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排泄作用としての詭弁術

_295  華氏451度さんが『断腸亭日乗』をとりあげて、永井荷風が、戦時中の時局に_296 迎合した記事論説のことを人間の美徳や善行を意味する言葉はその本質を失ってしまい、代用語に成り下がった」と皮肉たっぷりに書いていることにふれられています。

 (写真はあじさいの代用品というわけでもありませんが、ドライ・あじさい)

 そういえば、戦時中の写真や資料をちょっとでも見れば、「代用品」がやたらと多いのに目がいきます。

 梅本忠男写真集にも、1943年頃に撮られた、デパートの売り場と思しき優良代用品売り場という写真があります。アルミの鍋の代用品に、陶磁器製の鍋が売られていたのでしょうか。

 ほぼ日刊イトイ新聞」によると、「優良代用品選定委員会」いう公的な機関まで設置され、国の政策として代用品作りが奨励されていたということです。

 Toki_dobin 南部鉄を模した陶器の土瓶、

 Gas ガスバーナー、

Konsent コンセントあたりまでは分かりますが、

Toki_shuryudan  手榴弾まで陶器製の代用品とは。

 

 精巧に作られた土瓶を見ると、贅沢を禁止された江戸期の商人たちが、羽織の裏などに手間暇かけさせたのを思い出します。

 陶磁器ばかりでなく、竹や紙、木が利用されていて、紙製の洗面器まであったようです。

 こうした金物不足のための代用品に対して荷風のいう「代用語」は、すり替えに使った、本来の内容を失っているもの、空疎な言葉を指しています。

 それだけで良いもの、価値あるものを示すような語が、有無をいわせず価値を押しつけるように、代用語に使われますね。

 これを多用したというか、弄したのが小泉ジュンイチロウ氏。彼の使った弁そのものが、代用弁、とでもいいたくなるような代物でしたね。

「排泄作用としての詭弁術」なんてタイトルを考えた私ですが、それほどジュンイチロウ氏の話には「論」も「誠」も感じられませんでした。ただ、彼 なりの方法で消化された、口から吐かれる排泄作用の結果としての語の連なりでした。思索も技もあったものじゃない、ということだけが感じられました。

  Photo_2ロンドンのフロイトミュージアムには、フロイトが唱えた発達理論に示される発達時期のひとつ、肛門期に因んだオブジェが大きなテーブルにも、書斎の小テーブルの上9にも、いっぱいに飾ってあります。

1

(2枚の写真をクリックしてうんざりした方は、3枚目の写真で玄関から出て、外の空気を思い切り吸収してください。初冬の冷気で、頭もすっきりするかもしれません。)

「美しい」とか「優しい」とか「あたたかい」とか、言葉だけ聞いたら、真面目な私たちは何もいえなくなってしまいます。

 シンゾー氏の「美しい国へ」に続いて、先日のニュースでチラッと見た、アソー氏が政権構想か何かでいったという、「小さくとも強い政府、温かい政府」という言葉も同じ流れですね。

 これを聞いたとき、子供が通っていた幼稚園の標語が「強い子よい子明るい子」だったのを思い出しました。

 試しに子供に尋ねてみました。強い子よい子明るい子ってどんな子?

犬とけんかしても負けない子」で「電気みたいに明るい子じゃない?」というのがその答え。よい子について何と答えたか、忘れてしまいました。もしかしたら、お母さんのいうことをよくきく子、だったかもしれません。

 まさか、強い政府が犬と喧嘩しても負けない政府で、温かい政府が電気のように温かいとか、そんなこととは思われませんから、もっと丁寧に、何がおっしゃりたいのか、誠実に対応していただきたい、と思った次第です。

 くだらない連想の書き連ねでした。m(_ _)m

 

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