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子供を産み、育てる社会か?

_138 フェンネルの花が咲いています。しばらくすると、この花のひとつひとつが、あの薫り高い実になります。毎年その実を収穫して楽しんでいますが、取り残したものが地に落ちて、また新たな株に成長しています。

 東ヨーロッパの小さな町で実際にあったユダヤ人虐殺は、総督府におけるReinhard Aktionラインハルト作戦の一環でした。それ以前にも同様の虐殺事件がありましたが、ドイツに占領されて政策が遂行され、そこで初めて大殺戮が組織化されたわけです。

 舞台の1つ、現在ウクライナ領にある小さな町では、1942年の2度目の大虐殺で、2,000人のユダヤ人が犠牲になっています。

 このとき、特に標的になったのが、子供たち。

 3日間に及ぶ殺戮で、600~700人の子供が殺されています。

 足を掴まれ、歩道の縁に頭を打ちつけられてなくなったそうです。

 いかに一撃で息の根を止めるかということと共に、殺めた人数を、ゲシュタポ、およびそれに荷担した民間人、というより、結果的に民族的反目をさらに助長した他民族出身の警官は、自慢し合います。日本兵の100人斬りと同じ構図です。

 手っ取り早く未来の大人を殺めるのも、世界のあちらこちらでやられているようです。

 ひるがえってこの国のことを考えますと、少子化が問題になっていますね。

 私自身こどもふたりを育ててきたわけですが、今の時代、若い夫婦だったら、また育ててみたいと思いますか? と尋ねられたら、しばし答えに躊躇せざるをえません。

 正直なところ、結婚と子産みは、理性ではできません。

 少なくとも私の場合、理屈抜きで結婚と子産みをしてきました。(^_^;)

 子育てはそれだけでは済みませんでしたが。

 アンケートでもされたら、もっともらしい理屈のどれかに○をつけて、それらしき集計結果が出るかも知れません。

 こんな世の中にわが子を送り出すのなんか嫌だ! と、心のどこかで叫び声が聞こえます。これは、理性ではなく直観ですね。 

 ましてや、年金制度が危ういとか言われて、脅されて産むのは嫌です。

 日本の厚生年金や国民年金は、制度が創設された時には積み立て方式だったのが、なし崩し的に現行の賦課方式に、つまり働く世代が高齢世代を支えるようになったといいます。

 政治の無策が産んだ今の年金問題を、それ産め、やれ産めで解決しようとするのはあまりに無策。

  さらには、将来の戦闘要員に備えて産ませようなどというのは、もっともっと嫌、と、体と心は反応します。

 今は、子どもにとても厳しい世の中です。

 この厳しさがどこからくるかというと、どもらしさと同時に、成熟さをも要求される社会に、私は1つの答えを求めます。

「子どもらしさ」と「成熟さ」という、この2つの矛盾するものを突きつけられて、子どもは戸惑い、親はふらふら迷う。

 脇目もふらずに一直線、エリートコースにたどり着くために邁進するのは、ある意味では楽かもしれません。他のことには目を閉ざすことになるからです。でもそれも、どこかに落とし穴がある、挫折がある。

 子どもはいつもいい子を要求されて、いい子は、素直な子、従順な子、つまりおとなしい子とも解釈されてきました。おとなしい子は大人しい子です。

 でも、子どもの持つエネルギーは、その解釈には収まりきれません。

 そして、その解釈の枠からはずれると、まさに社会は不寛容です。子どもにも、親にも不寛容です。その不寛容さが、ゲシュタポのごとき圧倒的力で迫ってきたら、私たちにはなすすべありません。

 先のナチ占領下の東ヨーロッパの小さな町では、一度虐殺を経験してから、ユダヤ人たちはとにかく隠れることを考えたといいます。そしていつ、どこで、どんなふうに隠れるか、友人にも、ときには家族にも明かしません。明かしたら、それだけ生き残る確率が低下します。互いの信頼をも奪われた社会です。

 ナチスドイツの例は極端かも知れません。けれど日本にも、それほど誇れる過去があるわけではありません。外政しかり、内政しかり。床屋での世間話が元で逮捕されることもあった治安維持法など、その最たるものでしょう。

 政策が社会に不寛容の空気を生んだ、極端な例です。踏み絵のようになった国歌・国旗法も、政策が、社会の不寛容を助長してきたいい例です。その上に、密告も奨励する共謀罪が成立したら、人の信頼関係など、ずたずたでしょう。

 そんな社会では、私は子どもを産みたくもないし、育てたくもない。

 (子どもというのは、母親が1人で育てるものではありません。日本には、社会生活を営む上での知恵として、名付け親、烏帽子親などなど、何人もの「親」代わりが、1人の子どもを見守り育てた習俗がありました。子ども1人の命は、そうした複数の人間のあいだで共有され、育まれてきたのです。そんなことは当然、不寛容な閉ざされた社会では不可能ですよね)

 

 

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コメント

>政策が社会に不寛容の空気を生んだ、極端な例です。

これ、私なりに解釈して手を加えて、改めて覚えておきたい言葉ですね。

「社会に不寛容を生む政策は、主張される目的が何であれ、それだけで悪です。」

とむ丸さんの文章はいつも静かながら心にゆっくりと、だけど深く染み入る説得力を持っています。

投稿: 村野瀬玲奈 | 2006年6月11日 (日) 17時33分

「社会に不寛容を産む政策」の一つの例として,今日はホメイニ師のイスラム原理主義を取り上げました。

# 白人系ユダヤ人のイスラエルや WASP の福音教会系アメリカ人にも言えることなんですけどね。

投稿: kaetzchen | 2006年6月11日 (日) 19時06分

おはようございます。今朝の地震では、びっくりして、思わず、子どもの名前を呼びました。
そちらはいかがでしたか?
何もかも不安な時代になりましたね。こんな時代に、もっと小さな子どもがいたら、きっとものすごく神経質になりそうです。外に出すのに、どこにもついていかなくちゃいけないでしょう。
昔は、よくテレビの放送内容に抗議するような女性団体(母親の団体?)とかありましたけど、今はなくなったのでしょうか?
今のワイドショーでは、殺人事件を取り上げて、徹底的に犯人を分析する、そんなことが一般家庭のお茶の間に必要な情報でしょうか?殺人の手口までテレビで徹底的に知らせる必要がありますか?この前、少し見たNHKのその時歴史は動いたで、ベトナム戦争を撮ったカメラマンが、最初はすごくショックだったけど、そのうち慣れてしまう、兵士もそうでしょう。というようなことを言われていました。今のワイドショーもそういう殺人事件に慣れる子どもを育てると思います。
こんなことを続けているテレビのことは、本当に信用できませんが、こういうものに昔のように抗議する団体も必要だと思うのですが・・。そう言うのなら、自分でやれ、と言われそうで、ちょっと苦しいですが。

投稿: とくら | 2006年6月12日 (月) 07時19分

この前ニュースで、小中学生の犯罪が凶暴化しているので、原因を探るだけでは不十分ゆえ、日本でもアメリカのゼロ・トーレランスを取り入れ、停学など罰を厳しくすると言っていました。
どうしてアメリカの悪いところばかりまねしようとするのか、理解に苦しみます。

投稿: ヘリオトロープの小部屋 | 2006年6月12日 (月) 22時20分

とむ丸さま 読みながら思いました。人間の恐ろしさは底知れないですね・・・本当に哀しいです。
どうしたら人間の無明の部分を理解して行けるのか?現場に立つことでしょうか?あるいはそれだけの想像力を持つことでしょうか?
まだ若い甥には小さな子が二人おります、その子たちの幸せを思うと、おじさんは燃えるんですね!(^^)
今週のビデオニュース・ドット・コムに辻元清美さんが出ています。子育てや反戦についての発言の中から「女性としても素敵」な人だと思いました。大阪型リアリティのある政治家ですね。

投稿: こば☆ふみ | 2006年6月13日 (火) 00時46分

こんばんわ、いつも拝見させてもらっています。突然ですが、無礼を承知でお願いしたくコメントを書いております。本日中に医療制度改革法案が採決されそうという情報が流れているようです。よろしければ、反対の声をネットであげることにご協力いただけませんか。突然の乱入しつれいしました。

投稿: hanako | 2006年6月13日 (火) 00時53分

 コメントをいただいたみなさん、お返事遅くなって申しわけありません。
 m(_ _)m
 なんとか一仕事終えて、今一休みしていたところです。

村野瀬さん、
>社会に不寛容を生む政策は、主張される目的が何であれ、それだけで悪です。

 これは私の言いたいことを、ギュウッと凝縮してくれたような言葉ですね。ありがとうございました。

kaetzchenさん、
 そうなんですよね、宗教の衣をまとった、自分たち以外の他者排斥論者って、多いですね。

とくらさん、
 本当に、今のお母さんは大変だな、とよく思います。外見は「がき」というのが申し訳ないようにきれいで愛くるしい子どもが多くなりましたが、親も子も、不断に、受けなくともいいストレスにさらされている。その上にあのテレビですものね。

ヘリオトロープさん、
 厳罰主義を支持する声が多いんですよね。全部が全部ではありませんが、厳しく躾られて、他人にも厳しい人が多いのかなあ。

こば☆ふみさん、
 甥御さんの小さな子供たち、可愛いでしょうね。実は、前々回の「ホロコーストの闇」の隣人達の残虐行為は、まだ当てられていない光がありました。そのことを次に書きます。

hanakoさん、
 もちろん、協力致します。しかし、こうも数の力で押し切られると、後日小泉政権下で成立した方を再検証して、法律の停止・廃止を目指したいですね。

投稿: とむ丸 | 2006年6月14日 (水) 16時18分

> 政策が、社会の不寛容を助長してきた(前後略)

……何度も頷きました。人間は自分の置かれた立場や状況によって、寛容になったり不寛容になったりする。だからできるだけ寛容さを守る努力をしなければ、暮らしやすさを維持していくことはできない。政策で不寛容さを助長するなど、もってのほかですね。

関係ないですが、
> 結婚と子産みは、理性ではできません。

……なんとなく納得……

投稿: 華氏451度 | 2006年6月14日 (水) 20時45分

華氏さん、こんばんわ。
少子化と騒がれている割には、政治の方は、産みたくなるような社会を作っていこうという覚悟が感じられない。もしかしたら、戦前、あまりに簡単に、産めよ増やせよの号令に国民を乗せることができた経験があるせいかしら? なんて思っていますが。

投稿: とむ丸 | 2006年6月15日 (木) 20時05分

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