廃止する

プログラム九

地方公社と第三セクターを清算・整理する

プログラム十

真の公益法人を支える税制をつくる

プログラム十一

200万人が失職するが600万人の職が生まれる

 

【権力の市場からの退却】

プログラム十二

特別会計、財投、補助金を原則廃止する

プログラム十三

「開発」「整備」「事業」法を撤廃する

プログラム十四

公共事業長期計画を廃止する

プログラム十五

新しい民間の公共事業勃興策を打ち出す

プログラム十六

゛政治農業"をやめ、産む農業をとりもどす

プログラム十七

 徹底した地方分権を断行する

  国家予算の半減】

プログラム十八

5年で予算規模を二分の一に縮小する

プログラム十九

国債の新規発行をゼロにする

プログラム二〇

中高年100万人のボランタリー公務員制度」をつくる

プログラム二一

20兆円を社会保障10兆円を環境保全に追加する

プログラム二二

 大規模減税を実現する

【品格ある「公務」の復活】

プログラム二三

「公務分限法」を制定する

プログラム二四

行政監視を徹底し、会計検査院を強化する

プログラム二五

天下り禁止法を急いで定める

  以上です。

 政治そのものも政治家も矮小化されて、改革の名の下に利権漁りが進行し、政治不信の怒りが渦巻きながらも一向に改善されない、そんな「改革」。

 石井紘基さんが残したこの25のプログラムが、まぶしく思えます。

 

構造改革のための25のプログラム

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とんでも改革と打ち出の小づち

_200 擬宝珠の花芽です。

 昨日に引き続き、貞子ちゃんにいろいろ教えてもらいました。

 今日は「特別会計」について。

 特別会計という一般会計とは別立ての会計があって、それが一般会計の何倍にも上り、どうも《あやしい所》に使われているらしい、というくらいの知識(といえるかどうか、怪しい)しか持ち合わせていなかった私ですが、その昔、「財政投融資金」といってたものだと貞子ちゃんの所で知りました。

 その言葉なら聞いたことある。

 郵貯・簡保・年金で集められたお金のことです。

 そして貞子ちゃんによれば、80年代初頭では、「第1の予算」一般会計は50兆前後、「第2の予算」財政投融資金もおよそ50兆前後で、年間の国家予算全体は、あわせておよそ100兆円で推移していた、ということですし、「財投債」などという国債も考案されていなかったといいます。

 以下は貞子ちゃんから学んだことです。

 この四半世紀の間に、「一般会計」は80兆前後に膨らみ、「財政投融資金」は「特別会計」と名前を変え、およそ240兆円にまでなってしまった。 

 2001年4月に行政改革に関する「まやかしの法改正」がたくさんあり、大蔵省が廃止されて、金融庁と財務省が誕生すると同時に『財政投融資金』が廃止されて『財政資金特別会計』を中核とする『特別会計』が生まれた。

 新たに「財投債・財投機関債・政府保証債」という3つの名前の国債が発行され、「特別会計」の「財投資金特別会計」へと流れる。 

  さらに 『特別会計』には、郵貯・簡保・国民年金・厚生年金・雇用保険・地震保険・船舶保険・ガソリン税(ガソリンの内税)・電源開発促進税(電気代の内税)・印紙税などなど 広く浅く国民から集めたお金が大量に流れ込み、それが各種特殊法人・公益法人へと支出されている。

 こうした変革に、日経をはじめとしたマスメディアがついていけてない。

 2004年に国債発行高30兆円の公約を達成したかのように報道されていたが、同じ年度に、「財投債」という国債を41.3兆円発行していた。

そして日本の国債発行残高は、今年に入っても増え続けている。

 以上、貞子ちゃんから教えてもらったことでした。

もう一度、橋本政権下での行財政改革と、小泉政権下でのそれをきちんと調べ直してみないと分からないことが多いなあ、と思いましたが、

「誰か再び 橋本龍太郎並みの気骨ある政治家が登場するでしょうか。
私は 麻生さんあたりが 少しは気骨がありそうだと個人的はにらんでいます。21世紀の政治家は 少しくらいは悪人顔でないと なんとも心もとないのである」。

という貞子ちゃんの言葉に私の方は絶句。

 金融関係で数字を扱っている感覚と、その数字の下ではどのような生活が営まれているのか考えるものの持つ感覚はこうも違うのでしょうか。

 貞子ちゃんも、フローッピー麻生のエピソードを知れば、「少しは気骨がありそうだ」などというものが思い過ごしだったことを知るかもしれません。

 (麻生太郎氏は2003年の講演で、「IT技術の発達で05年までに日本の役所から書類がなくなり、すべてはフロッピーで済むシステムになる。世界でもっとも電子化された政府が誕生する。国土が狭い日本が光ファイバーの整備で米国に負けることはない」といって話題になりました)。

 なまの生活実感、ごく素人の「おかしい」という感覚は、金融や経済の桁違いの数字を扱っていると抜けていくのでしょうか。

 それにしても、やはり詐欺にあったとしかいいようがない「まやかしの改革」 。これは私の感覚のみならず、貞子ちゃんの話しでも裏付けられたわけですね。

「日本政府が去る2003年1月~2004年3月までの15ヶ月間に総額35兆2564億円に及ぶ「円高」阻止名目での史上空前の為替介入(円売ドル買)を行ったことを忘れるべきでありません。政府は、このために必要な円資金をFB財務省短期証券/13週で償還する超短期国債)を発行し、それを銀行等の市中金融機関へ売却して調達しました」

と、toxandoriaさんがいわれていますが、この国債も、貞子ちゃんのいう「財投資金特別会計」に流れ込むもののひとつなのでしょうか?

 行財政改革に名を借りたとんでも改悪で、私たちは時の政権に、とんでもない「打ち出の小づちを与えてしまったのでしょうか。

 

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「骨粗しょう症の方針2006」と、貞子ちゃんが断言してました

Photo_30 ブリューゲルの描いた寓話の絵はピンとこないものも多いのですが、この絵は分かりやすいですね。私たちがいう「豚に真珠」は、「豚に薔薇」というのでしょうか。

 さて、久しぶりに、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」を読んでみました。もう、半年ぶりになるでしょうか。

 セミプロ級の金融アナリスト「貞子ちゃん」がいろいろこの国の金融事情を解説してくれるのですが、この「豚に薔薇」か、私には「訳わかめー」で、ずっとご無沙汰しておりました。

 「『骨太』もとい『骨粗しょう症の方針2006』」のタイトルに惹かれて読んでみると、

  2011年度には国と地方で基礎的財政収支(プライマリーバランス)を確実に黒字化するために最大14兆3000億円の歳出削減も盛り込んだ「骨太の方針2006」について、

  向こう5年間で 一般会計だけで わずか14兆3,000億円の歳出削減だと???

2011年でプライマリー・バランスが黒字化するのは 特別会計を含んでいない。
『骨太の方針2006』つまり財投債・財投機関債・政府保証債などの国債発行は【勘定】に入れていない。

一般会計だけプライマリーバランスの黒字化を達成しても 何の意味があるのだろうか。

日本政府は 本気でこの国にキャピタルフライトを巻き起こして インフレによって日本の国富と国家債務の両方を半減させるつもりでいるとしか思えない。

 と貞子ちゃんが息巻いていました。

「わずか14兆3,000億円の歳出削減だと???」という言葉に度肝を抜かれている私にたたみかけるように、借金は減るけれど、日本は貧乏になるんだ、と言っているようです。

 (歳出を)削れるだけ削って、(国民が)泣きを見るのを待て、というような首相の言葉に腹を立て、14兆の歳出削減にも怒っていたのに、14兆も「わずか」なんですか? 一気に心配が風船のように膨らみ始めました。

 なんでも、貞子ちゃんが引き合いに出したイタリアの行財政改革はすさまじいらしいのです。

「イタリア政府は 93年度予算において 93兆リラ(日本円にして約33兆円!!!)もの財政赤字削減を打ち出し

「1980年代から1990年初頭まで『世界の財政赤字の一番の落第生』だったイタリアで 1992年から1997年の5年間に及ぶ財政破綻の処理法は 遍 く(あまねく)あらゆる階層に 遍く(あまねく)あらゆる社会保障費に 大変厳しいメスを入れました。今の日本にとっては大変参考になると思います」。

 ということでした。

 ひえー…… 「生活費にはまるっきり困ってない」、「ハッピーリタイア中」の貞子ちゃん、羨ましい限りです。

 おまけに「投資初心者が手を出すにはリスクが高すぎる金融商品」を一切扱わず、「愚直なまでに堅実&誠実なネット証券です」といって、某ネット証券を推薦していました。

 その昔、親から貰った小遣いで夫に株を買ってもらいましたが、株価の上がり下がりに一喜一憂する自分に耐えられずにさっさと株式市場から退場した私には、まったく「豚に薔薇」のご推薦でした。

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桃源郷ではないけれど、とても示唆的

 いよいよ酷政が牙をむき出しにしてきましたね。

 08年度から、生活保護者も窓口で「1割負担」することが厚生労働省で検討を始めたようです。

 なんだかんだいいながら、いつの間にか軍事費は5兆8039億円という、世界屈指の額を記録し、どうも密かに増額傾向にあるようです。

 06年度の生活保護費は2兆6888億円で、そのうちの1兆3940億円が医療扶助に充てられているということです。

 政府方針は2011年までに国費ベースで社会保障費を1.1兆円削減することが目標ですが、これも失政のツケでしょうか。

 そうそう、昨日の講演に先立ち、受付で貰ったパンフレットから、日本ではほとんど知られていない、コスタリカの歴史を見てみます。

 1540年、スペインの県とされて、42年にグアテマラ総督府に編入される。

 1822年:独立

 1848年:共和国になる

 1871年:死刑廃止(なんと、日本の明治4年のこと!)

 1886年:国費による普通教育開始(日本より60年前)

 1889年:中米で初めて、完全自由な民主選挙を実施

 1913年:直接選挙で大統領を選出することに

 1917年:ディノコ将軍が軍事クーデターで政権を樹立。1年後に崩壊。

 1921年:米国の支援を受けて軍隊を持たないパナマコト地方を侵略

 1948年:大統領選挙でニカラグアに対して平和的・対話外交を主張するウラテ候補が勝利。これに対してカルデロン派が議会を巻き込み選挙の無効の決議を強行。

 ホセ・フィゲーレス等が武装蜂起して「市民の的を倒せ」と戦って勝利。

 12月に第2次共和制発足。この時、常備軍全廃の有名な演説が為される。

「今日限りでコスタリカは常備軍を全廃する。軍隊はしばしば独立体制によって国民を力ずくで抑圧してきたが、われわれは民主的な話し合いの道を選ぶ。従って政権維持のための武器はもう要らない。不要なものは今日限りとする」。

 さあ、こう見てきますと、夢の桃源郷コスタリカ、となりそうですね。

 ただ、そうしたコスタリカの美化・神話化に対して、いくつか批判もあるようです。

http://72.14.235.104/search?q=cache:hpemfhSsD70J:www1.ocn.ne.jp/~mourima/sindou.html+%E3%83%9B%E3%82%BB%E3%80%80%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%B9&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=20&lr=lang_ja&client=firefox

http://www.japancostarica.com/ozawa/050125.htm

 等々をご参照ください。

 なるほど、鵜呑みにはできないということですね。

 ただし、憲法で常備軍の廃止を謳うのみでなく、死刑制度廃止や大学までの教育の無償化といったことを法制化していることなど、私たちが学ぶ点は多いのだと思います。

 死刑制度廃止も大学までの教育の無償化も、法制化している国はコスタリカだけではありませんが、私たちの国ではそのどちらも実現されていません。

 始めに改憲ありきで憲法の理想を語ろうとする試みを否定するのではなく、やはり理想に向かって努力をしたいと思います。

 教育で子供たちが自分の心のうちを表現して他者に伝えることを学ぶのは、本当に大切だと思います。追いつめられた子どもの反社会的な行動でやっと子どもの心の一端を知ることになるんて、やはりおかしい

 読み書きそろばんはたしかに教育の基礎の基礎で、それができるのは当たり前。民主主義という制度は、主権者である国民がそれ以上の力を蓄えて、不断に努力することが求められているのだと思います。


 

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軍隊を捨てたコスタリカ

 コスタリカ国際法律大学教授カルロス・バルガスさんの講演を聴いてきました。

 以下はその内容です。

 コスタリカと日本は兄弟の国です。日本は憲法9条で、コスタリカは同12条で、軍隊を禁止しています。

 (この軍隊を否定した)自分たちの経験を伝えるのは、コスタリカ人の義務だと思います。

 コスタリカ共和国は中央アメリカの、(ニカラグア共和国、パナマ共和国に挟まれた)面積5万K㎡、人口400万の小さな国です。

 1948年になぜ軍隊を廃止したのかというと、軍隊があると戦争をし、平和が脅かされると考えたからです。

 コスタリカは、1822年のスペインからの独立時以来、かなりの金額を教育に投資してきました。

 子供たちの教育を通じて、平和・人権を学んできました。

 1871年には死刑を廃止し、1886年には義務教育が無償になりました。

 教育のおかげで効果的な法体制が作られてきました。

 その結果、1907年には、中米で初の国際法廷ができました。

 1948年の米州機構を作るのを推進してきたのがコスタリカです。

 労働法も整備され、労働者に良い条件を提供しています。

 コスタリカが平和・平穏であるためには、隣の国々も平和・平穏である必要があると考えました。

 1987年に中米和平に調印。グアテマラ、ニカラグア、ホンジュラスに平和が訪れました。

 1822年の独立以来、人権を守るとはどういうことなのか、コスタリア人は理解してきました。

 中央人権裁判所ができたのもコスタリカで、全アメリカを管轄し、ラテン・アメリカ地域で起こる人権侵害を解決しています。

 今では、小・中学校のみならず、大学まで無償で進学できます。

 病院に行くのも入るのも無償で、これは在住外国人にも適用されます。

 もめ事を解決するのは、話し合い・和解です。

 紛争解決に大事なものは、寛容であることを、コスタリカ人は知ってきました。

 侵略されそうになったこともありましたが、すべて、交渉を通じて解決してきました。

 1980年代に、基地を作ってニカラグアに侵攻できないか、という米国からの圧力もありましたが、コスタリカはこれを拒否しました。

 コスタリカは、非武装・平和であることから、アメリカが尊重してくれたのです。

 小さな国ですが、米国とは対等です。軍隊がないおかげです。

 米国は、コスタリカに、軍事基地を作れとも迫らないし、憲法を変えろとも迫りません。

 コスタリカの対外政策は、国連を介してですが、全世界レベルです。

 環境を守り、平和を保持し、民主主義を進め、対話を通して紛争を解決していきます。

 コスタリカの子どもは、小学校1年で、平和とは何だ民主主義とは何だ、ということ、人権を守ること、環境を保護すること、武器を持たないことを学びます。

 歴史をとても大事にして教えます。良いことも悪いことも、すべて教えます。

 良いことであれ悪いことであれ、現在にいかに対処するか、そして将来、進む道を考える手だてが歴史です。

 7、8歳の子どもの教科書には、すでに、民主主義と平和を守ることは、自由を愛することで、平和な国は、そうした国を望むすべてのコスタリカ人の努力の結果です、と書かれています。

 平和は理想ですが、その理想を達成するためには、個人が一人ひとりの平和を確立することが大事です。

 そこから社会の安定が生じ、国民は道徳と豊かさを享受できるのです。

 そうしたことが、すでに7、8歳の子どもに教えられています。

 何よりも大事なことは、

 子どもに自分の心の中を表現することを教えていること。

 自分の考え、知っていることを伝え、政治に参加することを教えていることです。

 4年ごとの大統領選挙には、子供たちも参加します。

 小学1年でも政治に参加するとはどのようにすることか、知るようになりますし、平和と民主主義を学びます。

 武装していない国の市民であることの誇りを手にして、国歌を歌うことも、国旗を揚げることも、誇りに思います。

 人口はたった400万、面積もたった5万K㎡の小さな国で、貿易も、そのほとんどを米国に頼っています。

 軍隊を捨てた国にもう一度軍隊を置く圧力がかかったときもありましたが、もう1回軍隊を持とうということにはなりませんでした。

 また、民主主義が選挙だけではなく、たくさんの要素と結び付いていることを学んできました。

 寛容な心を持つということは、すべて民主主義に結び付いていると私たちは理解しています。

 こんな小さな国にできることが、なぜ日本でできないのでしょう。

 隣国との間に危機的状況があるのは知っていますが、北朝鮮の仕掛けた罠に陥ると、北朝鮮の侵略・軍隊強化の口実を与えることになります。

 軍隊を持たないと、どんな小さな国でも、世界最大の国よりも強いことを、日本の人たちに伝えたいと思います。

 紛争は話し合いで解決する方が実りあります。

 日本は勇気とエネルギーのある国民だと思っています。2度の原爆から蘇り、経済力を高めたのですから。

 アジアの中で、人権の擁護、非武装を進めていってほしい。

 日本の教育システムを変える必要があると思っています。そうした変革を小・中学校でやれば、世界で起こっていることを知ることができ、自分たちの進む道を決めることができます。

 沖縄に行って、ひめゆり平和記念館で、戦前・戦中の教育での子どもの思いこみ、決して降伏せずに、国のために喜んで死ね、という考え方があったことを知りました。16歳の子どもがガマに潜み、「怖れることなく陽の光の下をもう一度歩きたい」といってました。

 こういう風に強いられた教育は、本当のことを教えない教育でした。

 コスタリカは子供たちに事実を教え、自分の考えを自由に表現させます。

 コスタリカと日本は協力し合い、平和・人権・民主主義・環境を守り、対話を共に学んでいきたい。

 9条の維持がとても必要です。

 以上のようなお話でした。沖縄の話しをされるときには、亡くなった幼いきょうだいをおぶって、直立不動でじっと前を見る、よく知られた写真をスクリーンに映していました。

 ふー。今日はここまで。列車とバスを乗り継いでいってきたので、疲れてしまいました。

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ヤクザ政権、ヤクザ国家

 前回の記事に載せたNew York Yimesの論説のタイトルの訳、「ベルベットのプレスリー外交」という言葉はおかしいなあ、と思っていたところ、思い出したのが、チェコの「ビロード革命」です。

 民主化要求が流血の事態に至らずにスムーズに旧体制の崩壊をみたチェコのvelvet revolutionがビロード革命と訳されて一般化しているわけですから、ここはビロード外交とでもいうところでしょうか。(ただしこの語で検索してもヒットは0でした)。

 プレスリーを利用してビロード外交を演じた日米の大根役者ふたり。勝手に自分のものをいじりまくられたプレスリーは、今頃きっと、向こうの世界でお怒りでは。

 運は良くても、ご乱交ご乱行に品位のかけらも持ち合わせていない首相と、運悪く、統一協会イベントへの祝電が露見したうえに、「内閣官房長官」の肩書きで「私人として」の祝電を送ったという、国語の論理を無視した苦し紛れのいい訳をやったアベ氏。

 このコンビに引きずられてきた私たちは、これからどこへ行こうとしているのでしょう。

 誰が言い始めたのか、「ヤクザ政権」に「ヤクザ国家」。

 今、この言葉を噛みしめています。

  ワールドカップも終ったし、今度はこいつを思い切り蹴りこめバナー

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はやく消え去れ小泉…という怒りでいっぱい、とは私の言葉ではありませんが

「プレスリーの館に行っている時にテポドンが飛んで来なくて良かった」。

 小泉首相は6日夜、公邸で自民党の武部勤幹事長らと会食した際にそう語り、出席者からは「首相は運が良い」と声が上がったそうな。

 何だか「裸の王様」。

 自分の器量も忘れて、やり放題の末がこの言葉?

 おまけに「首相は運がよい」のお追従ですか。

 情けなさでいっぱいです。

 森田実さんの記事には、首相ご乱行ついてのNew York Times の論説が、要旨のみとはいえかなり詳細に載っています。その一部を引用しますと、

ベルベットのプレスリー外交――小泉万歳! 彼が欲しいのはアン・マーガレット

 白手袋の保存係がハラハラしながら見守る中、プレスリー愛用の金のサングラスをかけ、強い日本語訛りで“Love Me Tender”,“Can't Help Falling in Love With You”,“Fools Rush In”,“I Want You, I Need You, I Love You”しまいには”Glory, Glory, Hallelujah”まで歌い、妻のプリシーラ が“カラオケ装置が要るわね!”と言ったほどだった。彼は娘のリサ・マリー を自分の幻想の世界で“Viva Las Vegas”のアン・マーガレットにみたて、耳元で“Hold me close,hold me tight”と口ずさみ、夢のようだ! とはしゃいだ。

                        (引用終わり)

 ふー……知性(元々あったかどうかも定かでありませんが)もプライドも節度もかなぐり捨てた、これまで伝えられていた以上の痴態のようです。

 そして6時のNHKニュースでは、

「14兆の不足分を、歳出削減で補う」といってました。途中から見たのですが、この後すぐに、閣僚がずらーっとニコニコした顔を揃えていました。

 オンラインをみると、「骨太の方針 政府が閣議決定」という項目がありましたから、このことですね。

「政府は7日夕方、臨時閣議を開き、財政健全化に向け今後5年間で最大で14兆円余りの歳出削減を行うことなどを柱としたことしの経済財政運営の基本方針、いわゆる「骨太の方針」を決定しました」とのこと。

 増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない

という過日の言葉は本当でした。 

 

 

 

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食の不安から

Dscn2342_1 発酵したトマト。
 これからパン作りのための天然酵母をとります。
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 暑くなって、いろいろな食材から酵母が取れるのがおもしろいところ。

 さて、私がパン作りを覚えたのは、上の子どもが幼稚園に通うころのこと。そのころはまだイースト菌を使っていました。

 高度成長も一段落した時代、様々な公害問題がクローズアップされました。水俣病や四日市ゼンソクはかなり前から問題になっていましたが、イタイイタイ病、新潟水俣病等々が発見され、にわかに注目され始めていましたし、東急東横線で渡る多摩川は、家庭排水等で泡立っていました。有吉佐和子さんの『複合汚染』が話題になったのは70年代初めの頃でしょうか。

 団地には子供たちの声が充満していましたが、小さな子どもを二人抱えた私は、何を食べさせればいいのか、途方にくれていました。とにかく手作りしようと思っても、原料自体が農薬で汚染されているわけですから、せめて手作りしてと、不安に駆られる自分をなだめ抑えるように、せっせと食事を作っていました。

 子供たちがとっくの昔に巣立っていった今は、酵母作りを楽しみながら、国産小麦を使って、いろいろ試してみるのがちょっとした息抜きのようなものです。

 食物に対する不安を抱えて、懸命に子育てに励んだときから、もう30年になります。

 あれから世の中は少しは良くなったでしょうか?

 いえいえ、不安の様相がガラリと変わって、当時よりもっともっと生きがたくなってきたのが現実ではないでしょうか。

 食に対する不安は、遺伝子組み換え、そしてBSEと、質そのものが一変してしまった気がします。

 口に入る植物も、受粉等を通して品種改良するあたりまでは私たちにも理解可能でしたが、それが遺伝子の問題になってしまったら、もう闇の中。

 そしてBSE問題では、PCBその他で問題になっていた人体の許容量云々などという数値は、どうも無意味になってしまったようです。

 そこへ来て今度は、政治問題でも不安を煽られる私たち。それも、政府自ら煽っているのですから、いったいどうなっているんでしょう。

 私が育った時代は、戦争を経験した親の世代がまだ現役で、有言であれ無言であれ、さまざまなサインを送ってくれていました。

 戦争の悲惨さを語るのはもちろんのこと、戦争にまつわる愚かしい思い出でさえ、反面教師として受けとめて、自分の糧にすることができました。

 そうした世代がどんどん鬼籍に入っていくのと平行するかのように、戦争を忌避する感覚が失われていった気がします。


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テポドンより怖い純潔キャンディ

 ユルマズ・ギュネイ監督の『』という映画をご存じでしょうか。

 軍事政権下のトルコで、監督が獄中から指揮して製作したという、1982年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得した作品です。

 滅多に映画を見ない私が、衝撃を受けた作品のひとつです。

 物語は、マルマラ海に浮かぶ監獄の島を、5人の男が、たった5日の間だけ仮出所するところから始まります。

 私の胸に今も焼き付いているのは、この5人の男たちよりも、ふたりの妻の姿です。

 「お前の兄を死なせたのは私に責任がある」と妻に真実を告白した男は、復讐を怖れて、妻子を連れて列車で逃げます。このとき、 身体を求め合うふたりはトイレに隠れるのですが、これを、他の乗客たちは見逃しませんでした。この時の衆人の目の怖さ

 その結果、列車という公共の場できわめて私的なことを試みようとしたふたりは、乗客たちから袋だたきに遭います。

 ふたりの行為が当時のトルコ社会の慣習に反したものか、それとも法に抵触するものだったのか、またその情況が現在も変わっていないのか、私にはまったくわかりません。しかしもうひとつのエピソードを見ることで、この社会の不条理が私たちの眼前に提示されて、愕然とさえします。

 夫が入獄中、生活に困った妻は売春をし、それを知った親族の手で実家に戻され、パンと水だけを与えられて、8ヶ月の間、鎖に繋がれていました。それだけではありません。久しぶりに妻と再会した夫は、家名を汚した己の妻を自らの手で殺さなければならなかったのです。そして身体の弱りきった妻を極寒の雪山越えに連れ出します。

 映画は、そんな妻が経験したであろう、都会の売春街をも映し出します。

 実際に仮出所を経験した囚人たちに、獄にある監督自身が5日間の記録を書いてきてほしいと頼み、そのメモから選ばれた話しが再構成されて、脚本ができたということです。

 今でもトルコという国の政治と社会に大きな影を投げかけるものに「クルド問題」があります。この問題が、トルコばかりかイラクにも存在していたことは、あの米軍のイラク侵攻と占領で知りましたが、兄が殺され、刑務所には戻らずにゲリラとなるクルド人の男の話も出てきました。

 が、何といっても私に衝撃を与えたのは、先の2人の女性です。2人の運命です。

 トイレに入っていく夫婦を目で追う乗客たちの、眉1つ動かさぬ無感動な表情、それでいて沈鬱で賤しい、咎めるような目つき。

 そしてこれとはまったく逆の、都会の喧噪にあふれる売春街。ショーウィンドウのような所にさらされる女の体。

 この相反した光景が、1つの価値観の下に、同一の社会に存在している。

 いいようのないやりきれなさに襲われます。

  なぜこんな話を思い出したのかというと、「純潔教育」を叫ぶ統一協会が、「純潔キャンディー」なるものを、韓国の小中高等学校、幼稚園、保育園にまで無差別に配布しているとハムニダさんが話されていたからです。

 また同時に、合同結婚式祝電事件に登場し、文鮮明教祖から金正日総書記との仲まで噂されている安倍官房長官の話しだけではなく、自民の女性先生方の、 「行き過ぎたジェンダーフリーと過激な性教育がキイキイ」という姿勢が気になっていたからです。 

「純潔キャンディーは、統一協会の救援儀式である合同結婚式を行う際に文鮮明の血統を継ぐための聖酒式に使われる聖酒を入れて作られ」ているらしい。

 ということは、子どもが知らずに食べてしまったら、真の家庭運動本部純潔運動本部という名前の統一協会の組織は、知らぬ間にその子を合同結婚式に参加したものとみなすのでしょうか。

 ロシア寄りの日本海に落ちたテポドンよりも、私はこの純潔キャンディーの方が怖い。
「純潔」を標榜する社会の裏にみえる欺瞞の方が、もっと怖い。

T20060705101818_3 ←ヘンリー・オーツさんの所から、勝手にお借りしました。

 

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「いかがなものか」でごまかすのはいかがなものでしょうか。

 9月の党総裁選ではアジア外交を争点に「非安倍」勢力の結集を視野に入れていると目されているアジア戦略研究会で4日講演して、日中関係について「(首相の靖国神社参拝という)一つの問題ですべてを閉じるのはいかがなものか」と強調した、という話です。

 この「いかがなものか」という言葉は、以前はこれほど頻繁に使われることはなかったように思いますが、いかがなものでしょうか。

 これと並んで違和感のある言葉に、「うれしく思います」、あるいは「うれしく思いました」といういい方があります。もともと皇室言葉のイメージがありますが、いつ頃からか、街でメディアにマイクを向けられた若い女性が使うようになりました。

 たぶん、紀子さんとか雅子さんが民間から皇室に入られた頃から、登場してきたようですが、無理にお行儀良くしているような居心地悪さがあって、耳にするとどうも落ち着きません。

 話しを前に戻しますと、「いかがなものか」を頻発するようになったのは、ここ何年かのような気がします。

 (首相の靖国神社参拝という)一つの問題ですべてを閉じるのはいかがなものか……

 何度聞いても、勝手な論理を押しつけられる不愉快さを感じます。

 そのくせ相手に疑問を投げかけて、あなたがどう考えようとあなたの意思に任せます……といわんばかりの恫喝をかぎとってしまうのは私だけでしょうか。

 私は押しつけていませんよ、勝手にあなた方が受けとめているだけですよ、とうそぶきながら、99%自分のいいように他者を動かそうとするずるさを感じます。

 自らは判断放棄して相手に丸投げするように見せかけて、「恫喝」効果さえ引っ張り出す……日本の言葉も、ずいぶんと品を落とされたものです。


 

 

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ずらーっと世襲議員

 ポスト小泉レースと巷で騒がれる4氏の資産が昨日のアサヒコムに載っていましたがすごいですね。

 4人の資産報告書などをもとに、不動産や株式の実勢価値を算出したものということですが、麻生氏が約23億6000万円で最も多く、谷垣氏約2億5000万円、福田氏約1億8000万円、安倍氏約1億7000万円。 

 政治資金は、麻生氏約3億1400万円▽安倍氏約2億1100万円▽福田氏約1億800万円▽谷垣氏約7600万円。

 その他、目につくものでは、麻生氏の配当収入540万、安倍氏のテレビ出演料560万。谷垣氏の「厚生年金」の記載には、つい同情もしたくなるというものです。

 表に出てきたものがこれですから、実際は? などと考えてしまいますが。

 この潤沢な資産は、閣僚や首相を経験した祖父や父親から譲られたものだと伝えられていますが、閣僚や首相を経験すると、そんなに財産を残すものなのでしょうか。

 私の子ども時代でも、「政治家井戸塀説」は、とっくの昔に遺物になっていましたが。

 そこで、気になる世襲政治家で、現職の国会議員の方々を調べてみました。

 (世襲といっても、どの繋がりまでを考えるかで世代数が異なってくるようです。一応、親族と選挙区が同じか一部重なれば、当然その利益を受けることから、「世襲」の意味を広くとっています)

【4世議員の方々】

自民:小坂憲次(文部科学大臣 統一教会イベント祝電事件にも登場) 鳩山邦夫 船田元(統一教会イベント祝電事件にも登場) 古屋圭司 武藤容治 林芳正 

民主:鳩山由紀夫 下条みつ(統一教会イベント祝電事件にも登場) 

【3世議員の方々】

自民:麻生太郎 安倍晋三(統一教会イベント祝電事件の主役) 伊藤公介(耐震偽装問題で名を馳せた) 池坊保子 小渕優子 逢沢一郎 愛知治郎 越智隆雄 川崎二郎 岸信夫 岸田文雄 木村太郎 小泉純一郎 河野太郎 後藤田正純 佐藤勉 中山泰秀 葉梨康弘 平井卓也 二田孝治 堀内光雄 三ツ林隆志 宮澤洋一 森英介 金子恭之 世耕弘成(チーム世耕で有名な方) 林義郎 七条明 根本匠 村上誠一郎 山口泰明

民主:大石正光(参) 小宮山泰子(統一教会イベント祝電事件にも登場) 羽田雄一郎 松野頼久 松本龍 玄葉光一郎 近藤洋介

【2世議員の方々】

自民:甘利明 石破茂 石原伸晃 石原宏高 伊藤信太郎 稲葉大和 伊吹文明  岩屋毅 臼井日出男 宇野治 江崎鉄磨(統一教会イベント祝電事件にも登場) 江崎洋一郎(佐藤ゆかり氏とのデートを報じられた) 遠藤武彦 遠藤利明 大島理森 大野功統(統一教会イベント祝電事件にも登場) 大野つや子(参) 奥野信亮 小此木八郎(統一教会イベント祝電事件にも登場) 小里泰弘 赤城徳彦 赤沢亮正 赤松広隆 鎌田忠兵衛 梶山弘志 加藤勝信 加藤紘一 金子一義 亀井善之 亀岡偉民 狩野安  北川知克 木村義男(統一教会イベント祝電事件にも登場) 河野洋平(2005年8月8日まで衆議院議長のため党籍離脱) 河村建夫 坂本剛二 高村正彦 河本三郎 小平忠正 近藤基彦 斉藤斗志二 笹川堯 佐田玄一郎 塩崎恭久 塩谷立 島村宜伸 鈴木俊一 関谷勝嗣 園田博之 高木毅(統一教会イベント祝電事件にも登場) 高鳥修一(統一教会イベント祝電事件にも登場) 下亘 棚橋泰文 谷公一 谷垣禎一 田中直紀(統一教会イベント祝電事件にも登場) 田村憲久 津島雄二 中馬弘毅 土屋品子 寺田稔 戸井田徹 渡海紀三朗  中川昭一 中川秀直(統一教会イベント祝電事件にも登場) 中谷元  中村喜四郎 中山太郎(衆議院憲法調査特別委員会委員長) 永岡桂子 長勢甚遠(統一教会イベント祝電事件にも登場) 中野清 二階俊博 西野あきら 西銘恒三郎 西村康稔 丹羽秀樹(統一教会イベント祝電事件にも登場) 丹羽雄哉 野田毅 橋本岳 浜田靖一 林幹雄 原田義昭 原田令嗣 福田康夫 藤野真紀子 藤本孝雄 細田博之 保利耕輔 町村信孝 松浪健太 松本純 水野賢一 御法川信英 三原朝彦 宮下一郎 村上誠一郎 村田吉隆 森喜朗 森山真弓 柳本卓治 保岡興治(統一教会イベント祝電事件にも登場) 山口俊一 山下英利(参) 山本明彦 山本一太(参) 山本公一  渡辺喜美

公明:北川一雄  

民主:安住淳 泉健太 大島敦 大畠家章宏 岡田克也 小沢一郎 奥田建 川端達夫 黄川田徹  田名部匤代 寺田学 中井冾 羽田牧(統一教会イベント祝電事件にも登場) 松野剛明 横路孝弘 渡辺周 渡部恒三

国民新党綿貫民輔 亀井郁夫  井久興

公明:西博義

共産:志位和夫

自由連合:徳田毅

無所属:江藤拓 田中真紀子 西村真悟 野田聖子 保利耕輔 武田良太 平沼赳夫 

 フー、多いですねー。時間の許す方がいらっしゃいましたら、数えてみたらいかがでしょうか。

E0049842_2081566_1E0049842_19463714_1  なお、統一協会祝電事件に登場する名は、もちろんここにあげられた方々だけではないことも、つけ加えておきます。  

  

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「愛国心」は、米国の要求でもあった

_203_1 _204_1 _209_1 あじさいいろいろ。

 さて、1953年の秋、当時の首相吉田の密命を受けた特使池田勇人が米国ワシントンに飛び、国務次官補ロバートソンと1ヵ月に及ぶ会談を行っています。

 いわゆる「池田特使・ロバートソン国務次官補会談(1953年10月5日―30日)」です。

 当時の米国大統領は53年7月に朝鮮戦争休戦協定、そして同年10月に大韓民国、54年12月に中華民国(台湾)と相互防衛条約を結び、同54年9月にSEATO東南アジア条約機構を組織した、共和党アイゼンハワーです。

 MSA協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定締結の予備会談として秘密のうちに進められたこの会談は、その議事録を10月25日の朝日新聞にスクープされました。

 この会談については、1991年10月5日の毎日新聞にも取り上げられています。

 日本側に突きつけられた再軍備の要求をかわしていった様子を見ると、まだ戦争の記憶が強く残っていた時代の雰囲気が想像されます。

 今日はまず、

「これまでの会議の進捗によつて,両国代表は議事日程に掲げられた諸問題について若干はつきりした諒解に近づいたことが示された。日本代表は到達せらるべき 諒解が本国政府によつて承認をうけ,その使命を全うすることができると確信を深めるに至つた。この文書は従来までに達成された結果及び今後合意を要する事 項を議事日程順に要約するものである」

 に始まる、10月日19日付「池田特使覚書」の中の「愛国心」に触れた部分を見てみます。

(引用開始)

一、日本防衛対と援助

(一)日本代表は充分な防衛隊をもつには四つの制限があることを強調した。その制限とは法的,政治的ないし社会的,経済的及び物理的なものである。
……

(二)
……

(ハ)本会議参加者は,日本国民が自己の防衛に関しより多くの責任を感ずるような気分を国内につくることが最も重要であると意見一致した。愛国心と自己防衛の自発的精神が日本において成長する如き気分を啓蒙と啓発によつて発展することが日本政府の責任である。

 (引用ここまで)

「十分な防衛隊をもつ」上での4つの制限、「法的,政治的ないし社会的,経済的及び物理的なもの」とはそれぞれ、

・憲法上の制限

・占領8年間で、「何事が起ころうとも銃を取るなと教えられた」若者、女性、知識層、遺族たちを納得させる困難さ

・国家防衛の第一歩を国民生活の保護とすべきこと

・募兵に伴うさまざまな困難・危険性

 の4つであることを日本側は説明しています。

  池田は、憲法を改正してでも陸上防衛力を増強するように迫る米側に対して、「憲法改正はできない」と突っぱね、まず復興に役立つ経済援助を要求しましたが、これには別に経済協力協定を結ぶ必要があったということです。

 翌54年5月1日、日米相互防衛援助協定が発効し、防衛庁が設置され、自衛隊が発足しましたが、池田は会談で、直接侵害に対する防衛は憲法改正せずにできると明言していたようです。

 そうした中で、日米共に、「日本国民が自己の防衛に関しより多くの責任を感ずるような気分を国内につくることが最も重要であると意見一致した」ところに興味をそそられます。

 こうした米国側の要求と日本側の保守勢力の思惑は、当時より一致していたのですね。ただ、時期尚早ということだったのでしょうか。

 20世紀は戦争の世紀、とよく言われますが、米国は、一貫して、よく戦争をしてきました。

 
 そして21世紀、テロへの戦いを合い言葉にして始まった戦争。

 平行して私たちの国でも、「自己の防衛に関してより多くの責任を感ずるような気分を国内に作る」試みが続けられてきました。

 ついには、ぷらさんによれば、大阪では教育勅語を暗唱させる幼稚園が2つも出てくることに! 

 いったい、誰が、何のために「愛国心」を叫ぶのか、もう一度考えてみましょう。

 

 
             


 


 

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ムル君ととむ丸のお勉強

Dscn1726 そんなに寝てばかりいないで、少しは勉強したら、といわれたとむ丸ですが、本を読み始めると睡魔に襲われます。

 _221 ムル君は、舟をこぐとむ丸を尻目に、遠いところをよく来たねと、腹身を貰ってご満悦。

← ムル君

昨日の新聞を読み始めます。

 ムニュムニュ。ふむふむ。

 城山三郎さんが出ていました。終戦時は、海軍の特別幹部練習生だったという城山さんは、「滅びるべくして滅んだ帝国海軍」と言い切ります。

「海軍では士官は父親、下士官は母親でしたが、朝から晩まで殴られっ放し。そんな親はいませんよ。我々の食べ物は芋の葉だけだが、士官食堂では天ぷらを食べている。とにかくひどかった。戦争の「大義」は自分の中から消え去りました。」

 はあ、意味なく殴って理不尽さを体で覚えさせ、理不尽の最たるもの、人殺しをできる人間を育てるのが軍隊かと思っていたら、それだけではないんだ。

 とりあえずさんとこでも言ってたなあ。

「兵隊の半分が飢え死にした戦争、前線の兵士は毎日草の根の汁を吸ってやっと生き延びている一方で軍の上層部は毎晩芸者遊びで当時の旅芸人(のち有名な俳優になる人だが)は「この国の軍隊は世界一嫌らしい集団だ」といっていたそうだ。」って。

 ああ、恥ずかしいなあ、朝刊の第1面のど真ん中に、歓迎式典で米兵を閲兵している首相。

「いくつになっても、男って戦争ごっこが好きね」と、いつの間にか目を覚ましたとむ丸。

「ブッシュと小泉、この2人にとっては戦争ごっこでも、前線の兵士にとってはそれどころじゃない、戦争そのものだ」と、ムル君。

とむ丸:蹂躙されたイラクの人たちにとってもね。

ムル君: それでね、経済諮問会議での首相の発言知ってるかい?

とむ丸:もちろん、国民の常識よ。かまうもんか、民(たみ)は兵糧攻めにしろ、じゃなくって、音を上げるまで、どんどん経費削減だ。自己責任だ。泣きついてきたら、増税と引き換えに許してやれ、とかなんとかかんとか。

ムル君:ベルリン陥落前のヒトラーが、俺を選んだ国民が悪い、といったのと同じだろ。

とむ丸:ふむふむ、にゃあにゃあ。

ムル君: そこで、自民党歳出改革プロジェクトチーム、というのが出てくるんだ。

とむ丸:また「改革」! 

ムル君:そうなんだ。いかにケチって国民を困らせるか、というのが「歳出改革プロジェクト」。「少子化」を騒ぐ割に、子どものことを考えていない。07年度から5年間で、小中学校の教員を5万人減らす。私学助成金も国立大学への運営交付金も、前の年から1%減らす、つまり前の年の99%しか予算をつけない。だから5年間で、複利計算のようなものだから、0.99×0.99×0.99×0.99×0.99=0.95099……。2011年には今の予算のおよそ95%になってしまう。

とむ丸:文教科学費は、今年だって去年の8.9%減らされてるのよね。予算の総額は3.0%減。一般歳出は1.9%減の46兆3660億円。そのうち、「防衛費」にあたるのは、4兆8139億円。これは、前の年の4兆8564億円に比べると0.9%減っている。

ムル君:でも、それだけじゃあない。別枠がある。まず、内閣官房予算に含まれている、本来軍事予算に含まれるべき情報収集衛星(軍事偵察衛星)関連経費612億円。「国民保護」のためのシステム整備等を名目とした「危機管理体制充実強化経費」の16億円。さらに昨年、別枠計上された米軍再編調整関連費1000億円の1年平均分200億円。これに旧軍人恩給費9072億円を加えた数字、5兆8039億円が国際的な意味で使われる軍事費になる。政府予算案4兆8139億円と比べると何と1兆円も膨らむ。これが、実際の「防衛費」。

とむ丸:まだあったわ。米軍再編に伴う在沖縄海兵隊のグアム移転費用6760億円。なんでこんなことになっちゃうの?

ムル君:それがちっとも理解できない。でも首相は、ご褒美に米国卒業旅行で大歓待されてる。エアフォースワンでプレスリー邸に行ってるよ。派手なサングラスかけてたな。

とむ丸:北九州市じゃ、続けて何件も、餓死や孤独死が起こっているわ。

ムル君:生活保護も受けられずに、食べるものもなく、やせ衰えて亡くなっていったみたいだね。

とむ丸:うわあ、人間に生まれないで良かった。

Ahohajisirazu

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近未来予想図――おこぼれちょうだい

_213 とむ丸さんちのとむ丸ちゃーん、って、誰かが呼んでる。

 あたしをナンパしに来るって、いつか華氏451度さんとこのムル君が言ってたけれど、ほんとに来たのね。

 

_212  でも、うるさいわねえ、今は駄目よ。
 なんてったって、これからごちそう。

 お料理上手なパパさんが、今日も活きた魚を調理中なのよ。よだれが出そう……ゴクリ……つばも出ちゃう。

 なんてったってお魚よ。

 どうせ、おこぼれちょうだい、ってとこだろ、ですって。ムル君、言葉には気をつけてよね……分けてやらないから。

 最近ね、ママさん、私のえさ代ケチってね…今までは結構いいキャットフードを食べさせてくれてたのに……ワンランクどころか、2ランクも3ランクも下の、安売りショップのバーゲン品をまとめ買いするようになっちゃったのよ。

 原材料をママさんは気にして、老眼鏡をかけ直して箱の表示を読んでいたけど、ブツブツ言ってるの。まあ、いいわ、仕方ないわね……狂牛病にならないように、できるだけ気をつけてやるけれど……こればかりは私のせいじゃないのよ、ですって。

 あなたが、狂牛病になったら、じゃなくて狂猫病になっても、私を恨まないで政府を恨んでね……なにしろ、ただでさえ所得のないところに、消費税は上がるし、パパの医療費はかさむし、これ以上悪くなったら自費診療の方法しかありませんよっ、て診察で言われたらしいの。

 おまけにママさん、言ってくれるじゃないの。私の前歯はとっくの昔に自費診療だけど、猫の歯は丈夫でよかったわ。あっ、考えてみたら、あなたは昔から自費診療だったわね。獣医さんに行くのも大変だから、お願いだから、病気にならないでねっ、だってさ。

 もう、やぶれかぶれよ。せめて好きなお魚を、お腹いっぱい食べたいわ。でもね、パパさんまで、今まで毎日魚を食べていたのに、2日に1回しか食べられなくなった、って嘆いてた。ましてや、活きた魚なんて、まぼろしよ。

 それがこうして手に入ったんだもの。ムル君、だからあんたになんか、かまってられないの。
 食べるのがやっとなんだから……猫の世界でも。

 ああ、今まで、惰眠をむさぼっていたツケが来たのね。

Dscn1718_1 (と言いながら、お腹がいっぱいになって、目の皮がたるんでしまったとむ丸でございます。なさけない)

 

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チンピラ総理大臣

 ビワの木が茂りすぎて枝を払いました。何の鳥でしょうか、こうして巣を作っていました。荷造り用のひもまで使っているのがかわいそう。
  _218          

 アサヒ・コムによると、22日の経済諮問会議で、「増税してくれというまで削れ」と、首相が発言したらしい。

「歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない

 というのがその内容ですが、何という言葉でしょう。この冷酷さ、恥ずかしくないのでしょうか。

百姓とごまの油は、絞れるだけ絞れ」といわれた江戸の時代とどこが違うのでしょう。

 

宇佐見保さんによると、昨年8月の朝日ニュースター「パックインジャーナル」で、元参議院議員の平野貞夫さんが小泉首相について、「17、8歳のチンピラの発想」と断言したそうです。これを読んで、わが意を得たり、思わず膝を打ってしまいました。

 平野さんはさらに、「17、8歳の高校生なんか、口喧嘩うまいですよ!」

「そんな点が国民に受けて人気があるんですよ……大人になりきれていないでここまで来た

 と一刀両断。

 エアフォースワンに乗ってプレスリーの墓参をするのも、なるほどチンピラの発想だ!

 「(総裁選の)争点にしたいと思っている人もいるだろうが、靖国神社に参拝す るなという人は、突き詰めれば、参拝すれば首脳会談に応じないという中国の言い分がよいと思っているのではないか靖国神社に年に何回行こうと個人の自由 だ

 と訪問先のカナダで語ったと、NHKの正午のニュースで伝えられました。なるほど、チンピラだ。

 
 
 

 


 

 

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内閣総理大臣の絶対権力

_167_1こんなツツジもあります。

 ゲンダイネットで田中康夫さんが、「名無しの風土から生まれた福井日銀総裁」というタイトルで、主語がなくても語ることのできる日本語の欠点から、「責任の所在が明確ではない日本社会を齎(もたら)したともいえるのではないでしょうか」と指摘されています。

 さらに、「その無責任体質は、閣議の在り方に象徴されています」といわれて、私たちの国では、いかにいい加減に閣議決定がなされているか、伝えています。

 閣議の前日に開催される事務次官会議では、各省庁から提案される新たな施策について、他省庁の次官は反対をしない、という不文律が存在している。つまり、 「会議の議題として取り上げられた段階で既に、「合意」され」、

「翌日の閣議は、その大半の時間が花押(かおう)を内閣の構成メンバーである各大臣が記す作業に費やされます」ということです。

 _174_1 

 新たな法案は、閣議以前にすでに決まっている、とは知っていましたが、事務次官会議以前にすでに決まっていたとは! 恥ずかしながら、私は知りませんでした。

「全会一致」とはこのことだったのですね。

 事務次官会議は、互いに認め合い、かばい合いう、仲良しクラブですか。

 閣議決定といえば、最近では防衛庁の省昇格法案がありますが、 防衛庁が案を出して、他省庁は無言のうちに承認し、閣議はそれを 後押しするだけ。庁じゃつまらない、省になりたい、今ならなんとかなる、とばかりに、法案立案なんて、信じたくないけれど。

 要するに、閣議というのは、形さえ整えば、前も後も野となれ山となれ、というわけですね。

 東京大学公共政策大学院(課題解決力や政策立案能力を持った官僚養成を目的に、2004年4月に新設された)教授で、多くの審議会・会議等で委員をされている森田朗先生は、「三権分立のドグマ」を退けてでも、「官僚主導で行われていた政策形成を、本来の担い手であるべき国民の代表である政治家の手に」取りもどそうと言われています。

 先生は、「中央省庁等改革基本法」の制定過程にも関わり、巨大な行政組織を統制するには従来の内閣官房ではとても足りない。これを強化し、さらには「内閣府」を設置しなさい、と提案したおひとりです。

 同基本法は1998年(平成10年)に成立、最終改正案は翌1999年に国会を通っています。

 森田先生は、一貫して、「政」の「官」に対する優位を主張しておられます。

 ともすれば仲良しクラブになりがちな、というよりすでに仲良しクラブになっている事務次官会議と閣議を「改革」し、さらには省庁の縦割り構造を打破するために、内閣に、「究極的には国会で選出された内閣総理大臣」に、「強力な調整権」を与えよう、ともいわれています。

「『強力な調整権』が制度化され、実際に行使されるならば、縦割り行政の弊害が減少する可能性が高いと思われる」というわけです。

 そこで内閣法4条と12条を改正して、内閣総理大臣の発議権と内閣官房の総合調整権を強化した経緯について、前内閣総理大臣補佐官の水野清さんが「中央省庁等改革基本法とは」に書かれておられます。

 こうした内閣官房の権限強化、内閣総理大臣の権能強化によって、果たして縦割り行政の弊害が減少して、国民の声がどれだけ政治に反映するようになったか、一度は検証が必要でしょう。

「官僚主導で行われていた政策形成を、本来の担い手であるべき国民の代表である政治家の手に取りもどそうとするもの」という森田先生の考えは、理念としては頷けるものですが、その政治家がどれだけ国民の代表たる資質を備えているか、また国民も、かつ国民が育て、同時に国民を育てる社会が、民主主義からみたときどれだけ成熟しているか、という大きな問題が横たわっています。

 早くいえば、B層」を《戦略ターゲット》にする政権を擁し、多くの国民が「B層」と嘲られていることも知らずに相も変わらず支持し続けている現状に、こうした理念を持ってきて、果たしてそれが活きるのか、疑問です。

 おまけに、「国会で選出された内閣総理大臣」と森田先生は定義されていますが、実際は、政権与党の総裁が総理大臣の地位に就くということですよね。憲法第67条には、「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」となっています。はっきりいえば、「選出」ではなく「指名」ですね。

 小泉首相の鶴の一声で国会延長もできなかったことに象徴されるように、内閣総理大臣が、現在、圧倒的な力を誇示するまでになっています。これは、ど素人の私の感じ方に留まらず、さまざまな識者の指摘するところです。

 植草一秀さんは、議院内閣制のもとで総理大臣にこれだけ権限が集中することに警告を発しています。

内閣総理大臣が権限をフル活用すると三権の頂点に君臨する存在になる。議院内閣制は絶対権力を創出する「ポテンシャリティー」を持つ仕組みなんですね」というわけです。

 そして(この行革以前あるいは小泉以前は)どこかで「自己抑制」が働いて、曲がりなりにも「三権分立」を保ってきたともいわれています。

 森田先生と植草さん、いわれていることが正反対なのです。

 今の政治のあり方を考えると、私は植草さんの方に共鳴します。

 森田先生は、現政権にあまりにもお墨付きを与えすぎたのではないかな、先生ご自身の意思はともかくとして、結果として自己抑制しない内閣総理大臣を是認・後押しすることになったのではないかな、と思っています。

 行政改革の結果の1つとして、鬼に金棒、ではなく、駄々っ子にあめ玉を与えてしまったのかな? と思うことさえあります。泣く子と地頭には勝てぬ、ではなく、泣く子と小泉には勝てぬ、です。

 そこに祝電問題のアベ氏が首相の座に就いたときには、駄々っ子どころか、花咲じいさんのお隣さんに、宝の入ったつづらを明け渡すようなものでしょうか。

(雑談日記さんが駄々っ子にあめ玉とか、欲張りじいさんに宝のつづらとか、どれかのバナーを作ってくれないかしら)

 


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世襲デモクラシー

 _153 ヒメヒオウギ。可憐な花ですが、繁殖力旺盛。球根がどんどん太って、どんどん増えます。

 さて、このところアベ晋三官房長官の祝電問題が話題になっていますが、この、故岸信介元首相から3代目の御曹司のみならず、次期首相候補の「麻垣康三」の他の3氏も皆世襲政治家なんですね。

  小選挙区制が導入された1996年の衆院選挙以降も、2000年、2003年の選挙で世襲政治家が増え続け、とうとう2003年には衆議院の全議席480のうち135議席が世襲議員という事態になりました。もちろん圧倒的に多いのは自民党で、小選挙区制がそうした傾向を強めたといわれています。

(ただし、どの範囲までを世襲と捉えるか、人により異なるようです。 親族が同じ選挙区にいるか、もしくは選挙区が一部でも重なる場合、当然そのことが有利に働きますから、それを考慮すると、2003年の総選挙での世襲議員は185人というデータもあります。)

 昨年の総選挙では公募制もとられ世襲が若干減少したようですが、単なるガス抜きのようにも感じられます。やはり地盤と後援会を受け継ぐ世襲議員は断然有利で、2世のみならず、3世もけっこう多く、4世も大分前から出現しています。

 こうなってくると、国会は、貴族院の様相を呈してきているのでは? という懸念が出てきてもおかしくありません。

 既成事実を積み上げていくと、そのうち華族制度復活、なんてことになるのでしょうか?

 卓越した少数のエリートによる政治というものを、私は信用していません。一人ひとりの持つ力などというものは、トータルでみればそれほど差はないと考えています。

 そして何よりも、「絶対権力は絶対的に腐敗する」と思っているからです。

 生まれたときから政治家たるを約束されると同時に要求もされ、親から子へ権力が受け継がれる、いわゆる「世襲デモクラシー」。この血の紐帯による政治家という職業と社会的地位の継承は、日本独自のものなのでしょうか。「家」の存在が大きい、他のアジアの国々の事情はどうなのでしょうか。

 在仏30年の日本人から昨年聞いたところによると、個人主義に徹するフランスでは、まず考えられないということでした。

 私たちの社会では、家を継ぎ、同時に職業を継ぐのは、一種の誇りと共に、それほど抵抗なく受け容れられてきました。幕藩体制の崩壊、第2次世界大戦での敗戦と、その流れが断ち切られる機会はありました。また、高度成長期以降は国民の多くがどんどんサラリーマン化するという波もかぶっています。けれど一部の職業はその波にのまれることもなく、1つの世代から次の世代へと継承されてきました。

 とりわけ世襲が有利に働くのが、地盤・看板・鞄をもつ政治家で、この三バンに裏付けされた利権構造は、まるで後援会という家臣団を抱えた封建領主の城のようです。そして、お家断絶は一大事ですから、中には涙ぐましい努力をされている方々もいらっしゃるでしょうね。

 でも、お家のことのみならず、私たち領民のことも考えてくださる、水戸黄門のごとき奇篤な方もいらっしゃるかもしれません。これが「日本型デモクラシー」というものだと、どこかで刷り込まれているような気がします。

 お家のことしか眼中にない方々の中にあって、これは喜ばしく感謝すべきものだと、有言無言のうちに教え込まれてきたような気がします。

 明治初期にせっかく芽生えてきた民主主義の芽をつまれ、脅され監視されてきた65年間の影は、一党独裁の下、戦後60年経ってもなお、完全には消えていません。

 

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指導者の強欲、国民の真面目さ

_199_1 キスゲの花。レモンイエローの清楚な花です。

 先のエントリーでお話ししましたホロコーストのことですが、中にかなり珍しい話が載っていました。数多い、理不尽で戦慄を覚える話しの中でも、ほっとするような場面です。

 20歳になった青年が、ナチスの侵攻を目前に、友人と共に父の家を出て数年にわたり逃避行を続けるのです。

 現在ウクライナ領、当時はポーランド領の故郷を出て、若者2人はひたすら東へと歩き続け、ヒッチハイクをしたり列車に飛び乗ったりして、3ヵ月後にはコーカサスに着きます。働きながら、しばらくはそこで過ごします。

 戦争が続いているとは信じられないくらいの平和な日々ですが、夜には家族の写真に語りかけ、枕を涙で濡らします。やがて、ナチがやって来ると聞いて、またそこを発ちますが、数千の避難民の群れを目にすることもあったようです。

 カスピ海を渡り、トルクメニスタンのクラスノブスクに着くと、そこにも避難民。そしてウズベキスタンのサマルカンド、タシケントから、キルギスタンの首都に着いた頃には、もう21歳になっていました。

 ウズベキスタンの北部国境にはポーランドからの避難民のキャンプができていると聞き、そこを目指す途中、地元の遊牧民家族と出会い、丁重なもてなしを受けます。

 難民キャンプからタシケントに戻った後モスクワへ向かい、途中ポーランド軍と合流。45年のベルリン攻略に参加。そしてベルリン陥落。戦争終結。この時すでに、家を出てから4年の歳月が流れていました。

 その頃、両親と4人の姉妹がすでに亡くなっていることを隣人からの手紙で知ることになりましたが、それでも最初の数年間は、列車に乗ってどこかへ行くたびに、家族の姿を探したといいます。

 もともと、大人になった息子に避難することを提案されながらも、父親はそれを拒否して、家族共々虐殺されてしまったのです。その事情は他の家族でも変わらず、家に留まり、ホロコーストの犠牲になっている例がほとんどです。

 なぜ、逃げなかったのか、という問に生存者は答えます。「自分の家を出るなんてことはとてもできません。考えられませんでした」

 Kokorohaitamanaino

 統一協会が跋扈して、政治中枢に金で働きかける。札束で頬を叩かれる議員たち。

 世界基督教統一神霊協会の合同結婚式(祝福式だったとか、特定の宗教団体の儀式ではありませんとか、いろいろ主張しているようですが、実質的にはまさしく合同結婚式そのもの)に祝電を打った国会議員 は次の人たちと某ブログでいわれています。

 それぞれの注釈は、heart's shotさん。

 岸信夫   参議院議員・安倍晋太郎の三男、アベジョンイル弟
 山谷えり子 参議院議員/内閣府大臣政務官
 高市早苗  衆議院議員
 山本一太  ウマ下手シンガー・アベジョンイル官房
 石原宏高  衆議院議員 慎太郎の三男
 松浪健太  衆・選挙違反や談合汚職一族の星、ちょんまげ健四郎の甥
 保岡興治  衆議院議員・憲法改悪論者

 松波健太氏はHPを持っていないようです。

 山本一太氏はマイクの前で陶酔境に浸り、「かいかくの詩」を歌っています。

 他の方々は、にこやかな笑みを浮かべていますが、相手のない微笑みです。ちょっと怖イ。

 ただし、私がビデオから拾った人の名前と一致してません。この名簿はちょっと怪しい。

 (wikipediaにも載っていましたが、確認のために今見ますと、すでに削除されています。)

 ビデオで読み上げられていた名は、安部氏以外では、

 元法務大臣の衆議院議員保岡興治自民党政調会長中川秀直自民党衆議院議員増原義剛他国会議員3名(不明です)。政治家以外では、第一薬科大学副学長吉武タケド? 九州大学名誉教授高島良正

 また、統一協会のこの大会は全国12都市で行われています。詳しくは、カマヤンの虚業日記をご参照ください。

 権力のうまみをたっぷりと味わい、その維持に余念がない選良たち。強欲といい訳。

 住民税の老年者控除全廃で増税されても、国の財政を心配する国民。

 この国はどこへ行こうとしているのか。どうなるのか。私の周りのお年寄りでも、そうした不安を口走っています。 

 国の指導者が駄目でも、私たち国民は本当に真面目。

 黙々と働いて税金を納め、病気や事故で倒れたら、最長180日でお払い箱にされそうですし、若くて丈夫だったら、今に戦地に駆り出されるかもしれないし、 

 こんな国いやだあ! といっても、愛国心を強制されそうだし。

 陸路を徒歩で逃げたホロコースト生存者の場合と違って、私たちは海に囲まれていますしねえ。

 この国に留まって、何とか生き延びる方策を考えるより仕方ないかな、という心境です。

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アベ氏の祝電問題を、風習のせいにするのはやはりおかしい

 今出川通信さんからTBをいただいたので早速お伺いしてみました。

 その中で今出川通信さんは、

このような問題が起こる背景には、
政治家が売名や支持者対策を目的として、
よく知りもしない人間の結婚式や葬式に
「祝電」や「弔電」を乱発する日本の風習が存在する。
その意味で、
今回はたまたま安倍氏が問題となったが、
ある意味ではこれは、
「祝電」や「弔電」を乱発している日本の政治家 誰もに
降りかかりうる問題であると言えなくはない。

 といわれています。

 さらには

 僕たち有権者一人ひとりが「祝電」・「弔電」の読み上げを止めれば、
政治家の側も無駄なことに金を使うことはなくなる。
やがてこうした風習自体が
廃れてゆくことになるだろう。

 と結論しています。ちなみに、カテゴリーは「暮らし家庭」となっています

 私が言いたいのは、政治家とその周辺の方々は、確かな人の紹介であっても、見も知らぬ団体については、かなり気をつけていますよ、ということです。

 またアベ氏3代の世界基督教統一神霊協会との関わりを考えたら、けっして「政治家が売名や支持者対策を目的として、よく知りもしない人間の結婚式や葬式に「祝電」や「弔電」を乱発する日本の風習が存在する」とはいえないと思います。

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寝たきりでも、リハビリは必要です

_157 墨田の花火、よく名づけたものです。_183

 さて、この春PSE法が問題になって大騒ぎしたのを忘れたころ、またまた新たな問題が浮上しています。

 「リハビリテーション医療の一律打ち切り」です。

 リハビリはこれまで医療保険適用の期間に制限がありませんでした。それがこの4月の診療報酬改定で疾患別に日数制限が決められ、脳卒中など脳血管疾患は発症してから百八十日、心大血管疾患は百五十日、運動器が百五十日、呼吸器が九十日。それ以上は自己負担になりました。

 これを知ったのは結構最近のことで、川辺よりさんの記事からでした。さっそく「リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名活動」のページに行くと、「リハビリ中止は死の宣告」という、脳梗塞の後遺症で現在リハビリを続けられている多田富雄さんの悲痛な叫びも掲載されていました。

 もう20年ほど前になりますが、私は30代の6年間を、義理の両親の介護に明け暮れていました。最初の3年間は父の、そして後の3年間は母の介護です。

 特に母、いわゆる姑が倒れた時は、父の時の教訓もあり、入院中に始めたリハビリを退院後もひたすら続けました。

 運動障害のみならず、失語、さらには意識障害もあって1日中ベッドの中にいる母でしたが、それでも朝起きたら顔を拭き、寝間着を脱がせて一日の始まりを知らせ、1日2回のリハビリを続けて、どうにか私の介添えでポータブル便器に坐ることができるような足腰を、少しでも長く維持する必要がありました

 何も判らなくなったような姑でしたが、それでも排尿にしくじってベッドを汚したときなどの悲しそうな顔は、今でもよく覚えています。

 嫌がる母の手を取りながら、起立訓練やその他のリハビリをするとき、他人が見たら、なぜそこまで? といぶかしく思ったに違いありません。実際、そんな声も聞こえてきましたから。

 でも、寝たきりになった姑の最後に残った、唯一ともいえる人間の誇りを支えるものが、とにかく、人の助けを借りながらでも、自分の足でベッドの横に立って、用を足すことでした。たったそれだけの力しか残っていませんでしたし、それは、1日2回のリハビリによってかろうじて保たれていた能力でした。

 何も知らない人から見たら、ほんとうに馬鹿らしいほどの、取るに足らない能力です。でも、寝たままで排尿を済ますことと、腰を曲げながらでも、人の力を借りながらでも、自分の足で立つという動作を経由して排尿するということには雲泥の差があります。

 こんな意識障害があり、ただ寝ているにしか見えない人でも、リハビリするかしないかで結果が全く違ったものになるのです。

 そうした一人ひとりの、人間として生をまっとうしよう、させようという私たちの努力をまるであざ笑うかのごとき今回の改定は、人を有用と不要に分別する匂いさえ感じさせます。

 今回ばかりは私も、署名用紙をプリントし、友人やご近所のお年寄りのお宅を回ってみました。我が家がかつて老人介護で苦労したのを知っている人たちですから、こうした問題で私が署名を集めるのを、みなさんよく理解してくださいました。 

 今朝などは、安部さんの祝電問題、新聞に出ていましたね、と声をかけてくださる人もいて、ちょっとうれしくなりました。

 でも我が家の取っている毎日は、社会面の隅に、申しわけ程度にちょろっと載せているだけです。第1面に堂々と載せてくれ! これは社会問題ではない。政治問題だ! とまた怒りムラムラ。

 あっ、いつの間にか、リハビリからアベ問題に移ってしまいました。不正と疑惑のラッシュですから、しかたありません。

「Maukie」設置方法

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こんな新聞いらない! 世襲政治屋もいらない!

 朝起きるなり、脳天をガツーンと直撃された気分です。

 毎日の1面、左の隅ですが結構目立つところにこんな記事。

 毎日新聞は17、18の両日、全国世論調査(電話)を実施した。次期首相にふさわしいと思う政治家を自民党の6人を挙げて聞いたところ、安倍晋三官房長官が5月の前回調査から4ポイント増の42%でトップを維持。

ブログ界では予想されていたとはいえ、こうもシナリオ通りに進むとそれはそれで、やはり唖然としてしまいます。

E0049842_19463714

(数年前の勧誘員に根負けして購読契約をしてしまったのがそもそもの間違い。今年は朝日も毎日も、もちろん断ってます。)

文鮮明 - アベ晋三 - 金正日が実は仲良し、という「魔のトライアングル」説がますます真実味を帯びてきました。

 あまり自分の意のままになるからといって調子に乗っていると、後が怖い、と世間ではいわれますが、政治屋3代目のおぼっちゃまには分からないのでしょうね。

E0049842_2081566  でも、驚いたのはこれだけではありません。もう、ちょっと古くなったでしょうか、先週漏れてきた話しですが、世襲政治の世界は、そろそろ4代目を準備中なんですね。

小泉首相の二男、進次郎氏、米国一流シンクタンクCSISに6月入社のナゼ?」

 米国で超名門といわれているコロンビア大大学院に留学していたらしいので、この就職も不思議はない、ということですが、日本にいた頃の氏を知る人は、勉強が得意だったという印象がない、と首を傾げているとか。

 学歴問題では、入学から卒業まで7年かかったとか、ロンドン大では1単位も取ってなかったとか、はたまた、かつての同級生栗本慎一郎氏には馬鹿にされ、京都でのブッシュ大統領との会話ではさんざん笑いものにされた首相が、せめてもの親心で配慮した末の名門大学留学と一流シンクタンク就職でしょうか。

 人は生まれながらにして差がついている、を実感させる記事でした。

 この件については、おもしろい解説がありました。thetheメディアリテラシー向上のためにです。一部引用しますと、

 進次郎氏が英語ができたとしても、この研究所(事実上のボスは、あのヘンリー・キッシンジャー博士)の仕事についていけるかは疑問です。おそらく他の日本人職員がメンター(指導教授)につくと思いますが、彼が2008年までにどのような論文を発表するかなどに注目したいと思います。まあ借り(仮?)にできなくても、アメリカが仕込みを入れるために、入所させたと考えれば別に不思議ではありません。

ということでした。


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統一教会合同結婚式祝電――安部氏以外にも色々

Abejanihongaabunai2  すごいですねー、バナーをクリックすると、当日のビデオが出てきます。(どうもうまくゆきません。でてきません。雑談日記さんに飛んでビデオを見てください)。

 祝電を送ったのは、安部晋三氏だけではないのですね。

 元法務大臣の衆議院議員保岡興治、自民党政調会長中川秀直、自民党衆議院議員増原義剛他国会議員3名誰だ?)。政治家以外では、第一薬科大学副学長吉武タケド? 九州大学名誉教授高島良正といった大学関係者まで出てきたのには、これまたびっくり。

 知り合いのお嬢さんが「原理」に入って、急ぎ大学教授のお父さんが連れ戻しに行かれたましたが、帰宅後のお嬢さんの具合はあまり良くないと聞いたのはつい最近のことです。その統一協会に教育関係者まで関わっていたなんて、いいんでしょうか。

 私の学生時代は、「原理」の学生さんというと、目が座って、つじ説法をよくしていたことを覚えています。その後、各種押し売り、カンボジア難民募金とか、いろいろやっている様子がうかがわれ、目にするたびに顔をしかめていました。最近はあまり見かけないな、と感じて、かえって不気味に思っていましたが、深く静かに政治の中枢部に潜行していたのでしょうか。あまり想像したくありませんが。

 統一教会が提供する秘書を、自分の手出しゼロで使っていた議員さん達も大勢おられましたね。私たちは子どもの頃から、ただほど高いものはない、と教わってきたのですが。選良の方々が、それを知らない、ということはないですよね。

 

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ホロコーストの闇 つづき

_145  まだ咲き始めたばかりのガクアジサイ。

_155 それがだんだん開いてきて、

_162 花びらの先が紅を帯びてきます。

 ただし、花と思われているここは、本来、「ガク」にあたるところとか。

 さて、先日の記事「ホロコーストの闇」で書いた、出産を迎えた妊婦にふりかかってきた悲惨な話を読まれて、みなさんはどう感じられたでしょうか。

 ユダヤ人を平気でいたぶり殺す群衆におぞましさを感じながらも、人間に潜む獣性を見る思いで、自分も、そして周りの人たちもけして無縁ではないと考えられた人もいらっしゃるのではないでしょうか。

 ユダヤ人一家をかくまっていたことが見つかり、見せしめでしょう、幼い子どもを含めて全員が殺害されてしまった家族がいましたが、ことはそれだけではおさまりませんでした。なんと、その地域で同じ姓をもつ家族がことごとく皆殺しにあったのです。それで誰も助けようとしなくなった、といいます。

 それを考えると、ユダヤ人妊婦と生まれた子どもに対する群衆の蛮行は、かならずしも憎悪から生まれた自然発生的なものとは思えなくなりました。

 うまい表現が見つかりませんが、「やらせ」のようなもので、動員された可能性も考えられます。動員されてその現場にいたら、あの狂気にも似た行為に荷担せざるを得ないような気がします。もし動員を拒否したら、その時は自分と自分の家族の命が危機に陥る、そんなことがあったのかもしれない、十分ありうるな、と思います。

 小さな町で、隣がどうもおかしい、と考えてゲシュタポに通報した人もいました。その結果、かくまわれていたユダヤ人のみならず、かくまっていた家族も、全員に死刑が執行されました。ナチ統治下ではユダヤ人は法律の保護下にはなかったので、見つかればその場ですぐに射殺です。でも、かくまった方は市民ですから、一応法的な手続きが取られます。が、射殺と絞首刑の違いがあっても、結果は同じ。

 戦後になって、ゲシュタポに通報した隣人の家が売りに出されているところを見ると、ナチの統治が終わってから、どこかに引っ越していったのでしょう。そりゃあ、誰が誰を「売った」のか周囲の人は覚えていますから、とても住んではいられないでしょう。

 「ラインハルト作戦」という名が示すように、統治する側が、そうしたことを政策として実行していったわけです。あまりに大規模に、あまりに徹底的に、組織的に遂行されていき、それが日常化すると、人は自分の感性を押さえ込み、良心も脇に置いて、いえ、そうしたことさえそのうち意識からなくなり、ごくあたりまえに、それこそ粛々と、処理をしていくのかもしれません。

 戦時中の中国で、「手術演習」として、麻酔なしに生体解剖をした元軍医の話が、今日の新聞に出ています。

「生体解剖した事実を多くの関係者は本当に忘れている。信じられないかもしれないが、当時はあまりに日常的で印象に残ってないのです」

 そして、「麻酔をせずに悶絶するのを怖がっていては、天皇の軍隊ではない。むしろ『仕事をした』という達成感でやっていた」という、当時の空気も伝えています。

 ごく普通の人が、こうした残虐行為に手を染めていく。残虐を「非道」とおきかえてもいい。

 政治に行き詰まると、権力を手中にするものは、誰かを犠牲にして打開しようとします。ナチや戦時中の軍隊のような露骨さは、もっと洗練されて、巧妙に血祭りにするものを求めている、なんて一足早い怪談ものが、目の前をちらちらしています。おまけに、犠牲になるのは、いつも弱いものですよね。

 おととい、医療制度改革法が成立しましたね。川辺よりさん早雲さんを読むと、この医療制度改革なるものが、弱いものに、いかに暴力的に襲いかかってくるか、よく分かります。

 弱いものとは、権力を持たないものだと私は思っています。ですから、ナチ統治下の群衆の蛮行は、弱いものが弱いものをいたぶる構図になっています。お金は、特に新自由主義を標榜する社会では権力の代わりともなりますから、弱いものとは、権力もお金も持たないものだといえます。

 まさに私たちのこと……

 弱いものが犠牲になるのは、やはりおかしい。犠牲になるのはいやだ! と、声を大にして叫んでみよう。

 

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子供を産み、育てる社会か?

_138 フェンネルの花が咲いています。しばらくすると、この花のひとつひとつが、あの薫り高い実になります。毎年その実を収穫して楽しんでいますが、取り残したものが地に落ちて、また新たな株に成長しています。

 東ヨーロッパの小さな町で実際にあったユダヤ人虐殺は、総督府におけるReinhard Aktionラインハルト作戦の一環でした。それ以前にも同様の虐殺事件がありましたが、ドイツに占領されて政策が遂行され、そこで初めて大殺戮が組織化されたわけです。

 舞台の1つ、現在ウクライナ領にある小さな町では、1942年の2度目の大虐殺で、2,000人のユダヤ人が犠牲になっています。

 このとき、特に標的になったのが、子供たち。

 3日間に及ぶ殺戮で、600~700人の子供が殺されています。

 足を掴まれ、歩道の縁に頭を打ちつけられてなくなったそうです。

 いかに一撃で息の根を止めるかということと共に、殺めた人数を、ゲシュタポ、およびそれに荷担した民間人、というより、結果的に民族的反目をさらに助長した他民族出身の警官は、自慢し合います。日本兵の100人斬りと同じ構図です。

 手っ取り早く未来の大人を殺めるのも、世界のあちらこちらでやられているようです。

 ひるがえってこの国のことを考えますと、少子化が問題になっていますね。

 私自身こどもふたりを育ててきたわけですが、今の時代、若い夫婦だったら、また育ててみたいと思いますか? と尋ねられたら、しばし答えに躊躇せざるをえません。

 正直なところ、結婚と子産みは、理性ではできません。

 少なくとも私の場合、理屈抜きで結婚と子産みをしてきました。(^_^;)

 子育てはそれだけでは済みませんでしたが。

 アンケートでもされたら、もっともらしい理屈のどれかに○をつけて、それらしき集計結果が出るかも知れません。

 こんな世の中にわが子を送り出すのなんか嫌だ! と、心のどこかで叫び声が聞こえます。これは、理性ではなく直観ですね。 

 ましてや、年金制度が危ういとか言われて、脅されて産むのは嫌です。

 日本の厚生年金や国民年金は、制度が創設された時には積み立て方式だったのが、なし崩し的に現行の賦課方式に、つまり働く世代が高齢世代を支えるようになったといいます。

 政治の無策が産んだ今の年金問題を、それ産め、やれ産めで解決しようとするのはあまりに無策。

  さらには、将来の戦闘要員に備えて産ませようなどというのは、もっともっと嫌、と、体と心は反応します。

 今は、子どもにとても厳しい世の中です。

 この厳しさがどこからくるかというと、どもらしさと同時に、成熟さをも要求される社会に、私は1つの答えを求めます。

「子どもらしさ」と「成熟さ」という、この2つの矛盾するものを突きつけられて、子どもは戸惑い、親はふらふら迷う。

 脇目もふらずに一直線、エリートコースにたどり着くために邁進するのは、ある意味では楽かもしれません。他のことには目を閉ざすことになるからです。でもそれも、どこかに落とし穴がある、挫折がある。

 子どもはいつもいい子を要求されて、いい子は、素直な子、従順な子、つまりおとなしい子とも解釈されてきました。おとなしい子は大人しい子です。

 でも、子どもの持つエネルギーは、その解釈には収まりきれません。

 そして、その解釈の枠からはずれると、まさに社会は不寛容です。子どもにも、親にも不寛容です。その不寛容さが、ゲシュタポのごとき圧倒的力で迫ってきたら、私たちにはなすすべありません。

 先のナチ占領下の東ヨーロッパの小さな町では、一度虐殺を経験してから、ユダヤ人たちはとにかく隠れることを考えたといいます。そしていつ、どこで、どんなふうに隠れるか、友人にも、ときには家族にも明かしません。明かしたら、それだけ生き残る確率が低下します。互いの信頼をも奪われた社会です。

 ナチスドイツの例は極端かも知れません。けれど日本にも、それほど誇れる過去があるわけではありません。外政しかり、内政しかり。床屋での世間話が元で逮捕されることもあった治安維持法など、その最たるものでしょう。

 政策が社会に不寛容の空気を生んだ、極端な例です。踏み絵のようになった国歌・国旗法も、政策が、社会の不寛容を助長してきたいい例です。その上に、密告も奨励する共謀罪が成立したら、人の信頼関係など、ずたずたでしょう。

 そんな社会では、私は子どもを産みたくもないし、育てたくもない。

 (子どもというのは、母親が1人で育てるものではありません。日本には、社会生活を営む上での知恵として、名付け親、烏帽子親などなど、何人もの「親」代わりが、1人の子どもを見守り育てた習俗がありました。子ども1人の命は、そうした複数の人間のあいだで共有され、育まれてきたのです。そんなことは当然、不寛容な閉ざされた社会では不可能ですよね)

 

 

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防衛庁、省昇格法案

 今日のアサヒ・コムによると、政府は9日午前の閣議で、防衛庁の「省昇格法案」を決定したとのこと。

 法案は(1)防衛庁を「防衛省」に、防衛庁長官を「防衛相」に格上げする防衛庁設置法改正(2)自衛隊の海外活動を付随的任務から本来任務に格上げする自衛隊法改正――などの一括改正。

 現在の内閣府の外局から独立の省に格上げすることにより、法案提出などの閣議開催の要求や、予算の財務相への要求などが直接可能になる。不審船に対処する「海上警備行動」などの発令の承認を得る閣議の開催も要求できる。同庁は「危機に迅速に対応できる」と意義を強調する。

 これが実現しますと、だいぶ戦前体制に近づきますね。

 悪いことは考えたくないのですが、なにしろ60年前の日本の状況が分かっているだけに、杞憂とは思えないものを感じてしまいます。

 60年前までこの国には、陸軍省と海軍省がありましたから、もちろん、陸軍大臣がいて、海軍大臣がいて、2人は軍部出身で、閣議にも出て、政策決定に大きな力を及ぼしていたわけです。1941年10月に首相に就任した東条英機は、内務大臣・陸軍大臣も兼ねて1人3役。その前の近衛内閣では陸軍大臣でした。

 おもえば、戦前、大きな権力をふるい、悪名高き特高警察もその所管だった内務省が戦後解体されて、できたうちのひとつが、「自治庁」です。この自治庁が自治省に昇格したのが、私が小学校6年のときでした。ちょうど学校で国の統治機構の勉強をしていたときで、行政機構に変化があったことを新聞で知り、授業で発表した覚えがあります。

 そして今はその自治省が省庁再編で「総務省」になっています。ますます、戦前体制に似てきていますねぇ。

 すでに昭和30年代から、いえ、敗戦直後から、戦前の「国体」への復帰、「国体護持」が画策され続けてきたのでしょうね。

 そんな馬鹿な! と以前は思っていましたが、近頃のように民主主義そのものが危うくなってくるような政治のありさまを考えると、だんだん、現実味を帯びてきたように感じます。

 

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犠牲の論理のカラクリと私たち

Photo_26 Photo_28 バンマツリの花が咲きました。濃い青色は、日が経つにつれて薄くなっていきます。

 写真を撮りに庭へ出ると、蚊の襲来。我が庭に出るのも、覚悟のいる季節の到来です。

 高橋哲哉さんの『国家と犠牲』を読みました。私がもやもやとして抱いていた疑問が解消されたわけではありません。むしろ新たな問題が突きつけられたのではないか、と思っています。

 「寒村の見た召集風景」で私は、幼い子どもを含めた母と子4人で、出征する父親を見送る姿について、国を守ることと愛するものを守ることは矛盾している、と言いました。おそらく父親は、愛する妻と子供たちのこれからの生活を案じ、また己の命についても、覚悟しようにもしきれない思いを抱えて、戦地に赴いていったのだと思います。

 国を守る、天皇陛下をお守りする、という大義の前では、己の家族など芥子粒のように小さな存在だったのでしょうか。

 でも、共に生活してきた妻子、己の血肉を分けたともいえる子供たちへの愛着は、断とうにも断ちきれないものがあります。そうした日々接してきたものへの思いのさらに上位に、国家の、さらには天皇への崇拝の念を持ってきて国民を縛ることがなぜ可能だったのか、それを可能にした装置ともいうべき靖国をはじめとするさまざまな英霊顕彰の意味を、高橋さんは〈犠牲=サクリファイスの論理〉と呼びました。

 私は何度かこのブログでも、「軍隊は人を殺すところとだ」と言ってきました。どんなに美辞麗句で飾ろうとも、どんなに理屈をつけようと、詰まるところは、合法的に人殺しをしようとするところが軍隊でしょう。

 殺そうとする相手がいるから、殺される可能性のある自分もいる。

戦死者の『顕彰』とは、戦死を『尊い犠牲』として褒めたたえ、聖化=聖別し、そのことによって戦争の凄惨な実態を覆い隠し、人々の意識から抹消しようとすることです。『顕彰の』の意味での『英霊祭祀」は、戦死者を『永遠に記憶にとどめよう』とするように見えながら、実は同時に、その戦死の歴史的実態を『記憶から抹消』しようとするものなのです。そしてこの論理は、今後、自衛隊ないし常備軍の海外派兵や武力行使をせいとうかするものとして、さらには国民全体を「戦争」協力へと動員していくものとして機能し始めている、ということでした。」

 と、高橋さんは犠牲の論理のカラクリを述べておられます。

 ただし、合法的に殺したつもりでも、戦争終結後、旧ユーゴ大統領ミロシェビッチ氏のように、「人道への罪」を問われることがあります。いったいどこまでが合法的と認められて、どこからが人道への罪なのか、つねづね疑問に思うところです。

 高橋さんによると、米国の政治哲学者マイケル・ウォルツァーという人が、「正しい戦争・不正な戦争」、「戦争における正義・不正」と言う考え方を示したそうです。それで区分けすると、論理的には、一応、4種類の戦争が考えられます。

(縦軸に正しい戦争の度合いを、横軸に戦争が行われた際の手段の正当性を示す度合いを1つの座標で表したら、その戦争の正当性を一目瞭然に表すことができる、なんて考える人もいるのでしょうか?)

 要するに、自衛のためにする戦争は正しい戦争だ、ということです。それでいつも戦争をしようとする国は、古来より、自衛のためだと主張して始めるわけです。(しかしその「正しい戦争も、正しくなく戦うことが可能」で、「人道への罪」とは、この「正しくなく戦った」ことが問われているのでしょうね。)

 そしてこの「自衛戦争においてこそ、『尊い犠牲』のレトリック=『犠牲の論理』は有効であることになる。」と高橋さんは説いておられます。つまり、侵略を受けた共同体を守るという大義の前では、自らを犠牲にすることがよりいっそう価値あることだと称賛されることになるのです。

 正しく戦われようが正しくなく戦われようが、とにかく正しい戦争といわれるものにも、犠牲のカラクリが機能しているわけです。

 そしてここで、高橋さんが指摘するのが、ウォルツァーも述べている根本的な逆説と難問です。

 つまり、「自衛戦争すなわち正義の戦争を戦う兵士たちは、個々人の声明と自由への権利を守るためにこそ戦い始めるのですが、戦い始めるやいなや、自らの生命と自由への権利を喪失してしまう」という逆説で、これはまた、「自衛戦争の『正義』の本質に属する」難問だということです。

 結局、「一定の人々を殺されるために存在する集団として養っておく」ことで、共同体の他の成員の命と生活を守っているのが「軍隊、常備軍という存在」で、

殺されるために存在するような人間集団を作り出すという不正義、不道徳を消し去りたい、隠蔽したいからこそ、人はそれを進んで受け容れ、価値あるものと考えようとするのではないでしょうか」とは、高橋さんの言葉です。

 このことを、2003年6月30日付の朝日新聞によると久間章生元防衛庁長官が次のように述べたことも、高橋さんは伝えておられます。

 国家の安全のために個人の命を差し出せなどとは言わない。が、90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る。

 すごい言葉ですね。でも、私たちはこのことに、今まで目をつむっていたのです。ただし、1割なら許容範囲だ、などと考えることは、これもまた言葉と数字のレトリックにはまることです。先の大戦のような総力戦は、この100人のうちの10人が、つまり1割が、限りなく10割に、つまり100人に近づいたことを示しているのですから。(それが実際、現在のイラクの状況ではないでしょうか)

 さらには、この社会、この世界そのものも、「犠牲の論理」に貫かれていることを、高橋さんは語ります。

 その言葉に促されて考えてみれば、南北問題でもそうですね。

 その「絶対的犠牲」の構造の中で生きざるを得ない私たちですが、そしてすべての決定もその中でやらざるを得ないのですが、この犠牲をなくそうと努めること、犠牲をなくしたいという望みをしっかりと抱きしめながら、自らの行為を決定すること、それが現代を生きる一人ひとりに課された課題ではないか、と高橋さんが私たちにつきつけたのです。

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教育に、さらに手を伸ばしてきたこの国の政治

_114 _115 ツルバラが咲き始めました。楽しみ……

 でもちっとも楽しめないのが、この国の政治。

 閉塞感が、いやが上にも増します。

 今日の毎日の朝刊。第1面の大見出しが、

免許更新制 現職教員にも適用 文科省 中教審に報告へ」です。

 ということは、これから教員になろうという人は、更新制が適用されることになっている、ということです。

 この制度が現職にまで適用することができるのかどうか問題だったようですが、とにかく文科省は、法的にも可能だと考えているようです。

 中教審は昨年12月の中間報告で免許更新制を導入するとともに、

・指導力不足教員などに対する人事管理システムを早急に構築する

教員免許を剥奪する条件を整える

・教職10年の経験がある教員に対しては、ここの勤務成績に応じた研修を実施する

等々を提言している由。

 教育基本法が改定されて、さらに「教員の資質向上」を名目に、こうした制度が実際に運用された場合、一体どういったことが起こるのか、この国の過去を思い起こせば、容易に推測がついてしまいます。

 杞憂と思いたいのですが、このところの国会の動きを見れば、不安は募るばかりです。

 

 

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新たなる怪談――「ふるやのもり」ならぬ「共謀罪」、「まんじゅう」ならぬ「愛国心」

_117_2 _119 雨あがりに、さつきがきれいです。

 サツキが終わり、カサブラカとあじさいのつぼみがどんどん太って咲き出す頃には、梅雨の季節に入っています。

 この頃空き巣が多いのよ、とはスポーツクラブで時折話をする、お隣の町内の方。その空き巣がどうも若い人らしい。

 この町内では、2月にお年寄り宅が襲われて、おばあさんが後頭部を糸切りばさみで刺されて亡くなられています。当初は髪の毛に隠れてそれがわからず、レントゲンでやっと判ったという話。

 そして私たちの世代が顔を合わすと、年金はどうなるのかしらねえ、とため息交じりの声があがります。

 まだ建ってからさして年月の経っていない家の厨房設備を新しいものに替えたとか、景気のいい話は年金世代ばかり……でも、同じ庶民のはなし、世代間で反目しあってはいけないよね、と私。

 お年寄りの中には、収入の少ない子ども家族のために、少しでも財産を残そうと努める人もいます。

 何だかこれからは、私たち弱いものは、互いに助け合ってなんとかやり過ごさなければいけないような時代がやって来るような気さえします

 そこへ、やれ「愛国心だ」「共謀罪だ」とタガがはめられて、声を潜めて、息を殺して生活をしていかなければならないとすれば、長生きは嫌だぁ! と、思わず口を衝いて出てきてしまいます共謀罪だ」というタガがはめられて、声を息を殺して生活をしなければならないのか、と考えると、長生きは嫌だぁ、と思わず口を衝いて出Kyoubouani_1

 雨の夜に怖いのは、強盗よりもこわい「ふるやのもり」、ならぬ「共謀罪」。なぜって、雨の日も風の日も、曇の時も晴れの時も、いつでもこわいから。

 「まんじゅうこわい」どころか、上から鼓舞される「愛国心」のほうがまだこわい。「国を愛する」といえば聞こえがいいけれど、オブラートが溶ければ、「国を操るものへの忠誠心」の苦い味が口中に広がる。

 昨日5月24日の毎日新聞に、4月29日に死去された経済学者J.K.ガルブレイスさんの最晩年のインタビュー記事が載っていました。

 リベラルと保守の対立については、

「大いなる矛盾」だと断定。

「対立は望む所だ。我々はたくさんの人々の生活を豊かにした。その結果、彼等は保守になった。安定した豊かな人の多くはそうなるものだ。我々がリベラルとして成功すればするほど、反対派を作り出したわけだ」

 さらに、

もっとも貧しい人々の助けとなる福祉、保健、教育への支出こそ、人間的な価値を持つ。現代の良き政府の本来の政策である

 といわれています。

 愛国心をいう前に、首相以下政権を担当する方々は、このガルブレイスさんの言葉を噛みしめていただきたい。

 つねづね、今でも恵まれた層の人たちが、なぜ今以上のものを求めようとするのか、疑問に思っていました。最近気づいたのは、彼らの目指すのは、世界ではないか、ということ。

 グローバルな現代のこと、「寂しがりや」といわれる「お金」が、よりお金のある所に集まって、世界を股にかけた資産蓄積が実現中なのでは? 

 ためしに、毎年フォーブス誌上で発表される世界長者番付を見てみました。

 いましたいました。資産10億ドル以上の691人のうち日本人は24人。

 中にはTVコマーシャルで有名な消費者金融のオーナーが4人。現代の世相をよく反映していますね。ちなみに、「サラ金」とキーボードで入力すると、すかさず「不快用語」という注意書きが現れます。表面の言葉をいじるだけなのは、愛国心と同じです。

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明治憲法に未練恋々

_111_4  1946年4月、戦後初の総選挙で寒村は社会党から立候補して当選。

 この年の8月、現行憲法は衆議院本会議で賛成421票、反対8票の圧倒的多数で可決されました。この時、衆議院帝国憲法改正案委員会委員長で、修正案作成のための小委員会の委員長でもある芦田均について、寒村は次のように記しています。

「新憲法が本会議で可決された際、委員長の芦田均が委員会の審議経過と結果を報告して、民主主義的な新憲法を讃美した後、旧憲法に対して、惜別の情に堪えないといって声を詰まらせた

 これを見た寒村は

「何を下らぬことをいっているんだ。日本国民が天皇神権的な旧憲法の桎梏から解放されて、民主主義的体制の基礎を築く新憲法を制定する際、旧憲法に恋々たるグチをこぼすとは何事だ」と、ひとり呟きます。

 1940年に大政翼賛運動が起こったときもこれに反対したリベラリスト、芦田均でさえ、明治憲法に対する執着心から逃れられなかったことに驚きます。

 すでに敗戦間もない1945年11月に結成された「日本進歩党」は、その綱領に「国体護持」を掲げ、幣原喜重郎内閣(1945年10月~46年4月)の与党的存在でした。

 この内閣で、新たな憲法の草案として、明治憲法の第3条の字句を修正した(第3条 「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」を「天皇ハ至尊ニシテ不可侵」とかえた)だけの、いわゆる「松本案」が示されます。

 この案を中心になって作った松本蒸治の経歴を見ると、実に華々しいことに目を見張ります。

 日本国憲法の誕生に、その経歴を見ると、

 1900年東京帝国大学卒業。1909年同大教授。1919年帝大を辞して満鉄に移り、1921年副社長となる。1923年第二次山本内閣で法制局長官。1924年以降1946年まで貴族院議員。1934年斎藤内閣商工大臣。その他、多数の会社の役員や日銀参与・理事等を務める。この間、商法改正やその他の立法に貢献した。

 とあり、さらに1946年の公職追放を経験したことも記されています。

 芦田均の経歴も同じようなものです。

 外交官、政治家。京都府出身。東京帝国大学卒業後外務省に入り、ロシア・フランス・トルコ・ベルギー大使館などに勤めて1932年に辞職。同年の総選挙で当選し、立憲政友会に所属。以後死去まで衆議院議員の地位にあった。1933年から39年までジャパン・タイムス社長。戦後すぐに鳩山一郎らと新党樹立を計画し、1945年11月日本自由党結成。(この後もいろいろ続きます)

 ちなみにオザケンこと、ミュージシャンの小沢健二も、この芦田均の閨閥に連なります。

 国体護持の国体とは、天皇に主権を置く明治憲法下での体制を意味し、国体護持の意思は戦後もずっと、保守政党のあいだに受け継がれていきます。

 国体護持の呪縛、とでもいえばいいでしょうか。

 支配層の明治憲法に固執する感性と思考はいったい何なのでしょうか。なぜなのでしょうか。

 今の体制でも十分に恵まれている彼等が、なぜ戦前回帰の意思を持つのでしょうか。

 敗戦と占領によって頓挫したことへの怨念でしょうか。

 それまでの己が呼吸してきた生と社会への郷愁。

 また、敗戦と占領で、その生と社会を否定されたことへの憤りでしょうか。

 さまざまに考えられますが、何よりも、

 天皇という抽象的存在に権力が集中したこが、彼らにとって良かったのではないでしょうか。都合が良かった、といいかえた方が適切かもしれません。

 この天皇とは、現実に生を享けている生身の人間ではありません。

 あくまでも、抽象的・神話的存在です。

 この現実に生きている人間としての天皇と、抽象としての天皇という存在は、その時々で、二重になったり、一部重なったり、あるいはまったく別の存在として、彼らの頭の中でごく自然に処理されます。

 抽象的存在としての天皇は神に値します。もう、宗教的存在です。

 この存在が現実の政治的権力を握るとしたら、権力を志向する勢力にとって、こんなに魅力的なものはないでしょう。

 国体護持にこだわる勢力の、あの執拗さは、どう考えても理性ではなく宗教的なものを感じてしまいます。

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日本国憲法の草案作りには、65年の歴史がある

 森喜朗元首相のHPを見ると、昨年11月22日付 で、「自民党の原点であり、大義である」といって、立党50年記念大会で、党新憲法起草委員会委員長としてまとめた新憲法の草案を発表したしたことが大きく載っています。

 現在の日本国憲法は戦後の占領下、連合国軍総司令部(GHQ)がわずか9日で草案をつくったのに対して、「自民党は(自主憲法の草案をつくるまで」50年かかった」と指摘し、「半世紀にわたる長い懸案であった新憲法の草案を初めて条文化した形で公式に示せることは大きな喜びです」と述べたそうです。

 あらあら、まったく、ものは言いようですが、詭弁を重ねての開き直りはいつものこと。

50年かかったのは、明治憲法の亡霊のような内容を、いかにうまく草案に盛り込むか、また、いかにうまく世間に詭弁を浸透させるか、戦略上の都合だったのではないでしょうか。

 現憲法も、けっして9日間で草案ができたわけではありません。先人たちの、立憲主義に対する熱い思いを結実させた財産がこの国にあったればこそ、たった9日間で草案が完成したのです。

 そうしたこの国の歴史を、少なくともこの国でリーダーシップをとる政治家の方々は知っておいていただきたい。

 現行憲法を貫く精神は、明治新政府発足からまもなくの民権運動の中に見られますし、条文そのものも、明治10年代に現れた40以上もの私擬憲法の条文から生まれたものがたくさんあります。

 民権運動の中から生まれた憲法草案でも、1881年に作成された植木枝盛の憲法草案、東洋日本国国憲按(とうようにほんこくこくけんあん)は秀逸です。

 精神的自由権から経済的・身体的自由権まで謳い、「無法に抵抗することを得」といって、「国家権力の不当な行使に対して抵抗する国民の権利」を保証する抵抗権をも規定しています。

 さらにすごいのは、

「政府国憲に違背するときは日本人民は之に従わざることを得」(第70条)、
「政府官吏圧政を為すときは、日本人民は之を排斥するを得。政府威力を以てほしいままに暴虐を逞しくするときは、日本人民は兵器を以て之に抗することを得」」(第71条)

「政府ほしいままに国憲に背きほしいままに人民の自由権利を残害し建国の旨趣を妨ぐるときは、日本国民は之を覆滅して新政府を建設することを得」(第72条)

 といって、革命をも容認していること。

 明治新政府の強権政治に悲憤慷慨する植木たち民権論者の姿が思い浮かぶようです。

 こうした植木たちの努力を考えると、現行憲法の草案作りには、実に65年の歴史があります

 1889年(明治22年)、大日本帝国憲法(明治憲法)が発布されたものの、民権派が求めていたものとはあまりにかけ離れた内容でした。

 翌年の1990年に召集された第1回帝国議会は、民権派の議員の方が多数を占めて、政府と対立しています。

「自由は取るべきものなり、貰うべき品にあらず」といった中江兆民の言葉をもう一度噛みしめると同時に、この言葉をまた大にして叫ばなければいけない時代が繰り返されないように、しっかりと見張っていかねばなりませんね。

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小泉首相の役割は

_017 植えてから20年以上ともなると、ばらも根をしっかり張って強くなります。ほとんど防虫・殺菌剤を使わなくても、こうして咲いてくれるのはうれしい。

 さて、うんざり、びっくりすることの多いこの頃ですが、今日のびっくり。

            文科省、給与の一律優遇見直し

の見出しが、産経新聞データボックスの「教育を考える」中にありました。この5月15日付です。

 これによると、文部科学省は、人材確保法(こういう法律があったのですね。)の現行制度を見直しして、優秀な教員に給与を重点的に配分する制度を導入するとともに、教員の評価制度を取り入れて、「教育現場を活性化したい」らしい。平成20年度をめどに実現を目指すとのこと。

 アサヒコムの同種の記事では、

 2月27日付の記事によると、06年度中に文部科学省が教員給与に関する法令を整備する方向性を打ち出す方針でいる、とあります。

 すでに、宮城、富山、岐阜、岡山、香川、愛媛、佐賀の7県教委が、優秀な教員を表彰して特別昇給や勤勉手当の増額などをしていて、また東京都などは、人事考課を給与に反映させている、とのこと。

 文部科学省の意図が透けて見えるような記事ですが、この、表彰された教員の授業をちょっと見てみたいなあ、という気がします。

 昔、といっても介護保健制度ができる前の話に過ぎませんが、老親の介護を「誠実」に遂行してきた「お嫁さん」を表彰する制度もありました。

 私自身、かなり前の話になりますが、6年間ほど夫の両親を介護してきた経験がありますから、表彰する方は気楽なもんよ! と毒づきたくもなりますが。

 それにしても、評価制度と同時に給与優遇制度をつくるという話、何かあぶないにおいがします。

 踏み絵としての国歌・国旗制度をつくって、教育基本法改定で愛国心忠誠心を煽り、今度は経済面から外堀を埋める……

 2001年に藤原肇さんは、「小泉首相の役割は日本解体だ」といわれています。また、当時の日本は「賤民資本主義だ」とも。これは今でも当てはまります。おそらく、2001年当時より一層あてはまるのではないでしょうか。

 そして教育の解体は、未来の日本の解体に繋がるのではないでしょう。

「ここで言う賎民とは、社会の中に寄生して社会を食い物にする人たちのことです。あらゆる党利党略を使って利権を漁っている日本の政治の姿は、「賎民資本主義」という概念に収敏していく」

「日本人は誰も知らないが、アメリカでは彼(小泉純一郎)は〝隠れ統一教会〟と見られています。五、六年前のデータですが、統一教会がアメリカの大学を出た優秀な連中を四〇〇人ほど、自民党の議員秘書に送り込んでいます。つまり、ここ数年、表面的には自民党政治が行われていたのですが、裏では統一教会が動いています。そこへ公明党が連立を組んでいる。これは私だけの見方ではなく、日本にいる外国人特派員たちの見方でもあります。 」

とも藤原さんがいわれています。

 そういえば、統一教会関係からの献金も色々あったようですし。

 そして数に頼んだ暴政で、民主主義ばかりか、この国を解体。

 パンとサーカスで大衆の目をそらして、ここまで来てしまいました。これからは、パンもサーカスも、今までのようにはいかないかもしれません。重税が待っていますし。

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民主党と共謀罪――一体どうなっているの?

Photo_23  河北新報社によると、

 民主党の小沢一郎代表は15日夕、山形市内で記者会見し、「共謀罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案について「犯罪の構成要件が漠としていて法定主義に反し、基本的人権を侵害する恐れがある。司直の裁量の余地が多すぎる」と批判した。

ということですが、
今日(17日)のアサヒコムの速報によると、

民主党は17日午前、法務部門会議を開き、与党との修正協議に向けた再修正案をまとめた。共謀罪の適用対象となる「組織的犯罪集団」の定義を改め、与党側に歩み寄った

という報道がなされています。

 すぐに民主党のサイトへ行くと、

(江田参院会長)は、共謀罪を含む条約刑法や医療制度改革法案の採決が迫ってきている中、党首討論も開催されるとして、特に共謀罪について、「合意をしたと疑われるだけで警察が捕まえに来る」などとして、その内容を改めて批判。「厳しく対応していく」とし、日本を監視社会にしてはいけないなどと決意を述べた。

とあります。

 一体どうなっているのでしょう。

 衆議院と参議院では対応が違うのでしょうか。再修正案もまだまとめた段階ですから、提出されていないのでしょうか。それで、まだWebsiteには載っていないのでしょうか。

19日に法務委員会で強行採決、などという話もあります。それに、共謀罪に負けず劣らず凶暴な「サイバー法案なるものが民主党のサイトに載っていました。心配です。

治安維持 共謀罪で パーフェクト
市民に「見せない」「言わせない」「聞かせない」の三ない運動で恐怖政治を実現しよう!!(
©橋本勝さん)

(マンガとこのコピー、情報流通促進計画byヤメ記者弁護士さんからお借りしてきました。)

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議員会館を取り巻く――共謀罪緊急院内集会

じゅんさんよりTBいただきました。ありがとうございました。

緊急のことなので、急ぎここに転載いたします。もと記事はこちら。私は遠方でとてもいけませんが、お近くの方はお願いいたします。

【引用開始】

共謀罪阻止のために,会社や学校の帰りがけに,永田町駅で降りて,議員会館に立ち寄りませんか?下記の集会は,会館内で行われるため,入場者に限りがありますので全員が入れるとは限りませんが,例え,入れなくても,議員会館周辺に反対の人が詰めかけたということが大切だと思うのです。金曜日の夜ですが,何とか,一時間,自由を守るために使って下さい!

■■引用開始■■

「共謀罪」の強行採決に反対する!
超党派国会議員と市民の緊急院内集会

ご存じのとおり、「共謀罪」の審議が風雲急を告げております。 今週にも共謀罪を含 む刑法などの改正案が、衆議院法務委員会で強行採決される可能性が出ています。
 共謀罪は、600以上の主要犯罪について、犯罪が実行される前に単に合意したと言うだけで、犯罪を成立させてしまう極端な内容のものであり、現代版治安維持法とも、思想処罰法ともいわれる稀代の悪法です。また、共謀罪の捜査のためには盗聴捜査の拡大が計画されることは必至です。
 現在、国会内では与野党間で修正案をめぐる攻防が繰り広げられていますが、共謀罪が人権侵害につながる深刻な危険性をはらんでいることを、超党派の国会議員と市民が一緒になって訴える集会を開催します。共謀罪に反対し、廃案に追い込むべく、院内外の力をここに結集していきましょう。
ぜひ、ご出席、取材のほど、よろしくお願いします。

◆緊急院内集会◆
時   2006年5月12日 (金) 午後5時半~ 
場所 衆議院第二議員会館 第1会議室
       (地下鉄永田町駅・国会議事堂駅下車、会館入り口で通行証をお配りいたします)
発言  超党派国会議員・日弁連・市民団体 ほか


【 呼びかけ人 】 
糸数慶子(無所属・参議院議員) 
石井郁子(共産党・衆議院議員)
井上哲士(共産党・参議院議員)  
枝野幸男(民主党・衆議院議員・法務委員)   
江田五月(民主党・参議院議員・法務委員)
小川敏夫 (民主党・参議院議員)  
河村たかし(民主党・衆議院議員・法務委員)  
近藤正道(社民党・参議院議員)  
千葉景子(民主党・参議院議員・法務委員)  
仁比聡平(共産党・参議院議員・法務委員)  
平岡秀夫(民主党・衆議院議員・法務委員) 
福島みずほ(社民党・参議院議員)    
保坂展人(社民党・衆議院議員・法務委員) 
松岡 徹(民主党・参議院議員・法務委員)    
円より子(民主党・参議院議員)    

問い合わせ先 = 平岡秀夫事務所3508-7091  保坂展人事務所3508-7070  仁比聡平事務所3508-8333


■■引用終了■■

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大杉あれこれと軍隊

_013_1 ずいぶん昔のことになりますが、NHKFMで大杉栄の『日本脱出記』の朗読が続いたことがありました。

 _014_1 なにか気むずかしそうなイメージのあった大杉でしたが、内容はほとんど忘れて、この脱出記は結構おもしろい……という感覚だけが残っています。

 唯一覚えているエピソードは、アイロンを使って目玉焼きを焼いた、などというたわいもない話ですが、なんだか大杉の型にはまらない生き様をよく表しているような気がします。

 1908年6月の仲間の出獄歓迎会でこの大杉と寒村がいたずら心を出して、「無政府共産」とか「無政府」とかの白いテープの文字を赤地の布に縫いつけて竹竿にくくりつけたのを振り回し、検挙されたのが「赤旗事件」です。

 旗を持つ寒村に警官が飛びかかり、同士が救援に駆けつけ、「真夏の白昼、濛々と立ち上る砂煙の中に旗の影はたちまち表れたちまち消え」てもみ合ううち、仲間の4、5倍にのぼる警官が応援にきて、「帽子を飛ばし、衣服は破れ、素足になった私たちは高手籠手に縛られて拘引されてしまった。」

 仲裁に入った堺も検挙され、結局4名の女性を含む総勢13名が留置場に入れられたといいます。

 逆らう彼等に、とうとう警官は大杉と寒村を裸にして引きずり回し、殴る、蹴る、踏んづけるなどして、このとき大杉が悔し泣きに泣いたのを、寒村は初めて見たそうです。

 Photo_18 公判で被告等は無政府主義者かいなかを問われ、堺と山川以外は然り、と答えたということですが、寒村はそれを、「わずかに断片的な無政府主義の革命理論をのぞいたにとどまり」といい、意識的なアナーキストは大杉だけであったろうと語っています。

 結局、堺や大杉等は懲役2年、寒村は1年半。意外に重い判決に「負け惜しみも手伝って……無政府主義者万歳」を叫ぶ彼等の前で「裁判長の方がビクビクし、判決文を読む手がブルブル慄えて」いたということです。

 裁判官がなぜ震えていたのでしょうか。

 寒村や大杉たちが怖かったわけではないでしょう。

「無政府主義者万歳」というとんでもない禁句を被告たちに言わせてしまった己の立場を考えて、恐ろしくなったに違いありません。

 確か私たちは、義務教育で、1891年(明治24年)のロシア皇太子暗殺未遂事件に際して、「法律は国家生存の動脈なり」といって、法律を曲げるように要求する政府からの圧力をはねのけた大審院長の話を「司法権の独立」の見事な例として学びました。

 でもこの赤旗事件の判事は、そんな気骨のある人ではないようです。

 旗か幟の類を警官に奪われる事件は、つい先日、4月30日にもありました。

 デモ隊の「MAYDAY」の垂れ幕が奪われるだけでなく、サウンドシステムを積んだトラックが持ち去られ、さらには「公務執行妨害」等で3名まで逮捕されたようです。

 ところで、寒村らに懲役刑で与えられた作業は下駄の横鼻緒をナウというもので、ここでも大杉は器用さを発揮して一番早くて一番良い仕事をしたといいます。

 この赤旗事件で下獄していたことから、大杉、寒村等は大逆事件に巻き込まれずに済んだわけですが、13年後に大杉は、伊藤野枝、甥の橘少年(6歳)と共に、大震災後の騒然とした空気の中で甘粕大尉ら軍部に捕まり殺害され、遺体が古井戸に投げ込まれる事件が起きます。

 震災後の一連の虐殺事件を、寒村は「震災テロル」と呼んでいます。

 軍部はこの虐殺事件を隠しきれずに甘粕は軍法会議にかけられますが、この犯行自体が軍中央の命令とされています。

  そのためか、甘粕自身は大赦により約3年で刑期を終え、陸軍の官費で、単身赴任どころか妻をともなって2年間のフランス留学をしています。3年間の服役のご苦労さん代でしょうか。

 後に彼は大陸に渡って満州事変の仕掛け人にも連なり、1945年8月20日に自死するまで、彼の地で大いに権力をふるうことになります。ラストエンペラーで坂本龍一が演じている人物です。

 まったく、軍隊が関わるとろくなことはない、という思いが湧いてきます。

 幸徳秋水らの事件も、ときの首相桂太郎はかつての長州藩士ですが、軍人出身です。彼の下で、西園寺内閣が結党を許した日本社会党などの政治運動の弾圧が強化されていくわけです。

 明治以降の日本の軍隊の特殊性は、ヨーロッパのように旧来の支配層が軍部を掌握するのではなく、軍隊内の階梯を上っていくことで、平民が支配層にのし上がることが出来たことです。

 これも巧みな庶民統治のひとつですね。

 桂太郎も戦功で次々に爵位をとり、ついには韓国併合の功で公爵に上りつめています。

 末は博士か大将か、と立身出世を願う庶民が呟いているではありませんか(いえ、本当は「末は博士か大臣か」ですが)。

 そしてこの間の連休中に、日米軍事同盟はまた新たな段階に入ったようです。

 これについて詳しいことは、岸田コラムでお読みください。

 

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治安維持法を待たずとも

Photo_14 写真は、英国独立労働党首ケヤ・ハーデー歓迎会。

中列ケヤ・ハーデーから左に、管野須賀子、福田英子、堺為子、堀保子、片山潜、(2人おいて)堺利彦。

 前列3人目が寒村、ケヤ・ハーデーの左の子どもが堺真柄、その左に幸徳千代子、山川均、2人おいて幸徳秋水。

 幸徳秋水、管野須賀子の名は、戦後生まれの私の子ども時代でも、声を潜めて、なにやらおどろおどろしい感じで語られていたようなイメージがあります。

 そんな2人が、間違いなく血の通った人間で、社会の不正義に憤りを持っていた人たちだと知ったのは、だいぶ後のことです。

 この2人が刑死するに至るまでの周辺の事情を、「寒村自伝」をもとに、書いていこうと思います。

 管野須賀子は、「薄幸」というにはあまりに過酷な運命を背負っていたように思われました。

 少女時代に継母の奸計で男から凌辱されるなど幼少のころから苦労し、大人になっては事業で失敗した父と弟妹をかかえて、どうにかこうにか文筆業で生活の糧を得ていたようです。

 1906年、寒村19歳のときに、管野須賀子と寒村は、一時京都で同棲、その後東京で所帯を持っています。

 この年、「普通選挙の期成」を目的とする日本平民党、「国法の範囲内で社会主義を主張す」る日本社会党が組織されています。

 結党直後の東京市街鉄道3会社の電車賃値上げ反対運動で、党員その他21名が検挙・起訴されていますが、罪名は、兇徒嘯集罪でした。そして控訴はされるものの、第一審では無罪の判決をえました。

 年が明けてすぐ、1907年(明治40年)の1月、日本社会党の機関誌として、日刊「平民新聞が生まれます。

(下の写真、横長の方は、左の写真の下部を切り抜いたものです。)

Photo_16  創刊して1ヵ月ほどで、坑内員の待遇改善要求から足尾銅山の騒擾が勃発。

 Photo_17 この時編集部にいた寒村が戒厳令下の足尾町に入ると、軍隊が小隊に分かれて駐留し、宿という宿は軍隊の司令部、裁判官、警察官、新聞記者であふれていたといいます。

 みだりに軍隊を動かした政府の責任が追求されても、内務大臣原敬は、「坑夫の一部を教唆先導して暴動を起こさせたものがあり……」と、攻撃の矛先をそらしますが、その年、暴動を伴った大きな労働争議だけでも20件を数えたとのこと。

 幸徳秋水が普通選挙権の獲得に反対を唱えて無政府主義に転じたのもこの頃のことで、ここから1910年の大逆事件の悲劇へと導かれていくことになります。

 2月、社会党は解散を命じられ、平民新聞は相次ぐ発禁処分に極端な財政難に陥り、第75号で廃刊。日刊でしたから、3ヵ月足らずの命です。処分の理由は、「新聞紙法違反」、「官吏侮辱罪」などでした。

 ケヤ・ハーデーが来日したのもこの年のこと。

 管野須賀子は妹を結核で失い、自身も病床に伏せっていたときでした。

 いわゆる「赤旗事件」で、堺や大杉他4名と共に懲役刑を受けたのが寒村21歳の1908年のことです。事件の翌月、西園寺内閣が倒れ、第2次桂内閣が成立して、社会主義運動に対する弾圧は俊烈を極めます。

 獄中、寒村は幸徳と管野の結婚を知ります。

 伊藤博文の暗殺を知るのもこの時。また獄中、仲間の一人が変調を見せ始め、出獄後発狂して自殺することもありました。

 寒村は1910年22歳で出獄。

 しばらくして管野は、自由思想の罰金を労役に換えて入獄し、そのまま5月に、大逆事件で検挙されます。6月には幸徳秋水をはじめとして全国で数百名の無政府主義者、社会主義者が拘束されることに。

 年末26人が起訴され、大審院の秘密裁判で懲役8年と10年の2名以外、24名全員死刑の判決が下されます。終審後、弁護人に命じて一切の関係記録が裁判所に返却させられ、その後35年間にわたって国民がその真相を知ることはありませんでした。

 首謀者と認められた幸徳秋水は、中途から計画を断念し、管野に対しても実行中止を勧告し、また管野たちは、幸徳に実行の意志がないことを認めて、計画から除外したと陳述しています。

 その他の被告については、寒村の言葉を借りれば、

 「或いは陰謀の内容を聞いて賛否いずれとも答えず、ただ驚いたような顔をしていたとか、或いはそんなことが起こったら面白かろうといったのみで、積極的、具体的な共同謀議の事実は存していなかった。」

 勧誘されても拒否して、また幸徳・管野の恋愛関係を非難して2人から離れて郷里で堺等の出獄を待っていたひとりも、死刑の判決を受けて刑死しています。

 治安維持法が成立する15年前のことです。

 小学館の『ニッポニカ』によると、刑法第73条の大逆罪に問われたため、裁判は大審院における一審即終審で行われ、1人の証人を審問することもなく結審したといいます。

 翌年1月には幸徳、管野ら12名は死刑に。これに先立ち12名が天皇恩命として死刑から無期懲役に減刑され、うち5名は獄中で縊死、あるいは病死したということです。

 幼稚な天皇暗殺計画をフレーム・アップし、事件と直接無関係な社会主義者多数を巻き込んだこの事件は、桂内閣が社会主義運動の根絶をねらって仕組んだ史上空前の大弾圧であった、とニッポニカはいっています。

 治安維持法を待たずとも、欧米での抗議運動にもかかわらず、これだけの弾圧が可能だったことに、驚きませんか? 

 もっとも、すでに、1875年には「讒謗律(ざんぼうりつ。今でいう名誉棄損法)」「新聞紙条例」が、1880年には「集会条例」が作られて、自由民権運動弾圧に威力を発揮しています。

 維新前後の修羅場をくぐり抜けてきた政府要人にとって、人を獄に送ったり血を見ることなど、何ともなかったのかもしれません。そして1875年から70年にわたる弾圧の歴史が後世にまで残したのは、社会主義とはおそろしいものだ、という感覚かもしれません。

 

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無理が通れば道理が引っ込む

 4916117662 今日の新聞によれば、陸上自衛隊がアメリカ海兵隊の指導を受けて、暴徒鎮圧訓練をしていたらしい。

 昨年3月の沖縄米軍実弾演習場「キャンプ・ハンセン」での部隊防護の訓練研修報告書が、winnyウィニーを介して流出した陸自の内部データに含まれていたということです。

 研修は「基地(駐屯地)警備にあたる隊員が暴徒等を排除する場合」などの状況を想定。海兵隊の教官から、人の急所を素手や警棒で攻撃して行動を抑える訓練や、致命傷を与えない弾を使った射撃訓練などの指導を受け、写真説明や図解入りだということ。

 さらに今後の訓練に反映すべき事項として、「テレビの視聴者に悪い印象を与えない」「シビリアン(文民)への過剰な攻撃の禁止」など、マスコミ対策の重要性を指摘している、という話です。

 オブラートにくるんだ軍隊の姿を国民に印象づけようということですね。

『現職自衛官のびっくり体験記 逃げたいやめたい自衛隊』では、こうした治安出動訓練は、T訓練というらしい。

 そしてもうひとつ。

 4月30日に東京渋谷で起きたメーデーデモで3名逮捕のニュースには、腹が立つやら胸が痛むやら。

 同じサイトに逮捕時の動画がありましたから見てみました。

 始終、拡声器を使って大声でいろいろ喋っているのは警察側です。使用している言葉と口調こそ丁寧ですよ。でもあれは、明らかにデモの訴えに対する妨害です。デモ隊の声はほとんど聞こえてきませんもの。

 デモが訴えていることといったら、ごく当たり前なこと。

 不安定雇用層(プレカリアート、というらしい)をとりまく問題です。

『現職自衛官のびっくり体験記 逃げたいやめたい自衛隊』によると、戦後の自衛隊も、旧軍のあしき伝統をよく受け継いでいるらしい

 現代の警察も、戦前からの伝統をよく受け継いでいるのでしょうか。

 議論するな、既成事実を作れ、国民は馬鹿だから、とでもいっているのでしょうか。

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ジョハンズ米農務長官の嘘

Photo_4 もっこうばらです。

_079_3  愛らしい花ですが、小さなクリーム色の花なので、我が家の庭ではあまり目立ちません。

 

 外出する車の中でラジオのニュースを聞いていると、ジョハンズ米農務長官は2日にジュネーブで開いた日米農相会談で、検査頭数を縮小する方針を中川昭一農相に伝えたらしい。

 先月28日の電話会見では、米農務省が04年6月から実施してきた牛海綿状脳症(BSE)の拡大検査の結果を発表し、「米国でのBSEの発生率は極めて低い」と結論づけたというのがその理由。

 嘘でしょー、とおもわずつぶやく。

  以前にもお伝えしましたが、コネチカット選出の下院議員ローザ・デラウドさんが、

 相当数の高リスク牛(へたれ牛)が(検査前の段階で)屠殺場にもレンダリング工場にも送られずに、国中の牧場や農場で埋め立て処分されている、という証言がレンダリング業者から出ていること、

 そのために牧草地が異常プリオンに汚染される結果を招くのではないか

と懸念されることを述べているのは、2005年6月29日付の、ジョハンズ農務長官宛の書簡の中です。

 長官が知らないわけありませんよね。

 参考のため以下にその書翰のコピーを載せました。青地の部分が問題の箇所です。

June 29, 2005

The Honorable Mike Johanns

Secretary

U. S. Department of Agriculture

1400 Independence Avenue SW

Washington, DC 20510

Dear Secretary Johanns:

I write to you to indicate how concerned I am about the Department’s credibility following the latest Bovine Spongiform Encephalopathy (BSE) testing debacle, and to raise additional concerns about Animal and Plant Health Inspection Service (APHIS) performance and leadership. Unfortunately, these technological and scientific lapses can lead to a loss of confidence – not only in your management of BSE – but also in the capacity of the U.S. Department of Agriculture (USDA) to carry out its responsibilities to protect us from influenza outbreaks, and other zoonotic diseases.

To be clear, it is my understanding that without the intervention of the Inspector General (IG) we would never have known that an older beef animal, first tested over six months ago, was carrying BSE. General Fong is to be commended for her persistence and thoroughness in following her investigation, without which we would not have known that USDA was using a faulty scientific testing protocol, and indeed had run an “experimental” IHC test that showed the animal to be positive back in the fall. And we certainly might not have learned that the animal, whose herd affinity is very critical to seeking out and destroying other BSE carrier animals, had been so intermixed with non-positive animals that only DNA could be used to make a potential herd identification.

In April I wrote to you about failings in the APHIS Surveillance Program. Unfortunately, I believe that this incident presents a picture of deteriorated management at APHIS more clearly than in April. In addition, I have recently heard from professionals in the rendering industry who tell me that significant numbers of high risk animals are definitely not being presented either for slaughter or for rendering, leading to a call from them for immediate regulation of on-farm land filling to prevent prions from becoming endemic in pasture on which cattle would be grazed in the future. Unfortunately, evidence is mounting that the high-risk animals, claimed by APHIS to be covered by its Surveillance Program, are really being disposed of on ranches and farms across the country.

A well-managed program for BSE identification and eradication would consist of:

  • the use of the best technology and testing protocols for suspect animals and for a mandatory, statistically valid surveillance program,
  • followed up by the best review of any presumptive positive tests – even if they have to be sent to another country;
  • a national animal identification program capable of retrieving data about and finding animals within 48 hours of a triggering incident;
  • an effective and thorough feed ban plan and enforcement of that plan to prevent cattle tissue from being included in cattle feed; and,
  • enforced slaughter procedures complete with a whistleblower protection for inspectors who observe and report violations of the Specified Risk Materials (SRM) procedures.
  • immediately speak with Secretary Leavitt to request him to move FDA’s Center for Veterinary Medicine quickly to fulfill its initial commitment to ban cattle blood, poultry litter and plate waste from the feed supply and move to a species specific segregated feed manufacturing system;
  • move the USDA timetable for a National Animal Identification System (NAIS) capable of 48 hour tracing of cattle movement and location – to be followed by other species; and
  • renew the focus on support for slaughter inspectors to assure the public that Specified Risk Materials (SRMs) are consistently being removed from the meat supply.

  • Mr. Secretary, my April letter only identified the tip of the iceberg of problems in BSE management in USDA. Now you must move promptly to ensure that there are no more significant omissions and failures as we go forward.

    Sincerely,

    Rosa L. DeLauro

    Ranking Member,

    House Subcommittee on Agriculture Appropriations

  • Frankly not one of those criteria is being met at the moment. I understand you have taken a few steps to implement improvements in some of these areas. Others, like the feed ban improvements do not fall under USDA’s authorities, yet APHIS managers are touting the effectiveness of the feed ban.

    However, this is a matter for the Cabinet to address to protect our public health and the economic health of one of our largest industries. When you testified before our subcommittee in February, I asked you if you intended to work with Secretary Leavitt to protect the food supply. This is an immediate opportunity for you to do so.

    I urge you to:

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    ニヒリズムの革命 その4

    _067 ハナミズキが咲きました。まだ植えて数年ですから、背丈にもなっていません。

    _066_1 白を買ったとばかり思っていたら、赤花の方でした。

     さてこれまで、首相や都知事の尊大な態度や言動はナチスのやり方――大きな嘘、攻撃性、議論をしない、一般市民を馬鹿にする――を踏襲して、綿密な計算の元に行われていると言いました。

     これにみんなの好きなブランド志向が重なって、絶妙な効果が出ています。ブランドといっても、その始まりを辿ってみればどうってことないのですが。

     あの、ブランドに反抗した福沢諭吉に始まる家と大学でも、すぐにブランド化してしまった皮肉。人間は何か仰ぎ見るのを持っていないと安心できないのでしょうか。

     今日は、また、大衆をいかに無力化するかという問題に対するナチスの回答を見ていきます。

    「生のあらゆる領域において大衆をアトム化すること、また大衆が政治的働きを持つことのできそうなところでは、行動力のある集団の形成を防止すること、しかし大衆が受け身に立ち、暗示的なスローガンを受け入れる用意のあるところではどこであれ、大衆を糾合することである。……これが、……ナチスの戦術である。」

     なぜ共謀罪にこれほど執着するのか、という疑問に対して、ここにひとつ、答えがあります。行動力のある集団の形成を防止するためです。そして一方では、自分たち以外は馬鹿なのですから、下流になろうが、戦争で死のうが、どうってことない、と考えているのでは? と疑いたくもなります。

     ナチスが政権をとってからこの『ニヒリズムの革命』が出版されるまで、ちょうど5年間。小泉首相の在位期間と同じです。5年という歳月で、随分なことが出来るものです。

     ヒットラーがオーストリアに侵攻し、さらにはチェコスロバキアのズデーテン地方へも触手を伸ばすことが明らかになって、ラウシュニングは出版を決意しました。 ラウシュニングはさらに言います。

    「ナチスの大衆操作には、革命的気分を眠らせないでおくという意味もある。こうすることによってのみ、大衆を思うままに操縦できる流動的なより集まりの状態にいつでも置いておけるのだと考えている。……新しい社会を形成する芽をことごとく摘み取った……

     このような体制の中でプロパガンダは、コミュニケーションの手段ではなくなり、上からの指導を下からの批判や承認という刺激によってバランスをとるという使命を果たしもしない。それはただひたすら支配の手段であり……その効果を支えるために、テロや残虐な強制という方法が併用されるのである。」

     この中の「革命」を「改革」という語に置き換えてみましょう。またここにいう「テロ」は、ナチスの支配手段のひとつを指しています。

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    ニヒリズムの革命 その3

    _064_1  十二単(ひとえ)。まだつぼみの方が多いのですが、全部開くと群生していて壮観です。

     さてさて「ニヒリズムの革命」はまだまだ続きます。読んでいると、とにかく昨今のご時世を思わせるものが多すぎて、なかなか止めることができません。

    _087 【支配の戦術】の項には次のように書かれています。

     相手が疲れ、いらいらするまでくどくどと議論をふっかけ、絶え間のない説教によって相手の神経を苦しめる老獪きわまる方法、

     にこやかに気楽な話し方をしているかと思うと、突然絶叫したり金切り声を上げたりして冷酷にやっつける硬軟金剛の話術、

     相手を侮辱したり、高圧的な攻撃を加えたりしたかと思うと、やがてまた同じく突如としてさも親しげな猫撫で声にとって代わるという技術、

     これは心性というよりやはり技術であって、多くの(ナチ)エリートが身につけていたものである。

     ここにいわれている技術について私たちがよく耳にするのはドメスティック・バイオレンスの加害者の言動ですが、それ以外にも身近な世界で、またこのネットの世界でもあるのではないでしょうか。

     人が他者を隷属させようとするときの対処法として、ごく一般的なテクニックですよね。狂気に見せて狂気ではない、したたかな計算のもとにこうした行動をとる場面に出くわしたことはありませんか。

     そうしたことに嗅覚の鋭い人間は意識せずにやっているようですが、ナチの場合はそれを政治的な戦術として、大規模に組織的に行っていました。

    「別の精神的雰囲気に生きている人を全てまいらせ、不安にし、神経的錯乱にさらす技術である……ナチスの政治戦術が驚くべき効果をあげた秘密の1つである。」とラウシュニングは伝えています。

     さらにラウシュニングは、「『我が闘争』の中であけすけに種明かしをされているにもかかわらず……今日でも成果をもたらしている」戦術に言及します。

     その第1は有名な、小さなデマ宣伝は信じてもらえなくとも、「大胆な」デマは必ず信じてもらえるのと同様に、「およそ出来そうにないことの方がうまくいく」というもの。

     第2:決して攻撃されてはならない……一気に敵の核心を突くようにし……たちどころに敵の全体を叩くこの戦術で、9.11選挙に勝利したのでしょうね。

     第3:決して議論などに応じてはならない。議論を拒むと相手はいらだつ。議論によって事実を取り消してはならない。「まず、すでに終わってしまった事実が存在しなければならない」議論は敵に委せておけばよい。(去年の衆院解散時、憲法違反の声も聞こえましたが、そんな議論に乗ってはならない、というわけです。勝手に言わせておけ、ということですね。

     そして最後の第4は、

     「市民階級の愚昧と臆病さに対しては何をしても大丈夫」というもので、この考えが、ナチの戦術の中心的、根本的原則ともいえるとラウシュニングは断定しています。

     スリード社の、IQが低くて、「 具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターを支持する層」のB層を思い出します。ただしこの「市民階級」には民主主義諸国も入ります。

     ここまでくると、小泉純一郎という人は、栗本慎一郎氏がいうような分かっていない人ではなく、もしかしたら「したたかな計算のもとに、一挙手一投足を決めているのではないかしら、と思えてきました。これは石原都知事にもいえて、5年前に新首相が決まったとき、「石原慎太郎でなくてよかった。まだ小泉の方がまし」という声も聞こえてきたものです。 

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    ニヒリズムの革命 その2

    エビネ蘭が咲きました。 _063 

    小さな花ですが、群生していますから、結構見応えがあります。(花の写真をクリックしていただいたら、もっと大きくご覧になれます)

     _077

    「ラウシュニングほど思慮ある聡明な人物がなぜまた一時的にせよ、ナチス党とヒットラーの片棒をかつぐようなことをしたのか」という疑問を持つ人は当時からいたようです(作家のトーマス・マンもそのひとり)。

     これに対して彼は率直に自らの誤りを認めています。

     でもそのおかげで、ヒットラーの支配体系をその内側からも見ることができ、他に類のない時代の記録を私たちは読むことができるのです。

     戦前の日本軍部に少なからぬ影響を与えたドイツの軍人でヒットラーとほとんど同時代を生きたルーデンドルフは、多くの点でナチスと共通したものを持っていると、ラウシュニングは指摘しています。

    「両者ともまさしく国民の『憑かれた状態』を要求している。『人間はそれ以外のことを考えてはいけない」とルーデンドルフは言っている。全面戦争(総力戦のことか)を考えることが『人間の唯一の情熱、唯一の喜び、人間の悪徳、人間のスポーツである。一言で言えば、真の憑かれた状態である」

     そして、ルーデンドルフは「戦争」という語を使うが、ナチスの大衆扇動家は」世間に対して「戦争」という語は使わずに、かわりに「民族共同体」「ドイツ魂」という言葉や、「人種」「血」、「名誉」「自由」等の語を使ったといっています。「それらはいずれも『戦争』のことを指している」と喝破しながら。

     たしかに日本の軍部は、総力戦とその体制についてルーデンドルフに多くを学んでいたようですね。

     「八紘一宇」「大東亜共栄圏」から「大和魂」「名誉」などなど、いずれも「戦争」のことを指しているのは間違いないですね。

     でも、今、この時代に、60年前のそうしたきな臭さが、つまり言葉こそ違え、「戦争」を指している語がおおっぴらに語られるようになってしまいました。

     いみじくも、ラウシュニングは次のように述べています。

    「しかしなぜ戦争が問題になるのか。戦争はこの暴力行動主義革命(ナチスの運動のこと)の対外政策的形態である。戦争はそれ自体としてすでに生の秩序づけであり、生の実現である。戦争は生に意味を与えるものであり、最高の規範である。戦争はなによりもこの主義主張のない革命の最高の形態である。」

     なるほどこれが、ナチスのみならず、戦争への道を開こうとする人たち、戦争を肯定する人たちの感覚なのだ、と納得。「戦争」はそれ自体が「生の実現」なのか!

     共謀罪→国民投票法案→憲法改悪→堂々と戦争のできる国、という一連の流れを考えると、共謀罪、国民投票法案、「憲法改正」などの言葉は、ラウシュニング流にいえば、すべて「戦争」を指しているのですね。

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    ニヒリズムの革命

    _005

      鯛釣り草。別名けまん草。釣り気違いの夫にとっては、守護神のような花です。花の数を数えては、今年はたくさん釣れると喜んでおります。



    「聞き流しておけ! 5年もたてば、誰もそんなことは問題にしなくなるさ」


     ヘルマン・ラウシュニングは、その著『ニヒリズムの革命』の前書きで、ナチスが政権を握って間もない頃のドイツ政治のやり方に危惧を表明したさいに、内閣の重要メンバーの一人(非ナチ党員)にそう言われたことを伝えています。


     一時はナチの幹部でもあったラウシュニングが長い間出版を差し控えていたこの本の刊行に踏み切ったのは、ドイツ国防軍のオーストリア侵入を見た後でした。


     彼によると、「ナチスのエリート達は、だれ一人としてナショナリズムを、民族主義を、人種説を本気で信じてはいなかったのだ。」


    「19世紀ヨーロッパの指導理念だった全国民の国家的統一の伝統を受け継ぐように見せたのは、ナチスのただの仮面にすぎず、真実はもっぱらこの理念を利用しただけで、それは、権力の基礎をかため、拡大して、すべてを破壊、解体するための手段であった」(訳者解説より)といいます。


     なんだか、小泉政治に通じますね。靖国参拝にしても、栗本慎一郎さんによると、首相になる前は誘っても乗らなかったといいますし。格別、理念や政策などないに等しく、そのためにワンフレーズ、丸投げ、という結果になるのでしょう。


     でも、「死んでもいい」とたんかを切って、けんかだけは強い、という評判です。権力を保持、拡大することに命を燃やす、ということでしょうか。たしかに、行政改革の結果として、内閣総理大臣の権能は格段に強化されました。


     ナチ・エリートという新しく出現した大衆エリートも、迅速・果敢な行動と冷徹で捨て身の覚悟をもって、従来のエリート達を凌駕していったのです。


     ラウシュニングがナチスの国家運営に疑念を感じ始めた1933年は、同党が伝統的保守勢力と連立政府を樹立したときです。


     その1月30日、ヒットラーを首班とする内閣が成立し、2月27日には有名な国会議事堂炎上事件が起こりました。この事件はもちろんナチスの「やらせ」だったわけですが、ヒトラーは共産党の一斉蜂起の合図だとして同党の弾圧に乗りだします。


     ブレヒトが手術のために入院中の病院を抜け出して国外へ逃れたのも、この議事堂炎上の翌日のことです。


     1月30日のヒトラーの権力掌握をラウシュニングは「連合クー・デター」と表現しています。もちろんこの連合とは、旧来の保守勢力とナチス党の連合のことです。保守勢力は選挙で第一党となったナチスを利用しようとして、その後逆に利用された上で排除されてしまいます。


     9.11選挙のことを誰かが「クー・デターだ」といっていた記憶がありますが、もしかしたら、5年前の4月26日こそ、静かなるクー・デターだったのかもしれません。

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    焦土命令と共謀罪

     1945年3月19日、ドイツ敗北を前にしてヒトラーは「焦土命令」を出し、4月30日に自殺します。


    「焦土命令」とは、「軍用輸送機関、通信手段、施設、産業施設及び補給所と、敵に即刻あるいは近い将来利用される帝国領内の資産は、すべて破壊する。」というものでしたが、暴君として名高いローマ皇帝ネロに因んで「ネロ指令」とも呼ばれています。幸いこれは、軍需大臣シュペーア・アルベルトの命令無視によって阻止されました。


      前年44年の7月のこと、貴族・官僚・軍部上層などの一部支配層がヒトラー暗殺計画を実行に移しますが失敗に終わり、それに処刑と弾圧が続きます。そしてドイツ国内での組織的反ヒトラーの動きは姿を消し、国民は絶望的な戦争に駆り立てられて、最後の一兵卒まで戦い続けることを求められていました。


      対ソ戦の失敗を目の当たりにした42年、ヒトラーは「ドイツ民族に自己保存の覚悟がなければそれでよい。絶滅するだけだ」と語ったといわれます。


     この焦土命令とよく似たものが、1944年2月「非常時宣言」と共に叫ばれた、敗戦を間近にした日本のスローガン、「本土決戦」、「一億玉砕」です。


     独裁者、もしくは独裁政権は、追いつめられると、なぜこうも自暴自棄的破壊行動に出ようとするのでしょうか。


     ナチズムについては、当初ナチス党の幹部として活躍しながらも34年には袂を分かち米国へ亡命したヘルマン・ラウシュニングが、「ニヒリズムの革命」と呼んでいます。ナチス党の正式名称は国家社会主義ドイツ労働者党です。


     もともとファシストたちは、第一次大戦の「伍長」が首相兼大統領になったように、大衆の支持を得て、旧来の支配層を跳び越える形で権力を握ったもので、国民にさらなる安定した生活を約束することでその権力を保持してきました。


     ただしその約束は多くの犠牲の上に成り立っていたわけで、ユダヤ資産や占領国の資産を奪って国民に高い生活水準を約束するだけでなく、中下層市民に対しては戦時税・所得税について優遇措置をとる等、一種の社会公正政策が実施されていました。


     そしてこの政策が