テポドンより怖い純潔キャンディ
ユルマズ・ギュネイ監督の『路』という映画をご存じでしょうか。
軍事政権下のトルコで、監督が獄中から指揮して製作したという、1982年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得した作品です。
滅多に映画を見ない私が、衝撃を受けた作品のひとつです。
物語は、マルマラ海に浮かぶ監獄の島を、5人の男が、たった5日の間だけ仮出所するところから始まります。
私の胸に今も焼き付いているのは、この5人の男たちよりも、ふたりの妻の姿です。
「お前の兄を死なせたのは私に責任がある」と妻に真実を告白した男は、復讐を怖れて、妻子を連れて列車で逃げます。このとき、 身体を求め合うふたりはトイレに隠れるのですが、これを、他の乗客たちは見逃しませんでした。この時の衆人の目の怖さ!
その結果、列車という公共の場できわめて私的なことを試みようとしたふたりは、乗客たちから袋だたきに遭います。
ふたりの行為が当時のトルコ社会の慣習に反したものか、それとも法に抵触するものだったのか、またその情況が現在も変わっていないのか、私にはまったくわかりません。しかしもうひとつのエピソードを見ることで、この社会の不条理が私たちの眼前に提示されて、愕然とさえします。
夫が入獄中、生活に困った妻は売春をし、それを知った親族の手で実家に戻され、パンと水だけを与えられて、8ヶ月の間、鎖に繋がれていました。それだけではありません。久しぶりに妻と再会した夫は、家名を汚した己の妻を自らの手で殺さなければならなかったのです。そして身体の弱りきった妻を極寒の雪山越えに連れ出します。
映画は、そんな妻が経験したであろう、都会の売春街をも映し出します。
実際に仮出所を経験した囚人たちに、獄にある監督自身が5日間の記録を書いてきてほしいと頼み、そのメモから選ばれた話しが再構成されて、脚本ができたということです。
今でもトルコという国の政治と社会に大きな影を投げかけるものに「クルド問題」があります。この問題が、トルコばかりかイラクにも存在していたことは、あの米軍のイラク侵攻と占領で知りましたが、兄が殺され、刑務所には戻らずにゲリラとなるクルド人の男の話も出てきました。
が、何といっても私に衝撃を与えたのは、先の2人の女性です。2人の運命です。
トイレに入っていく夫婦を目で追う乗客たちの、眉1つ動かさぬ無感動な表情、それでいて沈鬱で賤しい、咎めるような目つき。
そしてこれとはまったく逆の、都会の喧噪にあふれる売春街。ショーウィンドウのような所にさらされる女の体。
この相反した光景が、1つの価値観の下に、同一の社会に存在している。
いいようのないやりきれなさに襲われます。
なぜこんな話を思い出したのかというと、「純潔教育」を叫ぶ統一協会が、「純潔キャンディー」なるものを、韓国の小中高等学校、幼稚園、保育園にまで無差別に配布しているとハムニダさんが話されていたからです。
また同時に、合同結婚式祝電事件に登場し、文鮮明教祖から金正日総書記との仲まで噂されている安倍官房長官の話しだけではなく、自民の女性先生方の、 「行き過ぎたジェンダーフリーと過激な性教育がキイキイ」という姿勢が気になっていたからです。
「純潔キャンディーは、統一協会の救援儀式である合同結婚式を行う際に文鮮明の血統を継ぐための聖酒式に使われる聖酒を入れて作られ」ているらしい。
ということは、子どもが知らずに食べてしまったら、真の家庭運動本部、純潔運動本部という名前の統一協会の組織は、知らぬ間にその子を合同結婚式に参加したものとみなすのでしょうか。
ロシア寄りの日本海に落ちたテポドンよりも、私はこの純潔キャンディーの方が怖い。
「純潔」を標榜する社会の裏にみえる欺瞞の方が、もっと怖い。
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コメント
あの「聖酒」って,文鮮明のザーメンが入ってるとか。時々私のブログに嫌がらせで入って来る,ハードコアポルノの url みたいなもんですな。(^^;)
それはさておき,トルコというのは非常に微妙な土地柄です。国民のほとんどはスンナ派ムスリムだけど,ヨーロッパとの接点ということで戒律にはあまりうるさくはない。戦後は大不況に見舞われて(これが恐らく映画の売春問題と関わっているのでしょう),大量の移民が西ドイツへと流れ,外国人労働者問題を引き起こしました。当然そこには,ドイツ国内におけるキリスト教とイスラム教との摩擦も起こり,ムスリムであるトルコ人たちは常にドイツ社会の最底辺へ追いやられている訳です。
# 先日広島地裁で無期懲役が確定したペルー人がなぜ日系人を騙っていたかも同様の構造にあります。8月にNHK第2放送でポルトガル講座がありますから,書店でテキストだけでも眼を通されると良いかも……。
北朝鮮問題も実は底辺には戦前の朝鮮半島侵略と朝鮮人差別が絡んでいます。独島問題以外で表だって韓国の悪口を言えない今,ねじれた形で北朝鮮への差別意識が表面化しているだけだと私は思うのです。
# 北朝鮮は手持ちのミサイルを全部射ってしまう気じゃないかな。台風3号が北朝鮮を直撃しそうだからです。
投稿: kaetzchen | 2006年7月 6日 (木) 16時04分
アンチ・ジェンダーフリーの皆さんって、本質は相当「ヤラシイ」のでしょうね。誰だったか忘れましたがアダルトの監督さんが、ポルノ解禁したらわれわれの商売は上がったり。隠すから性が商売になる、あっけらかんとしちゃったらだめでしょうね、なんてインタビューで答えてました。
結局そういう「ヤラシイ」政治家が、合同結婚式をやる統一教会に祝電を送るのでしょうねぇ。
投稿: luxemburg | 2006年7月 6日 (木) 18時46分
kaetzchenさん、luxemburgさん、こんばんわ。
トルコの人たちは、第一次世界大戦時からのつき合いで、ドイツに出稼ぎに行くのでしょうかね。近現代トルコについては、3B政策とケマル・アタチェルクの名前くらいしか知らなかった私には、本当にこの映画にはびっくりしました。
ユルマズ・ギュネイ監督は47歳の若さで死去されたようです。刑務所の中から監督するなんてできるのかしら? と疑問に思っていましたが、右翼に命を狙われる心配もなく、かえって塀の中の方がよかったような話です。なんだか昨今の日本の状況を考えると、身につまされる話しですよね。
「ヤラシイ」といえば、私が小学生の時、横浜から神戸に父の転勤で移り、その時初めて「ヤラシイ」という言葉を知りました。そんな言葉も知らない、ほんとに純真な子どもだったので、級友の話しが通じませんでした。(^o^)
関東にこの言葉が進出したのはいつ頃なんでしょうね。
投稿: とむ丸 | 2006年7月 6日 (木) 19時31分
トルコってやっぱり理想化するような国柄じゃないし、第一次大戦後のアルメニア人大虐殺に見られるように、それがヒッラーのユダヤ人政策にヒントを与えてしまったと言うような歴史的事実や、ついこの前までのクルド人抑圧なるものを見てみると、やはりオスマントルコ大帝国の残滓かなとも思えますね。で・・
> この相反した光景が、1つの価値観の下に、同一の社会に存在している。
こういう国柄ではあたりまえの風景ですね。わが国でも昭和30年代ではあたりまえでしたでせう?
つまり顕教と密教ですね。
投稿: 弥助 | 2006年7月 6日 (木) 19時31分
えっ、弥助さん、
なぜ、「顕教と密教」が出てきたのですか?
それに、理想化するような国云々とは、また唐突な。
>こういう国柄ではあたりまえの風景ですね。わが国でも昭和30年代ではあたりまえでしたでせう?
という言葉でおっしゃりたい意味が、よく分かりません。
売春禁止法が公布されたのは昭和31年のこと。昭和30年代に子ども時代を過ごした私にとって、ちっとも当たり前のことではありませんでした。
投稿: とむ丸 | 2006年7月 6日 (木) 19時46分
とむ丸さん、こんばんは。
顕教と密教と言ったのはこういう事です。
少し前の日本ですが、凶作と言うのがありました。特に東北地方では深刻で人々が飢えて何人も死んだようです。顕教とはこの場合テレビドラマで有名になった「おしん」みたいな方向を示すことです。でも多くの場合、事実はそうではなく、親たちは娘を女郎屋に何がしかの金で売り飛ばしました。これが密教です。
なるほど、本だとか映画だとかパブリックなものに密教は出せません。このトルコ映画を見たわけではないので断定できませんが、監督は、列車の人々に対してこの密教の存在を暗示させたのではないでしょうか。
確かに日本では、娘たちは殺されはしないけど、永遠に家には帰れなかったと思います。状況は同じです。
かつてそういう時代が、日本にもトルコにもあったということです。モンゴルにあったかどうかはしりませんが。
投稿: 弥助 | 2006年7月 6日 (木) 20時50分
顕教と密教、弥助さん独自の解釈のようですけれど、なんだかあまり良い使い方ではないと思います。まず、一般には受け容れがたいのでは? どこでそうした考えを思いつかれましたか?
投稿: とむ丸 | 2006年7月 6日 (木) 21時02分
>どこでそうした考えを思いつかれましたか?
どこでといわれても答えに窮しますが、本当の「仏教」におけるその意味は実はわかりません。
思いついたのは、伊藤博文が作った「明治憲法」の天皇の位置づけが、密教=本音=天皇機関説、顕教=建前=現人神、という使い分けでしょうか。
投稿: 弥助 | 2006年7月 6日 (木) 21時24分
またまた質問で恐縮ですが、
その天皇の位置づけ(密教=本音=天皇機関説、顕教=建前=現人神)は、どなたがどこでされたものでしょうか?
私は、この2つの等式について、どれもイコールは成り立たないと思いますが。
投稿: とむ丸 | 2006年7月 6日 (木) 21時34分
>どなたがどこでされたものでしょうか?
歴史学者の、遠山茂樹氏か井上清氏だったと思います。
書名は思い出せません。
なにしろ遠い記憶です。
投稿: 弥助 | 2006年7月 6日 (木) 21時55分
すごく共感しながら読みました。コメント書こうかと思ったのですが長くなったので私の方にエントリーとして立てました。
っていうか、今日は女性ブロガーの記事にけっこう元気づけられた一日でした。
投稿: 朱夏 | 2006年7月 6日 (木) 22時18分
遠山茂樹も井上清も,弥助さんのような話は一度もされてなかったと思いますよ。私は理科系人間ですので,国史学は専門ではありませんけど,少なくともラテン語で科学史はちゃんと齧っておりますので,遠山氏や井上氏の主立った文献はほとんど読んでいるつもりです。
恐らく,何かの勘違いではないでしょうか。
投稿: kaetzchen | 2006年7月 6日 (木) 22時23分
話を19時半のとむ丸さん発言に戻すと,
「トルコの人たちは、第一次世界大戦時からのつき合いで、ドイツに出稼ぎに行くのでしょうかね。」
はい,文庫クセジュの 586番に『トルコ史』という概略がありますので,古本屋か図書館で求められるとよろしいかと思います。
ユルマズ・ギュネイ監督は今で言うシーア派過激派に命を狙われていたそうです。右翼と言ってもただの右翼ではありません。元々,左翼とか右翼という枠組み自体,近代ヨーロッパから出てきたものですから,例えば義和団なんてのは本来右翼に分類されるべきものでしょう。その辺は時代時代によって,文脈を追って考察する必要があるかと思います。
「関東にこの言葉が進出したのはいつ頃なんでしょうね。」
さて,少なくとも私が子供時代を過ごしてた横浜の下町では「パンパン」「あいの子」という差別用語は未だに使われてましたね。昭和30年代から40年代にかけては……。実際,愛人がベトナムやアメリカ本国へ行って,子供を抱えて懸命に生きていく女性が級友の母にいたのをよく覚えています。
投稿: kaetzchen | 2006年7月 6日 (木) 22時37分
朱夏さん、
そういって頂けて、とてもうれしいです。実際、あの先生方の笑顔を見ると、キモイですね。
kaetzchenさん、
「あいのこ」なんて言葉もありましたねえ。ただ「ヤラシイ」は差別用語ではありませんが、神戸の小学校で、反省会か何かで、○○君が、△△さんと▲▲さんを好きだと言ってました、という発言の直後、△△さんが「ヤラシイ!」と叫んでいました。▲▲は、実は私で、「ヤラシイ」って何だろう? とわけ分からなかったわけです。
投稿: とむ丸 | 2006年7月 7日 (金) 08時22分