BSE問題、確率をいわれても

_002  メロンパンを初めて作りました……我ながらほれぼれする出来です……美味しい……。メロンパンといっても、チョコメロンパンで、メロンの味はしません。ただし、使った酵母は、この夏に作ったメロンの酵母です。

パンを初めて作ったのは30年前のこと。子供たちに少しでも添加物のない安全なものを食べさせたいと思ったのがその動機。途中長い中休みがありましたが、天然酵母を作り始めた昨年から、また復活。やり始めると止まらないのが私……

 で、8日、日曜日の朝、これほんとうにNHK? と家の者に思わず尋ねてしまったのが、「羅針盤 牛丼危機脱出経営術」。なにしろ数10分の間、牛丼の吉野家のコマーシャルもどき、アメリカ牛輸入のプロパガンダもどきをしていたのですから。

 8月にいろいろ良い番組をしていてくれたNHKに対する気持が、脆くも崩れ去って、呆然としていた、というのは大げさですが、呆れてしまったのは事実です。

 ご存じのようにアメリカ牛輸入停止になって以来経営危機にさらされていた吉野家が、全米の食肉工場の中でも安全に処理していると判断した8社を選んで牛丼が復活した、という話で、もっぱら経営面からみたアメリカ牛の輸入問題でした。

 これだけ議論の多いBSE問題を抱えたアメリカ牛輸入について、いかにも安全ですよ、というメッセージを発するように、吉野家の経営者を登場させて説明していたのには驚きました。

 牛丼食べに云ってる人たちは、これまでの(BSEの原因といわれる異常プリオンについても)食品添加物の感覚でいるのよね、それで少しぐらいなら大丈夫と思っているのじゃない? と私。

 いや、これが庶民の感覚で、庶民の代弁をしているだけじゃないのか、というのは夫。

 BSE問題に関しても、さあ、どちらの意見をとるかはみなさんの自由です、とばかりに、それぞれの専門家がそれぞれ反対のことを言っているわけで、私たちには選択の自由があるといわれても、困ってしまいます。

 中には確率論からいって、変異生クロイツフェルトヤコブ病で日本人の死者が出るのは1万年に1人もいない、という専門家もいるようです。

 これまで100万頭ものBSE感染牛が食べられてきたイギリスでは、2006年6月までに156名の患者が出ているとのこと。

 結局日本人と英国人の牛肉の食べ方の違い等を考慮して、確率が1,000分の1×100分の1、つまり毎年0.00001人の患者が出る、ということになるらしい。ここから1万年に1人の確率で変異性クロイツフェルトヤコブ病にかかるかも知れない、だから気にするな、という結論が出るようです。

 ただ現に日本でも1人、患者が出ています。それで、あと1万年近くは発生する怖れはない、ということにはなりませんし。

 リスクゼロを求める消費者の態度が不合理だといわれても、輸入牛に関して、どうもアメリカではダウナー牛の処理にいろいろ疑惑と問題が生じていることを考えると、信用しろ、という方が無理です。

 

 追記:
 ダウナー牛を農場に埋めているという証言もありますし、アメリカUSDA監査局が、ダウナー牛の食ルート混入を認めた、というニュースもあります。10ヵ月間の調査で、12のと畜場のうちの2つで20頭のダウナー牛を見つけたというのですから、かなりな高率です。 

 

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伝統への思い、そして教育基本法改正案にいう「伝統」とは

 戦争が終わって1年と7ヵ月の1947年3月、
「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」
 と高らかに宣言をして「教育基本法」が制定されました。

教育の目的は、

「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

と第1条に謳うこの法律に、「教え子を再び戦場に送るな」という先生方の意思と、臣民ととして、括弧付き【愛国心】を強制されて戦場に駆り出されていった人たち、送り出していった人々の願いがこめらています。

 

改正法案前文にある「公共の精神を尊び」「伝統を継承し」等の文言が、なぜ新たに加えられなければならなかったのか、そこにどんな意思が働いているのか、つい気になってしまいます。

「公共」「伝統」という言葉そのものについても、読む人にとってまったく考えが異なってきますから、自分の思いで漠然と良いこといってるな、と思っても、具体的なことがらについては正反対だった、ということがありますね。

 先のエントリーで言及した稲田朋美氏のように、良き伝統を後醍醐天皇の親政に求める人もいるわけです。

 私でも、祖先が営々として築き上げてきた伝統を大切にしたいという気持ちは溢れるほど持っています。季節の変わり目、年中行事を家族と共に楽しむのは、今でも大事な我が家の生活スタイル。

 子供たちには日本の味を覚えてもらいたかったから、化学調味流は使わずにおだしをとって育ててきたのは、せめてもの母親の良心でした。

 都市住まいでも郊外に出れば、長い間人々の生活の舞台のひとつでもあった里山が荒れて、竹藪は外へ外へと伸び邦題になってさらに里山を浸食していくのが分かります。

 そんな里山、竹林の整備に山へ入るとき、山の神さまに御神酒をあげて無事に作業が済むように祈るのは、やはり私たちの伝統です。

 お正月には家中の神さまに御神酒とお餅をお供えして、1年の無事を祈りますし、このとき「お雪隠さん」といってトイレの神さまにまで敬意を表するのは、なんだかとてもほほ笑ましくて、思わず顔がほころびます。

 あげていくときりがないほど、今でも少なくなったとはいえ様々なところに伝統のかすかな息吹が、人に強制もなく、ひそやかにに輝いているのを感じ取ることができますね。

 私はそんな日々の生活に息づく伝統を大切にしていきたいと思います。

 

ことさら伝統、伝統と声高に叫ぶのにはちょっとご用心!

 私たちの思いにある伝統と、大声で連呼される伝統とは、似て非なるものかもしれませんよ。

 なんてことを、この改正案を読んで考えてしまったとむ丸です。

 以下の呼びかけが「青空を待ちながら」のkuroi-mazinさんから回ってきました。
C72532faa076686aba5365a7b9d0b40b  
← kuroi-mazinさん。

 ご協力ください。 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆ 以 下 転 載 ☆☆☆☆☆☆☆☆

署名のお願いです。
教育基本法「改正」情報センターが、日本教育学会歴代会長「教育基本法審議に向けての見解と要望」への市民賛同署名を始めました。第1次集約は10月15日です。

署名のご案内はこちらです。ごらんいただくとお分かりいただけますが、これは勉強会に参加された若い方が、どうしても市民向けの署名を集めたい!という思いで始められたものです。その方のメールを下に転載します。(ご本名が出ていますので、私がHNに変更しました。)

署名フォームはこちらです。匿名も選べますので、ぜひご協力をお願いいたします!

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はじめまして。
私は、大学で教育学を学んだ、みちこと申します。
26歳のまだまだ若僧です。
ホームページを拝見させていただき、署名運動へのご協力をお願いしたく、メールいたしました。

安倍内閣が組閣されて、教基法の「改正」を第一課題に掲げています。
この状況で、私は、一市民として、教育学を学んだ者としてもいても立ってもいられない思いでいっぱいです。

先日、日本教育学会歴代会長「教育基本法改正継続審議に向けての見解と要望」に対する教育学研究者の賛同署名が始まりました。
しかし、残念なことに、この賛同署名に参加できるのは、「教育学研究者」に限定されてしまっていました…。

そこで、教育基本法「改正」情報センターは、若者有志と一緒に「見解と要望」に“勝手に賛同する”みんなの署名運動を開始することにしました!

私も若者有志として、分かりやすい解説づくりに奮闘しました。
みんなで手をつないで、「改正」案を廃案に追い込みたい!
この思いで今、若者有志で、一万人の署名を集めて国会を動かそうと呼びかけています。
どうかこの署名活動の呼びかけに賛同をし、協力していただけないでしょうか?
集めた署名は、衆議院教育基本法に関する特別委員会での法案審議が再開される日に合わせて、特別委員会の理事および委員に提出します。

以下が、詳細ののっているホームページアドレスです。
教育基本法「改正」情報センターhttp://www.stop-ner.jp/

●趣旨説明

http://www.stop-ner.jp/061015shomei.pdf

●署名フォーム

http://www.fleic.dyndns.org/cgi-bin/gakkaisando.cgi

どうかこの署名運動のことをとりあげていだだけないでしょうか?
ご協力をお願いします!!
この流れを絶対になんとかして止めたいと思っています!!

教育基本法「改正」情報センター若者有志
みちこ

☆☆☆☆☆☆☆☆ 転載ここまで ☆☆☆☆☆☆☆☆

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こんなのイヤだ! 土下座選挙

 アベ総理大臣、アベ総理大臣と、テレビからもラジオからも、アナウンサーの声が聞こえてきます。ほとんどテレビを見ない私でも、狭い家のこと、ついていれば耳に入ってきます。

 さて、ホトトギスが咲きました。ほんのり紫色の入った、ひそやかで美しい花です。 _089     我が家には園芸種のホトトギスもありますが、つややかさでも品の良さでも、こちらの野生種にはとてもかないません。

_090 
 で、考えたくもないアベソーリがすでに誕生してしまった現実に、違和感どころか不快感がこみ上げてくるのはどうしようもありません。

 さまざまな宗教がらみ金銭がらみヤクザがらみの臭聞が聞こえてくる政権の中枢に座る面々を見ていると、この国はこれからどうなっていくのかと、不安がいっそうつのります。

「あたしたちの前で、土下座したんだからね!」とは、衆院選の際のさる自民党候補者について話す、某宗教会員がわたしにいった言葉。

「土下座」とは言葉もいやですが、行為そのものが、する方にとっても受ける方にとっても問題です。

 知り合いの小学生が受験塾の講師に土下座させられた話しを聞いたときには、する方もする方だけれど、させる方はもっと悪い! と怒ったとき、そちらのお母さんはきょとんとした顔をしていましたっけ。

 子供を育てるというのは本当に手間のかかることで、時には精神的な親子のぶつかり合い・取っ組み合いが必要です。自分のエネルギーをどんどん子供に奪われていく感覚のなかで、それでも我が子と関わらざるを得ないと覚悟する。それを簡単に土下座する・させるの関係にもっていってもらいたくない。

 絶対的権威に服従します、恭順します、と態度で示すのが土下座ですから、これが政治の世界に持ち込まれるのは民主主義じゃない。

 候補者の土下座を目の当たりにしたときの、えもいわれぬ優越感を共有した信者の一体感を想像したら、「敬虔」とはほど遠い世界でしょう。

 いや、そこまでの気持はなくて、もしかしたら、土下座までするとは、かわいそう……と思うのかもしれませんが。

 土下座といえば、昨年の片山さつき氏も記憶に新しいし、今日発売らしき週刊文春には、「新大臣高市早苗の土下座事件」の文字が躍ります。

 wikipediaによると、

 日本の保守系政治家が選挙時に有権者の前で土下座することを侮蔑していた。しかし初めての選挙の時、後援会長に「土下座するのが当たり前」と促され、感極まった弟が土下座をすると、涙ぐむ有権者の万雷の拍手の中、姉弟土下座をした。

 ということらしい。

 候補者にとって、いっときの土下座さえ辛抱すれば、あとはバラ色ですか。

 有権者は土下座で味わう優越感と高揚感と引き換えに、何か、一番大切なものを失っているのでは?

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アベ政権で期待されるものって?

教員評価を厳格化」「カリキュラムを見直す」「“徴農”でニート解決」と、なにやら過激な小見出しの続く、9月4日付の産経web。なんでも、8月29日に開かれたシンポジウム「新政権に何を期待するか?」での発言ということです。

 それぞれ下村博文現官房副長官山谷えり子現内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)稲田朋美衆議院議員のもの。

 前2者の方たちは、文部科学省では頼りにならない、官邸が主導する、駄目な教師は辞めさせて、いい先生の待遇をよくすると、語気荒く喋っているのが伝わってくるような記事でした。

 さらに同記事によると山谷氏は、官邸の教育改革推進会議と八木氏が設立準備室代表を務める「日本教育再生機構」のように、「官邸と国民運動が一緒に教育再生に取り組みたい。教育現場の実態をどんどん官邸に報告してほしい」と語ったそうです。

 ああ、これからは密告とパージの嵐が、教育界で吹き荒れるのでしょうか?! アベ・パージ内閣?

 そして稲田朋美氏の、加藤さんの家焼けちゃいましたね、という発言があったのもこの集会でのことですが、これについて産経webはひと言も触れていません。

 この稲田発言については雑談日記さんも書かれておられますが、私は北海道にお住まいの方のこちらのブログから知りました。

 なんでも稲田氏は、地元福井の新聞で首相の靖国参拝を批判する加藤紘一元幹事長と対談したことを紹介。加藤氏実家が右翼団体幹部に放火された事件について、対談記事が掲載された15日に、先生の家が丸焼けになった、軽い口調で話した」そうです。その上、「約350人の会場は爆笑に包まれた」とのこと。

 ちょっと待って、あなたたち、自分のやってること分かっているの? とまず当惑が先に立ちましたが、確信犯でしょうね。

 デリカシーとモラルの欠けていることは確かですが、何よりも法曹資格を持ち、そのうえ国会議員であるという、2重の責を負うものが、違法行為の被害者を嘲笑するかのようなこうした行為を率先してやることが許されるのでしょうか。

 人の不幸に溜飲を下げる「選良」とその支持者たち。このあまりの露骨さに、腹の立つ前に唖然としてしまう……こうした猛々しさに比べ、どうも良識派はお行儀が良すぎるのかな?

 氏はHPで「伝統と創造」という言葉を使って政治理念を述べていますが、なんだかよく分かりません。一部引用しますと、

「明治維新は700年前の天皇親政を取り戻しながら、近代化を推し進めた、ここに明治維新の特徴があったわけです。だからこそ日本は困難な時代において、アジアで唯一欧米に植民化されることなく、日清、日露の戦争に勝ち、近代国家へと生まれ変わることができたのです。私は、日本再建のキーワードとして「伝統と創造」を掲げ、日本のよき伝統を守りながら創造を続けることで真の改革を実現したいと思っています」。

 700年前の天皇親政とは、たぶん後醍醐天皇の建武の新政を指すと思われます。

 彼女の言う伝統とは、この「建武の新政」のことなのでしょう。

 そしてこの建武の新政の体制に戻って近代化を成し遂げた明治という時代を、どうも「伝統と創造」の時代として、構造改革のお手本とする、という主張のようです。理念を見る限りでは、どうも「天皇親政」の教えで純粋培養された感じです。

 どう考えても、天皇親政と構造改革が結びつきません。天皇親政という体制そのものが構造改革の目的というのでしょうか。幕藩体制が天皇親政体制に変わる。これも一種の構造改革として、それによって初めて近代化が可能となった、と考えるのでしょうか。

 うーん、分かりません。

 それに、明治と現代の間がスポッと抜け落ちているのは、なぜ?

「この頃都にはやるもの、夜討ち 強盗……」と始まる二条河原の落首にうたわれた時代が、そんなにいいと思っているのかしら。

この人にとって、後醍醐天皇親政の時代が理想の時代

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東京都教育委員会への緊急要請署名へのお願い

 ハムニダさんを介して、kuronekoさんの呼びかけを知りました。

 賛同署名の期限は10月3日(火)22時です。「強制する・されるのはイヤだ」という考えに賛同いただける方はぜひご署名お願いいたします。

********** 引用開始 **********

東京都教育委員会に対する緊急要請への賛同のお願い

突然のお願いをさせていただきます。私たちはこのたび、東京都教育委員会に対し、後掲のような緊急要請を行うことにしました。この要請にご賛同いただける方は、お名前、所属を添えて、次のいずれかへE・メールでお知らせ下さるよう、お願いいた
します。賛同署名の期限は10月3日(火)22時とさせていただきます。

  

shomei@zendaikyo.or.jp

 

kinkyushomei@yahoo.co.jp

呼びかけ人
石田米子(岡山大学名誉教授)、大西 広(全国大学高専教職員組合委員長)、勝野正章(東京大学教員)、小森陽一(東京大学教員)、近藤義臣(群馬大学教 員)、斎藤貴男(ジャーナリスト)、酒井はるみ(茨城大学教員)、志水紀代子(追手門学院大学教員)、醍醐 聰(東京大学教員)、俵 義文(子どもと教科 書全国ネット21事務局長)、浪本勝年(立正大学教員)、成嶋隆(新潟大学教員)、早川弘道(早稲田大学教員)、堀尾輝久(東京大学名誉教授)

2006年10月●日

東京都教育委員会 御中  

東京地裁判決(9月21日)を踏まえた緊急の要請書

 東京地方裁判所(難波孝一裁判長)は、2006年9月21日、東京都立高校などの教職員らが、東京都教育委員会を相手取った訴訟で、国旗掲揚の際の起立 や国歌斉唱の義務がないことを認め、東京都教育委員会の通達や校長の命令に従わなかったことを理由に教職員を懲戒処分をしてはならない、という主旨の判決 を言い渡しました。
 この判決は、憲法第19条と教育基本法第10条に基づく、二つの重要な法的判断を行っています。
 一つは憲法19条に基づく判断で、判決は、「起立したくない教職員、斉唱したくない教職員、ピアノ伴奏したくない教職員に対し、懲戒処分をしてまで起立 させ、斉唱させることは、いわば少数者の思想良心の自由を侵害し、行過ぎた措置である」と判示しました。つまり、東京都教育委員会の「10.23通達」と それに基づく校長による職務命令、そして懲戒処分という、行政が行なってきた一連の行為は、思想・良心の自由を保障した憲法19条に違反すると明確に判断 したわけです。

 もう一つは、教育基本法第10条に基づく判断です。判決は、国旗・国歌は国民に対し強制するのではなく、自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の趣旨であると判断しました。そのうえで判決は、最高裁学力テスト判決で示された
憲法・教育基本法解釈に従って、「10.23通達」に始まる東京都教育行政による、逸脱を許さない国旗・国歌強制施策は教育基本法10条に違反する(不当な支配」に該当する)と認定しました。
 ところが、東京都と都教育委員会は9月29日、この東京地裁判決の受け入れを拒み、東京高裁に控訴しました。これに先立ち、石原慎太郎東京都知事は9月 22日の記者会見で、「当然控訴します」と開き直り、控訴の理由として、「通達に従って、指導要領で指示されていることを先生が行わない限り、それは義務 を怠ったことになるから」「処分を受けて当たり前」と発言しました。
 しかし、判決はそもそも東京都教育委員会の通達も、それに基づく校長の職務命令も違憲・違法と判断したわけですから、教職員にはそれらに従う義務がないことは明らかです。この意味で石原都知事の発言は完全に論理破綻をしています。私たちは東
京都と都教育委員会がこのように正当な理由を示せないまま行った控訴に抗議し、すみやかに東京地裁判決に従うよう、強く求めるものです。
以上のことをふまえ、私たちは東京都教育委員会に対し次の3点を要請します。

1)今回の東京地裁判決に基づき、「10・23通達」をはじめ、国旗・国歌強制をめぐ
る、すべての通達とそれに基づくすべての職務命令をただちに撤回すること。
2)前記の諸通達と職務命令に違反したとしてなされた、すべての懲戒処分を取り消すこと。
3)今回の東京地裁判決の重みを真摯に受け止め、教員の思想・良心の自由を保障し、児童・生徒とともにのびのび学べる教育環境づくりを進めること。

以 上

********** 引用終わり **********

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竹中経済政策の見返り疑惑について、もう一つの警告

 前回エントリー「キックバックは竹中氏2兆円、コイズミ氏1兆円!」の記事内容がブログ界を駆けめぐったようで、過疎ブログを管理する私には、やけにとまどうことの多い週末でした。

 その際にいただいたコメント・TBの中にも様々なものがあり、大半は衝撃的な内容に驚くものでしたが、中にはITS communityさんのように、「米国がらみの情報は第一弾に注意せよ! ……郵貯資金での米国債購入のほんとうの意味でのおそろしさ!!……」という、アメリカが仕掛ける2重3重の罠に注意を促すものがありました。

 前回記事の情報源となった藤原直哉さんの話についての検証は私の能力をはるかに超えていて、とても自分が裁断を下せるものではありません。

 ただ、コイズミ・竹中ラインのいかがわしさ、限りなく黒に近い疑惑の存在が推測されるだけです。(それにしても、竹中氏の証人喚問とか、何とかならないものでしょうか)。

 最後の最後まで執拗にコイズミ氏がアベ氏を首相に推していたこと、突然の竹中氏の辞職、政府専用機を駆ってコイズミ氏の、まるで外交を私物化したかのような、一見外交に思わせる私的匂いの強い東へ西への卒業旅行の敢行、一族の期待を背負って祖父の汚名を晴らすべく首相の座に就いたアベ氏の政治の私物化等々、私たちの政治不信を呼ぶ闇と腐敗。

 まったく金と権力に寄ってくる浅ましさをこうも見せつけられて、暗澹とした気持になります。

 

だいたい、美しい」とか「優しい」とかいう、有無をいわさずに価値観を押しつけるような言葉を声高に主張する人こそ、ほんらいの美しさや優しさとは縁遠いことに注意しましょう。

 

ITS communityさんの記事は、前回の私のエントリー「キックバックは竹中氏2兆円、コイズミ氏1兆円!」を考える際のひとつの参考にもなると思います。

以下に一部ですが抜粋させていただきました。

 

では、「200兆円もの資金が米国債購入に充当」という情報は、何をカモフラージュするものなのか!?答えは簡単である。つまり郵政公社が民営化される事 により、日本の国債の価値が下がるという事の危険性を隠蔽し、一般市民に気づかせない為である!!日本の国債を買い支えているのは、他でもない日本郵政公 社なのである!日本の国債の価値が下がれば、郵政公社は勿論の事、日本の多くの金融機関は破綻の危険を生じるという、米国にとっては願ってもない状況にな るのだ!後は【ハゲタカファンド】が本領を発揮するだけである・・・。実は小泉・竹中政策=自民党が、金融ビックバンのどさくさにまぎれて【預金のペイオ フ制度】に異常な執着を見せたのは、米系ファンド・金融機関が日本の金融機関を買収する際にコストがかからない様にする為だったのである!

 (引用終わり)

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キックバックは竹中氏2兆円、コイズミ氏1兆円!

 

藤原直哉のインターネット放送局で、9月26日、「小泉政権の後始末」で衝撃的な話が出ていました。一度聴かれてみてください。

郵貯340兆円のうち、すでにゴールドマンサックスの仲介で200兆が30年満期の米国債に充当されている。

 そのうち手数料3兆円分の米国債がキックバックされ、2兆円分が竹中氏に、1兆円分がコイズミ氏に渡っている。

 このことがリークされて、4月に竹中氏が検察の事情聴取を受けたが、以前から月に1回勉強会をしているCIAから表に出すなといわれて、10億円渡されて検察側の捜査はストップ。

 

竹中氏はスタンフォード大学の客員教授として渡米し、終生帰国しない。

 

 竹中氏の下で動き、国民の財産を横流ししていたものたちの腐敗もこれからどんどん暴かれていくだろう。

 また先日の東京地裁の「国歌・国旗強制」違憲・違法判決についても、今世界は思想信条を締め付けるのに疲れてきた。これからしばらくは思想の混沌した状況が続くだろう。

 等々と語られています。

 竹中氏辞任の背景にはこうしたことがあったのか。

 それにしても、前首相の方はなぜ半分なのでしょう? エアーフォースワンに乗ってプレスリー邸に行ったこととか、次男坊をアメリカ一流のシンクタンクに入れた分が差し引かれたのでしょうか?

 
 

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植草氏の洞察、コイズミ-竹中ラインの裏切り

 今日28日のゲンダイネットで、アベ新内閣がつくられたのは、5年半続いたコイズミ-竹中コンビを守るためではないか、つまり市場原理主義のツケやウミがどっとでてきたのを隠すためにつくられたのではないか、といわれています。

 そういえば、「神州の泉」さんが気になることを言ってました。

 小泉政権のしたことは、「これまで日本の政治を支配してきた急田中派の建設・運輸関連と郵政関連の利権を破壊し、それを小泉氏自身の出身母体となっている財務・金融利権へと塗り替えただけのものに過ぎない」 

 また、

小泉政権は、国会議員と、外資系ファンド(アメリカ金融資本)と、竹中に協力した一部民間人を含む政権協力者たちのトライアングルが構成されていた」ということに言及しているのです。このトライアングルに、巨大なインサイダー取引」という「国家的規模の経済犯罪」があったのではないか、と問題提起されています。

 これを植草氏が掴んでいたのではないか、というわけです。

「 植草氏のリポートで最も重大なポイントは……りそな銀行に絡む、金融危機不安の演出による株価暴落と新自由主義経済政策の根幹的精神である小泉お得意の「自己責任論」を放棄してまでも政府資金でりそな銀行を救った、その一連の動きの中にあるのかもしれない」。

 つまり、

「政府が金融不安を恣意的に煽ることによって、株価を一気に下落させ、それが底値であることを「知っている」何者かが、底値買いを行い、竹中がりそなの救済に政府資金を供与して、株価が再び上昇した転じた頃合を見計らって売り抜け、またはその後の株価上昇を睨んで保持し、膨大な儲けを手にした、あるいはこれから手にする可能性があるのだ。ここで外資が動いていたと植草氏は指摘する」。

「植草氏はそれを調べるために当時の関係者から事情聴取を行う必要を説いている」。

 竹中氏の議員辞職もこの線から考えられそうです。

 すごいですねえ……これが事実だとしたら、私たちは怒りをどこにぶつけたらいいのでしょうか。

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緊急署名のお願い

 9月23日付の毎日新聞によると、「東京都教育庁は22日、入学式や卒業式での国旗・国歌の強制を違憲とした東京地裁判決(21日)を受け、都内 で都立学校の校長を対象にした臨時校長連絡会を開いた。都立高校や盲・ろう・養護学校の校長251人が出席し、同庁は、日の丸と君が代の指導について、今 後も従来通りの方針で臨むことを説明した」そうです。

 
さらに石原都知事は、「子供たちの規律を取り戻すために、ある種の統一行動は必要。その一つが国歌、国旗に対する敬意だ」と指摘し た。さらに「(学習)指導要領でやりなさいといわれていることを教師が行わない限り、義務を怠ったことになるから、注意、処分を受けるのは当たり前」と語 り、指導徹底を打ち出した03年10月23日の都教委通達の意義を強調した」とも書かれています。

 うーん、なぜこうも、強権で抑えつけて、自分の考えを押しつけるのが好きなんでしょうか。

 80年代になるかならないころ、北九州市の高校の卒業式で、音楽教諭が君が代をアレンジして伴奏したことが大問題になったことを思い出します。

 あのとき、問題の演奏を聴いてみましたが、とてもすてきなアレンジでしたよ。あのレコードはいまどこに? 見つけることがあったら、是非聴いてみてくださいね。

 0004l こうも国歌・国旗を強制すると、天皇・皇后の写真を安置した奉安殿が戦時中の学校におかれ、子供たちは登下校の際、最敬礼。セレモニーでは、咳ひとつ、クSenseki6 シャミひとつ、まして鼻をすすることも許されず、ひたすら直立不動で教育勅語を聞かされていたことを思い出します。

 
 緊急署名の要請の呼びかけが華氏451度さんから送られてきました。

 国歌・国旗を強制するのはおかしいと思う方、強制しなかったら両方とも結構好きなのに、なんて思う方、ぜひご協力ください。
 

 締め切りが明日9月28日(木曜)正午!!です。

<都教委への緊急要請賛同署名のお願い>

賛同署名の集約先→youseishomei@yahoo.co.jp

21日の東京地裁判決、原告・弁護団・支援者の皆さんのがんばりが生んだ勝利だったと思います。しかし、都知事や教育長は間髪をいれずに「控訴す る」と明言し、マスコミもそれを大きく流すような傾向が生じています。ここは、世論が都・都教委を包囲していること、東京地裁の判決がきわめて当然のもの であることを広く示していかなくてはなりません。今週中に、私たち市民の声を届けたく、下のような要請書を用意しました。賛同署名をつけて都教委に提出し たいと考えています。この要請書にご賛同いただき、ご署名をいただければ幸いです。ご賛同いただけます場合は下記のアドレスまで、下記3行をコピー貼り付 けして必要事項を記入返信ください。
(機械的に読み取りますので、このままコピー貼り付けしてください)

1氏名:         

2ふりがな:

3肩書き:

送り先⇒  youseishomei@yahoo.co.jp

(注/肩書きは職業でも居住市区でもOK。なくてもかまわない、とのこと) 

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死刑廃止演説から考える――まとめ

 「ムシュウ・ド・パリ」とはパリの首切り役人の別名だと聞いたら、今でも多い、花の都パリに憧れる人たちは驚くだろうか。

 自らは、「有罪判決執行者」と称したが、世間はブロー・ド・パリ(パリの処刑人)として怖れ蔑んだ

 ギロチンが登場するまで処刑方法も様々で、犯罪の種類、罪人の社会的地位によって変わった。笞刑や切除刑も処刑人がとり行い、また拷問も刑罰の1つとして認められていた。

 ムシュウ・ド・パリをはじめとして各地にそれぞれいた処刑人は世襲ではなかったが、処刑人の家族に生まれたら、他の職業を選ぶのは非常に難しいのが実情だった。

 7代続くムシュウ・ド・パリの家系サンソンの初代は端整な顔立ちの王の兵士だったが、運命のいたずらか、たまたま処刑人の娘に恋をして連隊を追われ、助手を務めた後に義父の跡を継いだ。助手として初めて罪人に笞刑を加えるよう命じられたとき、「気絶し……群衆の嘲笑を浴びた」と公式記録に書かれている(そうだ)。

 が同時にサンソン家の人々は、仕事柄接する死体をもとに外科学・薬学の本を求めて骨や筋肉や関節の接合状態を研究し、腕の良い医者として金持ちからは高い治療費を取り、貧乏人は無料で診療した。そうしたことは、己の職業に対する嫌悪感・罪悪感を薄める手だてのひとつにもなっただろう。

 規則正しく敬虔な日々を送り、自分の務めを神の御心として受けいれ、王の名の下に正義を実行し、祖国と同胞を守る尊敬すべき職業であると自ら考えることで、どうにか心の均衡を保つのだ。

 一方処刑そのものは当時において大きな娯楽そのものであり、注目される罪人の場合は、処刑台のおかれている広場・付近の道路のみならず、そこに面した窓という窓から果ては屋根まで、人がいっぱいだったという。

 罪人が処刑台に上ると拍手喝采をし、処刑が行われている間、街頭の売り子たちは犠牲者の似顔絵にその犯罪物語のパンフレットを添えて、売って廻った。 

 国王の暗殺を試みた男の処刑のときには、ムシュウ・ド・パリはぐでんぐでんに酔っぱらい、酒で勇気を奮い立てようとした。これを手伝う叔父であるランスの処刑人は、ガクガク震えながら犠牲者の悲鳴に懸命に耳を塞いで刑を執行。苦悶の絶叫の中で仕事を終えた彼は、この出来事から2度と立ち上がることができなかった。

 すさまじい光景を4時間(なんとひとりの罪人にこれだけの時間をかけて、残虐極まりない刑が与えられたのだ)にわたって眺めたものの中には、かのカサノヴァも、また彼と同席した貴婦人3人に1人の若い紳士もいた。

 パリの高等法院が下した信じられないほど残忍な処刑方法は、犯罪者のみならず処刑人まで再起不能になるほど痛めつけることになる。

 こうして貴婦人を初めとして血を好んだ民衆が、処刑を大いに楽しみながらも、それを執行するブロー・ド・パリとその助手たちを毛嫌いし、目に触れることさえ嫌がったという矛盾

 人は、血に飢えた心性の卑しさを心のどこかで感じているからこそ、処刑人を汚らわしい、自分たちとは異なる世界の住人としてとらえて安心できたのかもしれないが。

 死刑に際し、誰にも平等にギロチンを用いるようになったのが、革命期の1792年のこと。1870年には唯一ムシュウ・ド・パリを除いて全ての処刑人が廃止され、最後に公衆の前で処刑が行われたのは1939年6月、ベルサイユの裁判所前でのことだった。

「裁判所を見下ろす部屋という部屋、バルコニーというバルコニー、窓という窓は、この見もののために賃貸されていた」。

 これはフランスのあらゆる新聞に掲載されて非常な反響を呼び、以後公開処刑を禁止する法令が発せられることになった。

 1952年までには、世界で21カ国が死刑を廃止していた。

 フランスは1953年から66年にかけて22回ギロチンを使い、その都度是非論がおこり、討論が闘われた。またこれとは別にアルジェリア戦争のあいだには、国家の安全に関する理由等で処刑されるものも多かった。

 その後もフランスは、1981年に廃止するまで何度か断頭台へ犯罪者を送った。

  死刑廃止は欧州連合のメンバーになるための条件でもある。

 現在、 法律上、事実上の死刑廃止国の合計は129カ国。存置国は68カ国

 といったことをママさんはみんなに話した。

 最後に、

「まるで芝居を見るように処刑を楽しんだ人たちのおぞましさ、握手を求められても応じず、己の汚れた手でけっして一般の人たちに触れることがなかった処刑人の罪悪感。このどちらも、私たちには耐えられません。

 私たちの心のありようは、100年や200年前に生きた人たちとは異なっていますし、死刑も人の目の届かないところで行われています。血を見て激昂する民衆のぞっとするような姿はありません。

 自ら手を下さない裁定に示された人間の残酷さは、今、薄められてはいますが、なくなったわけではありません。私たちはこれを克服する必要があるのではないでしょうか」と語った。


 なお、玲奈ちゃんの知らせにあったフランス最後の公開処刑の写真について。

 写真で見る限り、見物人が意外と少ないと思われるかも知れませんが、あまりの評判に、早朝に行われる処刑に備えて真夜中以後、警官、民兵、警視庁の刑事などからなる特別警護団が、裁判所と監獄に通じる諸街路を遮断。多数の客が陣取っていた近くのカフェからの眺望は、真ん前に駐車された大きなトラックに遮られていたということです。

 一般的に、時代が下るにつれて処刑の場所は町の中心から外れに、時間も昼間から早朝にと変わっていきましたが、この最後の公開場所はベルサイユの裁判所前、6月17日の朝、5時直前のことでした。

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