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防衛庁、省昇格法案

 今日のアサヒ・コムによると、政府は9日午前の閣議で、防衛庁の「省昇格法案」を決定したとのこと。

 法案は(1)防衛庁を「防衛省」に、防衛庁長官を「防衛相」に格上げする防衛庁設置法改正(2)自衛隊の海外活動を付随的任務から本来任務に格上げする自衛隊法改正――などの一括改正。

 現在の内閣府の外局から独立の省に格上げすることにより、法案提出などの閣議開催の要求や、予算の財務相への要求などが直接可能になる。不審船に対処する「海上警備行動」などの発令の承認を得る閣議の開催も要求できる。同庁は「危機に迅速に対応できる」と意義を強調する。

 これが実現しますと、だいぶ戦前体制に近づきますね。

 悪いことは考えたくないのですが、なにしろ60年前の日本の状況が分かっているだけに、杞憂とは思えないものを感じてしまいます。

 60年前までこの国には、陸軍省と海軍省がありましたから、もちろん、陸軍大臣がいて、海軍大臣がいて、2人は軍部出身で、閣議にも出て、政策決定に大きな力を及ぼしていたわけです。1941年10月に首相に就任した東条英機は、内務大臣・陸軍大臣も兼ねて1人3役。その前の近衛内閣では陸軍大臣でした。

 おもえば、戦前、大きな権力をふるい、悪名高き特高警察もその所管だった内務省が戦後解体されて、できたうちのひとつが、「自治庁」です。この自治庁が自治省に昇格したのが、私が小学校6年のときでした。ちょうど学校で国の統治機構の勉強をしていたときで、行政機構に変化があったことを新聞で知り、授業で発表した覚えがあります。

 そして今はその自治省が省庁再編で「総務省」になっています。ますます、戦前体制に似てきていますねぇ。

 すでに昭和30年代から、いえ、敗戦直後から、戦前の「国体」への復帰、「国体護持」が画策され続けてきたのでしょうね。

 そんな馬鹿な! と以前は思っていましたが、近頃のように民主主義そのものが危うくなってくるような政治のありさまを考えると、だんだん、現実味を帯びてきたように感じます。

 

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「政治」カテゴリの記事

コメント

お邪魔します。
仰るとおり一直線の動きですね。
我々および、より上の世代が元気でいることが必要なことですね。
 また、より若い世代にどのように伝えたらよいのか・・・

投稿: 飯大蔵 | 2006年6月 9日 (金) 14時30分

 飯大蔵さん、おはようございます。
 額賀福志郎防衛庁長官は、「歴史的な一過程だ。われわれは、これを重く受け止めて、国民の信頼を受けながらしっかりと対応していきたい」と強調したそうですが、ほんと、ご立派な「歴史的な」一過程ですこと! と皮肉の1つも投げてやりたい。
 私たちの懸念を想定してか、自衛隊の最高指揮監督者は首相で、文民統制(シビリアンコントロール)など防衛政策の基本的枠組みは維持すると弁明しているようです。
 でも、自ら「一過程」と言っているくらいですから、ここで道筋をつけたら後はどうにでもなる、と考えているのでは。
 おまけに、現在イラクで行われているような国際平和協力活動を「付随的任務」から「本来任務」とするいい訳もちゃんと用意して。
 日本の支配層は、本当に戦前の<施政>をよく学習していらっしゃる。
 私たちは教訓を得ている。
 本当に綱引きですね。


投稿: とむ丸 | 2006年6月10日 (土) 08時35分

わが国憲法の二面性、矛盾の対立点は第1章
天皇制の護持、第2章戦争権の永久放棄にあると思います。
近代的立憲主義では、憲法とは「個人の尊厳を核とし、人権保障と権力分立によって公権力を制限しようとする考え方」(樋口陽一『自由と国家』岩波新書)と定義されるとすれば国家による戦争とは公権力による個人の人権が徹底的破壊される最大局面とも言えるのです。わが国憲法第9条のすばらしいところは、これを完膚なきまでに否定しているところにあると思います。
しかし同時に戦前の「武装天皇制」ではないが「象徴天皇制」を温存したと言うことは、いずれの日にかこの「天皇制」を軸に、個人の否定、すなわち国家のために「個」を捨て
「公」に付くことを肯定させるための巧妙な仕掛けであった、と見ることが出来るでしょう。

>歴史的な一過程だ。

ついに国家本来の牙を公然と明らかにしてきたな。


投稿: 弥助 | 2006年6月10日 (土) 11時29分

「庁」が「省」になることの政治的、行政的意味とそこから予想される結果が広く語られないままホイホイと物事が進んでいくのはいけません。

名前が変わるだけではない、とおっしゃりたいのですよね、とむ丸さん。

共謀罪のときと同じように、ブログ世論を盛り上げて、この問題点を指摘する投書を国会議員に集中させないといけないかな、と感じます。

投稿: 村野瀬玲奈 | 2006年6月10日 (土) 13時09分

ここ2日ほど死ぬほど忙しく、世の中の動きと無縁に近い状態で過ごしていました。その間に、またもやあやしげな動きがあったとは。

国が戦時体制を整えていくとき、最初のうちはおもてに表れるのは「小さいこと」ばかり。大した問題じゃないさ、とタカをくくっているうちに抵抗不可能な状況に追いつめられるがします。

投稿: 華氏451度 | 2006年6月10日 (土) 18時13分

風邪で熱が出てまして,本が読めずにいます(泣)

今回の防衛庁 → 防衛省案は,実は「貧乏人は麦を食え」の池田内閣時代からの懸案でした。

つまり,45年前の亡霊が出てきたという訳です。当時は60年安保でしたから,当然国民はとんでもないという世論で押しつぶした訳ですけど……。

今はやりたい放題ですから,過去にできなかったことを「継続審議」という形で機関銃の如く連発して,政策集団の少ない民主党を混乱させてやろうという思惑がミエミエですね。

投稿: kaetzchen | 2006年6月10日 (土) 19時37分

弥助さん、
 今日は、ちょっと高揚していらっしゃいますね。
 近代国家の樹立にあたって、なぜ古代国家の王制を持ってくる必要があったのか、私にはまだ知識も勉強も不足して、なぞです。国学の影響が大きいのでしょうが、もともと天皇制というものが、文明の「周辺」故に残存した古代の権力構図に位置づけできるようですし。調べられたら、また教えてください。

村野瀬さん、
 そうそう、そこなんです。名前が変わるだけではないんですよね。政府はいろいろ言い訳していますね。すればするほど、怪しい。

華氏さん、
 まったく、相手は執拗で狡猾。
 よほど、うまみがあるのでしょうか。

kaetzchenさん、
 自治省に昇格したのも、60年安保のころです。
 考えてみれば、日本の支配層って、戦前と変わっていないんですよね。

投稿: とむ丸 | 2006年6月11日 (日) 09時57分

ヤマトが野蛮国で,文明のカヤの外にあったからこそ,人殺しの伊勢神道なんてのが生き残り,天皇制なんてのを看板だけ続けて来られただけなんですよ(笑) 古代国家なんて内戦にて滅びてしまい,特に西日本の連中なんてのは殺した死体を喰ってたりしましたからな。殺した相手の首が腐るから,さらしにスタンプ押して殺した証拠やでと持って帰ったのが日の丸の始まりや。こんな基礎的な物証があるのに,何で日本の史学やってる連中は屁理屈を曲げようとせぇへんのか,動物学やってた私にはまったく理解不能だったりします。(^^;)理科系から見ると弥助さんの言い分は不毛……

投稿: kaetzchen | 2006年6月11日 (日) 10時39分

しかし,とむ丸さん,また明仁のおっさんが危篤になったりしたら,新宿とか渋谷とか池袋あたりで「献血にご協力下さい~!」なんて派手なキャンペーンが繰り広げられたりするんやろなと思うとぞっとしますね。

若者の血を惜しみなく注ぎ込めば,病気は治るなんて,一体いつの処方やねんな。(^^;)

# と,当時,海の向こうで,テレビ見ながら毛唐たちとや中国人留学生と日本を小バカにしていた記憶があります。

投稿: kaetzchen | 2006年6月11日 (日) 10時45分

こりゃこりゃ、kaetzchenさん、

 あなたの主張する内容はよくわかるけれど、天皇、その他に対して、私は奉りたくもなければ、貶めたくもない。
 お口はチャック、じゃなくて、お口はきれいに!

投稿: とむ丸 | 2006年6月11日 (日) 14時27分

これでも随分抑えて書いてるつもりだけどね(笑) (^^;)主張なんかしてまへん。素直に感想を言うてるだけ。医学的に治療法が間違っているんだから。

# それに関西弁が汚い,てな,長州の偏見に洗脳されてきたことを恥じた方がいい。これからもできるだけ,関西弁で書くくせをつけようと思うとりますねん。

キングス・イングリッシュをお話になる方々と2年ほどつきあって,何でこいつらとは「住む世界が違う」んだろうってことを痛感したは未だに頭に残ってます。これは旅行者の目ではなかなか分からないことで,先日のとむ丸さんのメイド服のような実例を見てようやく気付くような……。

投稿: kaetzchen | 2006年6月12日 (月) 14時06分

Kaetzchenさん、こんばんわ。

あたくしの「天皇制」批判にご賛同下され感謝します。
「日の丸・君が代」法案、「つくる会」教科書の採択、「教育基本法」改悪策動、「共謀罪」法案の採択騒動、これらは皆現行憲法の「天皇制」に収斂されていく反動政策です。
もちろん平成天皇の個人意思にかかわらず支配階級はこれからもこれらの政策を推し進めていくでしょう。ですから9条改悪阻止の闘いは同時に象徴「天皇制」廃棄の主張と連動すべきだと思います。それは根を絶つ為のものでもあるのですから。

が、しかし。Kaetzchenさん、一つ苦言を呈するとすれば、まさかあのナチスの協力者にしてユーゴ内戦で醜い行動をしたファシスト・クロアチアを応援するつもりではないでしょうね。心配です・・

投稿: 弥助 | 2006年6月14日 (水) 20時37分

>弥助さん

もちろん,応援してますよ。(^o^) なぜなら,現在のクロアチアは旧ユーゴが解体したあとの旧社会主義国ですから。現在でも共産党が日本の民主党同様ににらみを効かせている国。

ファシズムが始まったのは元々,Oesterreich 直訳すると「東ローマ帝国」,米語で言う「オーストリア」です。つまり山奥の世間知らずなドイツ人が言い出した偏狭なナチスが元凶です。

そして現代の旧ユーゴの内戦の原因は,もともとセルビア人とクロアチア人が同じ話し言葉を使っているせいなんです。セルビア語はスラヴ・アルファベット(ギリシア正教)で,クロアチア語はラテン・アルファベット(プロテスタント)であり,多少の方言差はあっても日本語の感覚で言えば同一言語だと言えるものです。だから言語学では srpskohrvatski jezik (српскохрваци язык)セルボ・クロアチア語と言ってます。云わば,宗教戦争とでも言えるでしょう。だから,私はあれはファシズムとは考えていません。弥助さんももう少し偏らない知識を得るようにお願いします。

投稿: kaetzchen | 2006年6月14日 (水) 21時17分

たしかに、Kaetzchenさんの言うとおり、ユーゴ内戦は一つの宗教戦争としてあるのかもしれない。しかし、その対立はキリスト教内部の対立ではなく、キリスト教とイスラム教の対立として捉えるべきでしょう。

ボスニア内戦における「サラエボの悲劇」は市内に閉じ込められたムスリム市民をクロアチアのファシストとセルビアの民族主義者が狙い撃ちをして5万人の一般市民が犠牲になったことは記憶に新しいところです。セルビアのミロシェビッチは旧ユーゴを社会主義的に纏め、あのスターリン主義にも反対を貫いたチトーの流れを汲む指導者でありますが、クロアチアの「ウスタシャ」はかつてナチスに協力したファシストの流れを汲むものでありました。

関西弁と標準語のあいだでは戦争は起こり得ませんね。たぶん・・

投稿: 弥助 | 2006年6月14日 (水) 21時58分

クロアチアの「ウスタシャ」(本当の発音は違うんだけど……(^^;))というのは,旧東独に出現したネオナチと同様のものです。

つまり,それまで抑えられていた極右民族主義が発現しただけの話で,これらをファシズムと言い出すと,それこそ斉藤貴男さんみたいに,概念の広げすぎだと叩かれかねないです(笑)

ファシズムと極右民族主義とは厳密に分けないと,議論が混乱しますよ。(^o^)

投稿: kaetzchen | 2006年6月15日 (木) 17時16分

Kaetzchenさん、こんばんわ。

あたくしの言うファシズムの定義はかんたんですよ。そのメルクマールとして第一に挙げられるのは、自民族優越、他民族排外主義です。わが国のナントカウヨに似てますけどね。
第二に社会主義や共産主義思想に対する極端な憎悪ですね。第三に、そしてこれが重要なんですが、政治的な行動として、あらゆる社会主義的な組織の破壊、もちろん民主的な市民の拠点、正当な労働組合ですら暴力的に破壊するという行動をともなうわけですがね。かつてナチスによってドイツ共産党や社民党がどのように破壊されたのかを見ればよくわかると思います。
で、クロアチアのファシズムはとりあえず1に当てはまると思いますよ。「エスニック・クレンジング」とは彼らの標語でしたから。

投稿: 弥助 | 2006年6月15日 (木) 19時59分

おはようございます。
kaetzchenさん、
確かに、kaetzchenさんにしてみたら、よく抑えていらっしゃる……(^_^;)
ははは、私、予防線を張ったかな。

弥助さん、
kaetzchenさんの「あたし」と弥助さんの「あたくし」論争、いい勝負ですね。

投稿: とむ丸 | 2006年6月16日 (金) 10時21分

とむ丸さん,こんにちは。まだ微熱がある kaetzchen です。

予防線……どういう意味じゃ(笑) いつもと同じですよ。単にインフルエンザで身体が参ってるので,書き込みの量が減って,質も低下しているだけです。ヾ(^^;)

# だって,ファシズムの定義そのものが根本的に違うから,論争になってないんだもん。

投稿: kaetzchen | 2006年6月16日 (金) 14時19分

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