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近未来予想図――おこぼれちょうだい

_213 とむ丸さんちのとむ丸ちゃーん、って、誰かが呼んでる。

 あたしをナンパしに来るって、いつか華氏451度さんとこのムル君が言ってたけれど、ほんとに来たのね。

 

_212  でも、うるさいわねえ、今は駄目よ。
 なんてったって、これからごちそう。

 お料理上手なパパさんが、今日も活きた魚を調理中なのよ。よだれが出そう……ゴクリ……つばも出ちゃう。

 なんてったってお魚よ。

 どうせ、おこぼれちょうだい、ってとこだろ、ですって。ムル君、言葉には気をつけてよね……分けてやらないから。

 最近ね、ママさん、私のえさ代ケチってね…今までは結構いいキャットフードを食べさせてくれてたのに……ワンランクどころか、2ランクも3ランクも下の、安売りショップのバーゲン品をまとめ買いするようになっちゃったのよ。

 原材料をママさんは気にして、老眼鏡をかけ直して箱の表示を読んでいたけど、ブツブツ言ってるの。まあ、いいわ、仕方ないわね……狂牛病にならないように、できるだけ気をつけてやるけれど……こればかりは私のせいじゃないのよ、ですって。

 あなたが、狂牛病になったら、じゃなくて狂猫病になっても、私を恨まないで政府を恨んでね……なにしろ、ただでさえ所得のないところに、消費税は上がるし、パパの医療費はかさむし、これ以上悪くなったら自費診療の方法しかありませんよっ、て診察で言われたらしいの。

 おまけにママさん、言ってくれるじゃないの。私の前歯はとっくの昔に自費診療だけど、猫の歯は丈夫でよかったわ。あっ、考えてみたら、あなたは昔から自費診療だったわね。獣医さんに行くのも大変だから、お願いだから、病気にならないでねっ、だってさ。

 もう、やぶれかぶれよ。せめて好きなお魚を、お腹いっぱい食べたいわ。でもね、パパさんまで、今まで毎日魚を食べていたのに、2日に1回しか食べられなくなった、って嘆いてた。ましてや、活きた魚なんて、まぼろしよ。

 それがこうして手に入ったんだもの。ムル君、だからあんたになんか、かまってられないの。
 食べるのがやっとなんだから……猫の世界でも。

 ああ、今まで、惰眠をむさぼっていたツケが来たのね。

Dscn1718_1 (と言いながら、お腹がいっぱいになって、目の皮がたるんでしまったとむ丸でございます。なさけない)

 

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チンピラ総理大臣

 ビワの木が茂りすぎて枝を払いました。何の鳥でしょうか、こうして巣を作っていました。荷造り用のひもまで使っているのがかわいそう。
  _218          

 アサヒ・コムによると、22日の経済諮問会議で、「増税してくれというまで削れ」と、首相が発言したらしい。

「歳出をどんどん切り詰めていけば『やめてほしい』という声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれ、という状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないといけない

 というのがその内容ですが、何という言葉でしょう。この冷酷さ、恥ずかしくないのでしょうか。

百姓とごまの油は、絞れるだけ絞れ」といわれた江戸の時代とどこが違うのでしょう。

 

宇佐見保さんによると、昨年8月の朝日ニュースター「パックインジャーナル」で、元参議院議員の平野貞夫さんが小泉首相について、「17、8歳のチンピラの発想」と断言したそうです。これを読んで、わが意を得たり、思わず膝を打ってしまいました。

 平野さんはさらに、「17、8歳の高校生なんか、口喧嘩うまいですよ!」

「そんな点が国民に受けて人気があるんですよ……大人になりきれていないでここまで来た

 と一刀両断。

 エアフォースワンに乗ってプレスリーの墓参をするのも、なるほどチンピラの発想だ!

 「(総裁選の)争点にしたいと思っている人もいるだろうが、靖国神社に参拝す るなという人は、突き詰めれば、参拝すれば首脳会談に応じないという中国の言い分がよいと思っているのではないか靖国神社に年に何回行こうと個人の自由 だ

 と訪問先のカナダで語ったと、NHKの正午のニュースで伝えられました。なるほど、チンピラだ。

 
 
 

 


 

 

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内閣総理大臣の絶対権力

_167_1こんなツツジもあります。

 ゲンダイネットで田中康夫さんが、「名無しの風土から生まれた福井日銀総裁」というタイトルで、主語がなくても語ることのできる日本語の欠点から、「責任の所在が明確ではない日本社会を齎(もたら)したともいえるのではないでしょうか」と指摘されています。

 さらに、「その無責任体質は、閣議の在り方に象徴されています」といわれて、私たちの国では、いかにいい加減に閣議決定がなされているか、伝えています。

 閣議の前日に開催される事務次官会議では、各省庁から提案される新たな施策について、他省庁の次官は反対をしない、という不文律が存在している。つまり、 「会議の議題として取り上げられた段階で既に、「合意」され」、

「翌日の閣議は、その大半の時間が花押(かおう)を内閣の構成メンバーである各大臣が記す作業に費やされます」ということです。

 _174_1 

 新たな法案は、閣議以前にすでに決まっている、とは知っていましたが、事務次官会議以前にすでに決まっていたとは! 恥ずかしながら、私は知りませんでした。

「全会一致」とはこのことだったのですね。

 事務次官会議は、互いに認め合い、かばい合いう、仲良しクラブですか。

 閣議決定といえば、最近では防衛庁の省昇格法案がありますが、 防衛庁が案を出して、他省庁は無言のうちに承認し、閣議はそれを 後押しするだけ。庁じゃつまらない、省になりたい、今ならなんとかなる、とばかりに、法案立案なんて、信じたくないけれど。

 要するに、閣議というのは、形さえ整えば、前も後も野となれ山となれ、というわけですね。

 東京大学公共政策大学院(課題解決力や政策立案能力を持った官僚養成を目的に、2004年4月に新設された)教授で、多くの審議会・会議等で委員をされている森田朗先生は、「三権分立のドグマ」を退けてでも、「官僚主導で行われていた政策形成を、本来の担い手であるべき国民の代表である政治家の手に」取りもどそうと言われています。

 先生は、「中央省庁等改革基本法」の制定過程にも関わり、巨大な行政組織を統制するには従来の内閣官房ではとても足りない。これを強化し、さらには「内閣府」を設置しなさい、と提案したおひとりです。

 同基本法は1998年(平成10年)に成立、最終改正案は翌1999年に国会を通っています。

 森田先生は、一貫して、「政」の「官」に対する優位を主張しておられます。

 ともすれば仲良しクラブになりがちな、というよりすでに仲良しクラブになっている事務次官会議と閣議を「改革」し、さらには省庁の縦割り構造を打破するために、内閣に、「究極的には国会で選出された内閣総理大臣」に、「強力な調整権」を与えよう、ともいわれています。

「『強力な調整権』が制度化され、実際に行使されるならば、縦割り行政の弊害が減少する可能性が高いと思われる」というわけです。

 そこで内閣法4条と12条を改正して、内閣総理大臣の発議権と内閣官房の総合調整権を強化した経緯について、前内閣総理大臣補佐官の水野清さんが「中央省庁等改革基本法とは」に書かれておられます。

 こうした内閣官房の権限強化、内閣総理大臣の権能強化によって、果たして縦割り行政の弊害が減少して、国民の声がどれだけ政治に反映するようになったか、一度は検証が必要でしょう。

「官僚主導で行われていた政策形成を、本来の担い手であるべき国民の代表である政治家の手に取りもどそうとするもの」という森田先生の考えは、理念としては頷けるものですが、その政治家がどれだけ国民の代表たる資質を備えているか、また国民も、かつ国民が育て、同時に国民を育てる社会が、民主主義からみたときどれだけ成熟しているか、という大きな問題が横たわっています。

 早くいえば、B層」を《戦略ターゲット》にする政権を擁し、多くの国民が「B層」と嘲られていることも知らずに相も変わらず支持し続けている現状に、こうした理念を持ってきて、果たしてそれが活きるのか、疑問です。

 おまけに、「国会で選出された内閣総理大臣」と森田先生は定義されていますが、実際は、政権与党の総裁が総理大臣の地位に就くということですよね。憲法第67条には、「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」となっています。はっきりいえば、「選出」ではなく「指名」ですね。

 小泉首相の鶴の一声で国会延長もできなかったことに象徴されるように、内閣総理大臣が、現在、圧倒的な力を誇示するまでになっています。これは、ど素人の私の感じ方に留まらず、さまざまな識者の指摘するところです。

 植草一秀さんは、議院内閣制のもとで総理大臣にこれだけ権限が集中することに警告を発しています。

内閣総理大臣が権限をフル活用すると三権の頂点に君臨する存在になる。議院内閣制は絶対権力を創出する「ポテンシャリティー」を持つ仕組みなんですね」というわけです。

 そして(この行革以前あるいは小泉以前は)どこかで「自己抑制」が働いて、曲がりなりにも「三権分立」を保ってきたともいわれています。

 森田先生と植草さん、いわれていることが正反対なのです。

 今の政治のあり方を考えると、私は植草さんの方に共鳴します。

 森田先生は、現政権にあまりにもお墨付きを与えすぎたのではないかな、先生ご自身の意思はともかくとして、結果として自己抑制しない内閣総理大臣を是認・後押しすることになったのではないかな、と思っています。

 行政改革の結果の1つとして、鬼に金棒、ではなく、駄々っ子にあめ玉を与えてしまったのかな? と思うことさえあります。泣く子と地頭には勝てぬ、ではなく、泣く子と小泉には勝てぬ、です。

 そこに祝電問題のアベ氏が首相の座に就いたときには、駄々っ子どころか、花咲じいさんのお隣さんに、宝の入ったつづらを明け渡すようなものでしょうか。

(雑談日記さんが駄々っ子にあめ玉とか、欲張りじいさんに宝のつづらとか、どれかのバナーを作ってくれないかしら)

 


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世襲デモクラシー

 _153 ヒメヒオウギ。可憐な花ですが、繁殖力旺盛。球根がどんどん太って、どんどん増えます。

 さて、このところアベ晋三官房長官の祝電問題が話題になっていますが、この、故岸信介元首相から3代目の御曹司のみならず、次期首相候補の「麻垣康三」の他の3氏も皆世襲政治家なんですね。

  小選挙区制が導入された1996年の衆院選挙以降も、2000年、2003年の選挙で世襲政治家が増え続け、とうとう2003年には衆議院の全議席480のうち135議席が世襲議員という事態になりました。もちろん圧倒的に多いのは自民党で、小選挙区制がそうした傾向を強めたといわれています。

(ただし、どの範囲までを世襲と捉えるか、人により異なるようです。 親族が同じ選挙区にいるか、もしくは選挙区が一部でも重なる場合、当然そのことが有利に働きますから、それを考慮すると、2003年の総選挙での世襲議員は185人というデータもあります。)

 昨年の総選挙では公募制もとられ世襲が若干減少したようですが、単なるガス抜きのようにも感じられます。やはり地盤と後援会を受け継ぐ世襲議員は断然有利で、2世のみならず、3世もけっこう多く、4世も大分前から出現しています。

 こうなってくると、国会は、貴族院の様相を呈してきているのでは? という懸念が出てきてもおかしくありません。

 既成事実を積み上げていくと、そのうち華族制度復活、なんてことになるのでしょうか?

 卓越した少数のエリートによる政治というものを、私は信用していません。一人ひとりの持つ力などというものは、トータルでみればそれほど差はないと考えています。

 そして何よりも、「絶対権力は絶対的に腐敗する」と思っているからです。

 生まれたときから政治家たるを約束されると同時に要求もされ、親から子へ権力が受け継がれる、いわゆる「世襲デモクラシー」。この血の紐帯による政治家という職業と社会的地位の継承は、日本独自のものなのでしょうか。「家」の存在が大きい、他のアジアの国々の事情はどうなのでしょうか。

 在仏30年の日本人から昨年聞いたところによると、個人主義に徹するフランスでは、まず考えられないということでした。

 私たちの社会では、家を継ぎ、同時に職業を継ぐのは、一種の誇りと共に、それほど抵抗なく受け容れられてきました。幕藩体制の崩壊、第2次世界大戦での敗戦と、その流れが断ち切られる機会はありました。また、高度成長期以降は国民の多くがどんどんサラリーマン化するという波もかぶっています。けれど一部の職業はその波にのまれることもなく、1つの世代から次の世代へと継承されてきました。

 とりわけ世襲が有利に働くのが、地盤・看板・鞄をもつ政治家で、この三バンに裏付けされた利権構造は、まるで後援会という家臣団を抱えた封建領主の城のようです。そして、お家断絶は一大事ですから、中には涙ぐましい努力をされている方々もいらっしゃるでしょうね。

 でも、お家のことのみならず、私たち領民のことも考えてくださる、水戸黄門のごとき奇篤な方もいらっしゃるかもしれません。これが「日本型デモクラシー」というものだと、どこかで刷り込まれているような気がします。

 お家のことしか眼中にない方々の中にあって、これは喜ばしく感謝すべきものだと、有言無言のうちに教え込まれてきたような気がします。

 明治初期にせっかく芽生えてきた民主主義の芽をつまれ、脅され監視されてきた65年間の影は、一党独裁の下、戦後60年経ってもなお、完全には消えていません。

 

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指導者の強欲、国民の真面目さ

_199_1 キスゲの花。レモンイエローの清楚な花です。

 先のエントリーでお話ししましたホロコーストのことですが、中にかなり珍しい話が載っていました。数多い、理不尽で戦慄を覚える話しの中でも、ほっとするような場面です。

 20歳になった青年が、ナチスの侵攻を目前に、友人と共に父の家を出て数年にわたり逃避行を続けるのです。

 現在ウクライナ領、当時はポーランド領の故郷を出て、若者2人はひたすら東へと歩き続け、ヒッチハイクをしたり列車に飛び乗ったりして、3ヵ月後にはコーカサスに着きます。働きながら、しばらくはそこで過ごします。

 戦争が続いているとは信じられないくらいの平和な日々ですが、夜には家族の写真に語りかけ、枕を涙で濡らします。やがて、ナチがやって来ると聞いて、またそこを発ちますが、数千の避難民の群れを目にすることもあったようです。

 カスピ海を渡り、トルクメニスタンのクラスノブスクに着くと、そこにも避難民。そしてウズベキスタンのサマルカンド、タシケントから、キルギスタンの首都に着いた頃には、もう21歳になっていました。

 ウズベキスタンの北部国境にはポーランドからの避難民のキャンプができていると聞き、そこを目指す途中、地元の遊牧民家族と出会い、丁重なもてなしを受けます。

 難民キャンプからタシケントに戻った後モスクワへ向かい、途中ポーランド軍と合流。45年のベルリン攻略に参加。そしてベルリン陥落。戦争終結。この時すでに、家を出てから4年の歳月が流れていました。

 その頃、両親と4人の姉妹がすでに亡くなっていることを隣人からの手紙で知ることになりましたが、それでも最初の数年間は、列車に乗ってどこかへ行くたびに、家族の姿を探したといいます。

 もともと、大人になった息子に避難することを提案されながらも、父親はそれを拒否して、家族共々虐殺されてしまったのです。その事情は他の家族でも変わらず、家に留まり、ホロコーストの犠牲になっている例がほとんどです。

 なぜ、逃げなかったのか、という問に生存者は答えます。「自分の家を出るなんてことはとてもできません。考えられませんでした」

 Kokorohaitamanaino

 統一協会が跋扈して、政治中枢に金で働きかける。札束で頬を叩かれる議員たち。

 世界基督教統一神霊協会の合同結婚式(祝福式だったとか、特定の宗教団体の儀式ではありませんとか、いろいろ主張しているようですが、実質的にはまさしく合同結婚式そのもの)に祝電を打った国会議員 は次の人たちと某ブログでいわれています。

 それぞれの注釈は、heart's shotさん。

 岸信夫   参議院議員・安倍晋太郎の三男、アベジョンイル弟
 山谷えり子 参議院議員/内閣府大臣政務官
 高市早苗  衆議院議員
 山本一太  ウマ下手シンガー・アベジョンイル官房
 石原宏高  衆議院議員 慎太郎の三男
 松浪健太  衆・選挙違反や談合汚職一族の星、ちょんまげ健四郎の甥
 保岡興治  衆議院議員・憲法改悪論者

 松波健太氏はHPを持っていないようです。

 山本一太氏はマイクの前で陶酔境に浸り、「かいかくの詩」を歌っています。

 他の方々は、にこやかな笑みを浮かべていますが、相手のない微笑みです。ちょっと怖イ。

 ただし、私がビデオから拾った人の名前と一致してません。この名簿はちょっと怪しい。

 (wikipediaにも載っていましたが、確認のために今見ますと、すでに削除されています。)

 ビデオで読み上げられていた名は、安部氏以外では、

 元法務大臣の衆議院議員保岡興治自民党政調会長中川秀直自民党衆議院議員増原義剛他国会議員3名(不明です)。政治家以外では、第一薬科大学副学長吉武タケド? 九州大学名誉教授高島良正

 また、統一協会のこの大会は全国12都市で行われています。詳しくは、カマヤンの虚業日記をご参照ください。

 権力のうまみをたっぷりと味わい、その維持に余念がない選良たち。強欲といい訳。

 住民税の老年者控除全廃で増税されても、国の財政を心配する国民。

 この国はどこへ行こうとしているのか。どうなるのか。私の周りのお年寄りでも、そうした不安を口走っています。 

 国の指導者が駄目でも、私たち国民は本当に真面目。

 黙々と働いて税金を納め、病気や事故で倒れたら、最長180日でお払い箱にされそうですし、若くて丈夫だったら、今に戦地に駆り出されるかもしれないし、 

 こんな国いやだあ! といっても、愛国心を強制されそうだし。

 陸路を徒歩で逃げたホロコースト生存者の場合と違って、私たちは海に囲まれていますしねえ。

 この国に留まって、何とか生き延びる方策を考えるより仕方ないかな、という心境です。

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アベ氏の祝電問題を、風習のせいにするのはやはりおかしい

 今出川通信さんからTBをいただいたので早速お伺いしてみました。

 その中で今出川通信さんは、

このような問題が起こる背景には、
政治家が売名や支持者対策を目的として、
よく知りもしない人間の結婚式や葬式に
「祝電」や「弔電」を乱発する日本の風習が存在する。
その意味で、
今回はたまたま安倍氏が問題となったが、
ある意味ではこれは、
「祝電」や「弔電」を乱発している日本の政治家 誰もに
降りかかりうる問題であると言えなくはない。

 といわれています。

 さらには

 僕たち有権者一人ひとりが「祝電」・「弔電」の読み上げを止めれば、
政治家の側も無駄なことに金を使うことはなくなる。
やがてこうした風習自体が
廃れてゆくことになるだろう。

 と結論しています。ちなみに、カテゴリーは「暮らし家庭」となっています

 私が言いたいのは、政治家とその周辺の方々は、確かな人の紹介であっても、見も知らぬ団体については、かなり気をつけていますよ、ということです。

 またアベ氏3代の世界基督教統一神霊協会との関わりを考えたら、けっして「政治家が売名や支持者対策を目的として、よく知りもしない人間の結婚式や葬式に「祝電」や「弔電」を乱発する日本の風習が存在する」とはいえないと思います。

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寝たきりでも、リハビリは必要です

_157 墨田の花火、よく名づけたものです。_183

 さて、この春PSE法が問題になって大騒ぎしたのを忘れたころ、またまた新たな問題が浮上しています。

 「リハビリテーション医療の一律打ち切り」です。

 リハビリはこれまで医療保険適用の期間に制限がありませんでした。それがこの4月の診療報酬改定で疾患別に日数制限が決められ、脳卒中など脳血管疾患は発症してから百八十日、心大血管疾患は百五十日、運動器が百五十日、呼吸器が九十日。それ以上は自己負担になりました。

 これを知ったのは結構最近のことで、川辺よりさんの記事からでした。さっそく「リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名活動」のページに行くと、「リハビリ中止は死の宣告」という、脳梗塞の後遺症で現在リハビリを続けられている多田富雄さんの悲痛な叫びも掲載されていました。

 もう20年ほど前になりますが、私は30代の6年間を、義理の両親の介護に明け暮れていました。最初の3年間は父の、そして後の3年間は母の介護です。

 特に母、いわゆる姑が倒れた時は、父の時の教訓もあり、入院中に始めたリハビリを退院後もひたすら続けました。

 運動障害のみならず、失語、さらには意識障害もあって1日中ベッドの中にいる母でしたが、それでも朝起きたら顔を拭き、寝間着を脱がせて一日の始まりを知らせ、1日2回のリハビリを続けて、どうにか私の介添えでポータブル便器に坐ることができるような足腰を、少しでも長く維持する必要がありました

 何も判らなくなったような姑でしたが、それでも排尿にしくじってベッドを汚したときなどの悲しそうな顔は、今でもよく覚えています。

 嫌がる母の手を取りながら、起立訓練やその他のリハビリをするとき、他人が見たら、なぜそこまで? といぶかしく思ったに違いありません。実際、そんな声も聞こえてきましたから。

 でも、寝たきりになった姑の最後に残った、唯一ともいえる人間の誇りを支えるものが、とにかく、人の助けを借りながらでも、自分の足でベッドの横に立って、用を足すことでした。たったそれだけの力しか残っていませんでしたし、それは、1日2回のリハビリによってかろうじて保たれていた能力でした。

 何も知らない人から見たら、ほんとうに馬鹿らしいほどの、取るに足らない能力です。でも、寝たままで排尿を済ますことと、腰を曲げながらでも、人の力を借りながらでも、自分の足で立つという動作を経由して排尿するということには雲泥の差があります。

 こんな意識障害があり、ただ寝ているにしか見えない人でも、リハビリするかしないかで結果が全く違ったものになるのです。

 そうした一人ひとりの、人間として生をまっとうしよう、させようという私たちの努力をまるであざ笑うかのごとき今回の改定は、人を有用と不要に分別する匂いさえ感じさせます。

 今回ばかりは私も、署名用紙をプリントし、友人やご近所のお年寄りのお宅を回ってみました。我が家がかつて老人介護で苦労したのを知っている人たちですから、こうした問題で私が署名を集めるのを、みなさんよく理解してくださいました。 

 今朝などは、安部さんの祝電問題、新聞に出ていましたね、と声をかけてくださる人もいて、ちょっとうれしくなりました。

 でも我が家の取っている毎日は、社会面の隅に、申しわけ程度にちょろっと載せているだけです。第1面に堂々と載せてくれ! これは社会問題ではない。政治問題だ! とまた怒りムラムラ。

 あっ、いつの間にか、リハビリからアベ問題に移ってしまいました。不正と疑惑のラッシュですから、しかたありません。

「Maukie」設置方法

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こんな新聞いらない! 世襲政治屋もいらない!

 朝起きるなり、脳天をガツーンと直撃された気分です。

 毎日の1面、左の隅ですが結構目立つところにこんな記事。

 毎日新聞は17、18の両日、全国世論調査(電話)を実施した。次期首相にふさわしいと思う政治家を自民党の6人を挙げて聞いたところ、安倍晋三官房長官が5月の前回調査から4ポイント増の42%でトップを維持。

ブログ界では予想されていたとはいえ、こうもシナリオ通りに進むとそれはそれで、やはり唖然としてしまいます。

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(数年前の勧誘員に根負けして購読契約をしてしまったのがそもそもの間違い。今年は朝日も毎日も、もちろん断ってます。)

文鮮明 - アベ晋三 - 金正日が実は仲良し、という「魔のトライアングル」説がますます真実味を帯びてきました。

 あまり自分の意のままになるからといって調子に乗っていると、後が怖い、と世間ではいわれますが、政治屋3代目のおぼっちゃまには分からないのでしょうね。

E0049842_2081566  でも、驚いたのはこれだけではありません。もう、ちょっと古くなったでしょうか、先週漏れてきた話しですが、世襲政治の世界は、そろそろ4代目を準備中なんですね。

小泉首相の二男、進次郎氏、米国一流シンクタンクCSISに6月入社のナゼ?」

 米国で超名門といわれているコロンビア大大学院に留学していたらしいので、この就職も不思議はない、ということですが、日本にいた頃の氏を知る人は、勉強が得意だったという印象がない、と首を傾げているとか。

 学歴問題では、入学から卒業まで7年かかったとか、ロンドン大では1単位も取ってなかったとか、はたまた、かつての同級生栗本慎一郎氏には馬鹿にされ、京都でのブッシュ大統領との会話ではさんざん笑いものにされた首相が、せめてもの親心で配慮した末の名門大学留学と一流シンクタンク就職でしょうか。

 人は生まれながらにして差がついている、を実感させる記事でした。

 この件については、おもしろい解説がありました。thetheメディアリテラシー向上のためにです。一部引用しますと、

 進次郎氏が英語ができたとしても、この研究所(事実上のボスは、あのヘンリー・キッシンジャー博士)の仕事についていけるかは疑問です。おそらく他の日本人職員がメンター(指導教授)につくと思いますが、彼が2008年までにどのような論文を発表するかなどに注目したいと思います。まあ借り(仮?)にできなくても、アメリカが仕込みを入れるために、入所させたと考えれば別に不思議ではありません。

ということでした。


「Maukie」設置方法

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統一教会合同結婚式祝電――安部氏以外にも色々

Abejanihongaabunai2  すごいですねー、バナーをクリックすると、当日のビデオが出てきます。(どうもうまくゆきません。でてきません。雑談日記さんに飛んでビデオを見てください)。

 祝電を送ったのは、安部晋三氏だけではないのですね。

 元法務大臣の衆議院議員保岡興治、自民党政調会長中川秀直、自民党衆議院議員増原義剛他国会議員3名誰だ?)。政治家以外では、第一薬科大学副学長吉武タケド? 九州大学名誉教授高島良正といった大学関係者まで出てきたのには、これまたびっくり。

 知り合いのお嬢さんが「原理」に入って、急ぎ大学教授のお父さんが連れ戻しに行かれたましたが、帰宅後のお嬢さんの具合はあまり良くないと聞いたのはつい最近のことです。その統一協会に教育関係者まで関わっていたなんて、いいんでしょうか。

 私の学生時代は、「原理」の学生さんというと、目が座って、つじ説法をよくしていたことを覚えています。その後、各種押し売り、カンボジア難民募金とか、いろいろやっている様子がうかがわれ、目にするたびに顔をしかめていました。最近はあまり見かけないな、と感じて、かえって不気味に思っていましたが、深く静かに政治の中枢部に潜行していたのでしょうか。あまり想像したくありませんが。

 統一教会が提供する秘書を、自分の手出しゼロで使っていた議員さん達も大勢おられましたね。私たちは子どもの頃から、ただほど高いものはない、と教わってきたのですが。選良の方々が、それを知らない、ということはないですよね。

 

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ホロコーストの闇 つづき

_145  まだ咲き始めたばかりのガクアジサイ。

_155 それがだんだん開いてきて、

_162 花びらの先が紅を帯びてきます。

 ただし、花と思われているここは、本来、「ガク」にあたるところとか。

 さて、先日の記事「ホロコーストの闇」で書いた、出産を迎えた妊婦にふりかかってきた悲惨な話を読まれて、みなさんはどう感じられたでしょうか。

 ユダヤ人を平気でいたぶり殺す群衆におぞましさを感じながらも、人間に潜む獣性を見る思いで、自分も、そして周りの人たちもけして無縁ではないと考えられた人もいらっしゃるのではないでしょうか。

 ユダヤ人一家をかくまっていたことが見つかり、見せしめでしょう、幼い子どもを含めて全員が殺害されてしまった家族がいましたが、ことはそれだけではおさまりませんでした。なんと、その地域で同じ姓をもつ家族がことごとく皆殺しにあったのです。それで誰も助けようとしなくなった、といいます。

 それを考えると、ユダヤ人妊婦と生まれた子どもに対する群衆の蛮行は、かならずしも憎悪から生まれた自然発生的なものとは思えなくなりました。

 うまい表現が見つかりませんが、「やらせ」のようなもので、動員された可能性も考えられます。動員されてその現場にいたら、あの狂気にも似た行為に荷担せざるを得ないような気がします。もし動員を拒否したら、その時は自分と自分の家族の命が危機に陥る、そんなことがあったのかもしれない、十分ありうるな、と思います。

 小さな町で、隣がどうもおかしい、と考えてゲシュタポに通報した人もいました。その結果、かくまわれていたユダヤ人のみならず、かくまっていた家族も、全員に死刑が執行されました。ナチ統治下ではユダヤ人は法律の保護下にはなかったので、見つかればその場ですぐに射殺です。でも、かくまった方は市民ですから、一応法的な手続きが取られます。が、射殺と絞首刑の違いがあっても、結果は同じ。

 戦後になって、ゲシュタポに通報した隣人の家が売りに出されているところを見ると、ナチの統治が終わってから、どこかに引っ越していったのでしょう。そりゃあ、誰が誰を「売った」のか周囲の人は覚えていますから、とても住んではいられないでしょう。

 「ラインハルト作戦」という名が示すように、統治する側が、そうしたことを政策として実行していったわけです。あまりに大規模に、あまりに徹底的に、組織的に遂行されていき、それが日常化すると、人は自分の感性を押さえ込み、良心も脇に置いて、いえ、そうしたことさえそのうち意識からなくなり、ごくあたりまえに、それこそ粛々と、処理をしていくのかもしれません。

 戦時中の中国で、「手術演習」として、麻酔なしに生体解剖をした元軍医の話が、今日の新聞に出ています。

「生体解剖した事実を多くの関係者は本当に忘れている。信じられないかもしれないが、当時はあまりに日常的で印象に残ってないのです」

 そして、「麻酔をせずに悶絶するのを怖がっていては、天皇の軍隊ではない。むしろ『仕事をした』という達成感でやっていた」という、当時の空気も伝えています。

 ごく普通の人が、こうした残虐行為に手を染めていく。残虐を「非道」とおきかえてもいい。

 政治に行き詰まると、権力を手中にするものは、誰かを犠牲にして打開しようとします。ナチや戦時中の軍隊のような露骨さは、もっと洗練されて、巧妙に血祭りにするものを求めている、なんて一足早い怪談ものが、目の前をちらちらしています。おまけに、犠牲になるのは、いつも弱いものですよね。

 おととい、医療制度改革法が成立しましたね。川辺よりさん早雲さんを読むと、この医療制度改革なるものが、弱いものに、いかに暴力的に襲いかかってくるか、よく分かります。

 弱いものとは、権力を持たないものだと私は思っています。ですから、ナチ統治下の群衆の蛮行は、弱いものが弱いものをいたぶる構図になっています。お金は、特に新自由主義を標榜する社会では権力の代わりともなりますから、弱いものとは、権力もお金も持たないものだといえます。

 まさに私たちのこと……

 弱いものが犠牲になるのは、やはりおかしい。犠牲になるのはいやだ! と、声を大にして叫んでみよう。

 

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子供を産み、育てる社会か?

_138 フェンネルの花が咲いています。しばらくすると、この花のひとつひとつが、あの薫り高い実になります。毎年その実を収穫して楽しんでいますが、取り残したものが地に落ちて、また新たな株に成長しています。

 東ヨーロッパの小さな町で実際にあったユダヤ人虐殺は、総督府におけるReinhard Aktionラインハルト作戦の一環でした。それ以前にも同様の虐殺事件がありましたが、ドイツに占領されて政策が遂行され、そこで初めて大殺戮が組織化されたわけです。

 舞台の1つ、現在ウクライナ領にある小さな町では、1942年の2度目の大虐殺で、2,000人のユダヤ人が犠牲になっています。

 このとき、特に標的になったのが、子供たち。

 3日間に及ぶ殺戮で、600~700人の子供が殺されています。

 足を掴まれ、歩道の縁に頭を打ちつけられてなくなったそうです。

 いかに一撃で息の根を止めるかということと共に、殺めた人数を、ゲシュタポ、およびそれに荷担した民間人、というより、結果的に民族的反目をさらに助長した他民族出身の警官は、自慢し合います。日本兵の100人斬りと同じ構図です。

 手っ取り早く未来の大人を殺めるのも、世界のあちらこちらでやられているようです。

 ひるがえってこの国のことを考えますと、少子化が問題になっていますね。

 私自身こどもふたりを育ててきたわけですが、今の時代、若い夫婦だったら、また育ててみたいと思いますか? と尋ねられたら、しばし答えに躊躇せざるをえません。

 正直なところ、結婚と子産みは、理性ではできません。

 少なくとも私の場合、理屈抜きで結婚と子産みをしてきました。(^_^;)

 子育てはそれだけでは済みませんでしたが。

 アンケートでもされたら、もっともらしい理屈のどれかに○をつけて、それらしき集計結果が出るかも知れません。

 こんな世の中にわが子を送り出すのなんか嫌だ! と、心のどこかで叫び声が聞こえます。これは、理性ではなく直観ですね。 

 ましてや、年金制度が危ういとか言われて、脅されて産むのは嫌です。

 日本の厚生年金や国民年金は、制度が創設された時には積み立て方式だったのが、なし崩し的に現行の賦課方式に、つまり働く世代が高齢世代を支えるようになったといいます。

 政治の無策が産んだ今の年金問題を、それ産め、やれ産めで解決しようとするのはあまりに無策。

  さらには、将来の戦闘要員に備えて産ませようなどというのは、もっともっと嫌、と、体と心は反応します。

 今は、子どもにとても厳しい世の中です。

 この厳しさがどこからくるかというと、どもらしさと同時に、成熟さをも要求される社会に、私は1つの答えを求めます。

「子どもらしさ」と「成熟さ」という、この2つの矛盾するものを突きつけられて、子どもは戸惑い、親はふらふら迷う。

 脇目もふらずに一直線、エリートコースにたどり着くために邁進するのは、ある意味では楽かもしれません。他のことには目を閉ざすことになるからです。でもそれも、どこかに落とし穴がある、挫折がある。

 子どもはいつもいい子を要求されて、いい子は、素直な子、従順な子、つまりおとなしい子とも解釈されてきました。おとなしい子は大人しい子です。

 でも、子どもの持つエネルギーは、その解釈には収まりきれません。

 そして、その解釈の枠からはずれると、まさに社会は不寛容です。子どもにも、親にも不寛容です。その不寛容さが、ゲシュタポのごとき圧倒的力で迫ってきたら、私たちにはなすすべありません。

 先のナチ占領下の東ヨーロッパの小さな町では、一度虐殺を経験してから、ユダヤ人たちはとにかく隠れることを考えたといいます。そしていつ、どこで、どんなふうに隠れるか、友人にも、ときには家族にも明かしません。明かしたら、それだけ生き残る確率が低下します。互いの信頼をも奪われた社会です。

 ナチスドイツの例は極端かも知れません。けれど日本にも、それほど誇れる過去があるわけではありません。外政しかり、内政しかり。床屋での世間話が元で逮捕されることもあった治安維持法など、その最たるものでしょう。

 政策が社会に不寛容の空気を生んだ、極端な例です。踏み絵のようになった国歌・国旗法も、政策が、社会の不寛容を助長してきたいい例です。その上に、密告も奨励する共謀罪が成立したら、人の信頼関係など、ずたずたでしょう。

 そんな社会では、私は子どもを産みたくもないし、育てたくもない。

 (子どもというのは、母親が1人で育てるものではありません。日本には、社会生活を営む上での知恵として、名付け親、烏帽子親などなど、何人もの「親」代わりが、1人の子どもを見守り育てた習俗がありました。子ども1人の命は、そうした複数の人間のあいだで共有され、育まれてきたのです。そんなことは当然、不寛容な閉ざされた社会では不可能ですよね)

 

 

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防衛庁、省昇格法案

 今日のアサヒ・コムによると、政府は9日午前の閣議で、防衛庁の「省昇格法案」を決定したとのこと。

 法案は(1)防衛庁を「防衛省」に、防衛庁長官を「防衛相」に格上げする防衛庁設置法改正(2)自衛隊の海外活動を付随的任務から本来任務に格上げする自衛隊法改正――などの一括改正。

 現在の内閣府の外局から独立の省に格上げすることにより、法案提出などの閣議開催の要求や、予算の財務相への要求などが直接可能になる。不審船に対処する「海上警備行動」などの発令の承認を得る閣議の開催も要求できる。同庁は「危機に迅速に対応できる」と意義を強調する。

 これが実現しますと、だいぶ戦前体制に近づきますね。

 悪いことは考えたくないのですが、なにしろ60年前の日本の状況が分かっているだけに、杞憂とは思えないものを感じてしまいます。

 60年前までこの国には、陸軍省と海軍省がありましたから、もちろん、陸軍大臣がいて、海軍大臣がいて、2人は軍部出身で、閣議にも出て、政策決定に大きな力を及ぼしていたわけです。1941年10月に首相に就任した東条英機は、内務大臣・陸軍大臣も兼ねて1人3役。その前の近衛内閣では陸軍大臣でした。

 おもえば、戦前、大きな権力をふるい、悪名高き特高警察もその所管だった内務省が戦後解体されて、できたうちのひとつが、「自治庁」です。この自治庁が自治省に昇格したのが、私が小学校6年のときでした。ちょうど学校で国の統治機構の勉強をしていたときで、行政機構に変化があったことを新聞で知り、授業で発表した覚えがあります。

 そして今はその自治省が省庁再編で「総務省」になっています。ますます、戦前体制に似てきていますねぇ。

 すでに昭和30年代から、いえ、敗戦直後から、戦前の「国体」への復帰、「国体護持」が画策され続けてきたのでしょうね。

 そんな馬鹿な! と以前は思っていましたが、近頃のように民主主義そのものが危うくなってくるような政治のありさまを考えると、だんだん、現実味を帯びてきたように感じます。

 

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ホロコーストの闇

_149 _150_1 ラムズイアー。子羊の耳の意を持つこのハーブ、可愛らしいピンクの花が咲きますが、びっしりと産毛のような白い毛が生えた柔らかい葉っぱは、さわるとほんわり柔らかくて、癒されます。

 政府と政権与党の横暴に腹の立つあまり、とりあえず邸の麗子嬢とゆっくりお茶を飲む暇もゆとりもない方々は、是非身近に置くことをお薦め致します。

 先日から、東ヨーロッパの小さな町で起こったホロコーストを取材した本を読んでいます。かなりなボリュームで、原書ですから、少々時間がかかり、ブログの更新内容を考えるゆとりがありません。もちろん、麗子嬢やばあやとの楽しいお茶の時間は後まわし。

 とても重たい本です。(もちろん、重量のことではありません)。

 言葉をなくすとか胸が突かれるとかいう言葉だけでは、とても言い表せないほどの衝撃です。ホロコーストといえば、日本ではアンネの日記とかアウシュビッツを思い浮かべますが、息を潜めた隠れ家生活の日常や絶滅収容所での体験とは違う、ポーランドやウクライナ各地の町や村でおこった大小さまざまなユダヤ人虐殺の実態が、家族の歴史と共に描かれています。

 虐殺そのものも、あまりにすさまじく、当分の間私の頭から去りそうにもありませんが、その殺戮が、ドイツ・ゲシュタポのみならず、その協力者、昨日まで隣人として共に生活をしてきた人々の手によって行われたことに、また違った恐怖と衝撃を味わいます。

 日本でも、沖縄戦の最中、壕に逃げ込んだ若い母親が、泣いている赤ん坊の口を塞いで窒息死させた話を聞きますが、ちょうど同じようなことが、ゲシュタポがユダヤ人探索をするときにも出てきます。

 でもそれよりもおそろしかったのは、そうした探索の最中に、お産を迎えた妊婦の話でした。

 周囲にいる人の懇願空しく産気づいた女性が広場に引きずられていく。陣痛が始まると、そこにある大きなゴミ箱の上に引っ張り上げられ、お産の痛みに苦しむ姿が群衆にさらされる。それを見つめる人々は、冗談を言いあい、罵声を浴びせる。子供が生まれるや、赤ん坊は臍の緒のついたまま、すぐさま母親の腕からもぎとられ、群衆の中に投げ飛ばされる。人々は生まれたてのその赤ん坊を踏みつける……母親は血を垂らしながら、数時間その場に立ちつくす。そして駅へと引っ立てられていき、絶滅収容所行きの貨物列車に詰め込まれる……

 20世紀に入ってからも、フランスでは公開処刑が行われていたことを、カミュか誰かが書いていました。普通の市民が、今日はギロチンだ、という日、喜々として処刑が行われる広場に駆けつけるわけです。

 おまけに東ヨーロッパでは、20世紀になっても、ときどきユダヤ人の住まいが襲撃されるポグロムが起こっていました。社会不安のはけ口だったのでしょう。

 国家保安部長ラインハルト・ハイドリッヒという人物が、この東ヨーロッパのホロコーストの指揮を執ったのですが、実際に手を下したのは、ゲシュタポのみならずこうした普通の人々でした。もちろん、中には絶滅収容所行きトラック(ユダヤ人輸送には、列車だけでなく、家畜運搬用のトラックも使用されました)から逃げ出した人を救ったり、パルチザンになってユダヤ人と共に闘った人は、少数ですがおりました。

 でも、昨日まで、平和に暮らしていた隣人が、こうして牙をむくことがあるのは、旧ユーゴスラビアでのボスニア・ヘルツェゴビナの内戦でも顕著に見られたことでした。

(あああ、頭の中がいっぱいでうまくまとまりません。今日はここまで)

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山からさるが

Photo_29 夕べは、これまで外に出さずに育ててきたとむ丸が遁走して、私たちの心配をよそに朝帰り。でも、人一倍(猫一倍か?)臆病なせいか、緊張して眠れなかったのか、朝ご飯を食べた後はいつもの棚の上でぐっすり眠っていました。

 夕食の時間になってもまだ寝ているのは、よほど疲れたのでしょうか。

 そのとむ丸が、2階のベランダの物音に目を覚ましたので私が覗いてみると

 な、なんと、大きな猿がベランダの手すりに座り込み、庭のビワの木から実をもぎって食べているではありませんか!

 あわててカメラを手にして窓を開けると、そそくさと逃げていき、後ろ姿しか写せませんでした。

  _152 写真は、さるがちぎった痕。

 うちはけっこう山が近いので、自然には恵まれている方でしょうか。

 数年前の春には、なにかしら庭先でにぎやかなさえずりが聞こえましたから見てみますと、バイカウツギの木を覆うようにめじろが何十羽ととまり、それは見事でした。

 

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ロンドンのメイドスタイル

_125 _128 深紅の薔薇はブルグント88。ビロードのような花弁です。(葉っぱに病気が出始めています。やっぱり消毒しないといけないのかなあ)

 さてさて、10数年前の話になりますが、はじめてのロンドン旅行でびっくりしたのは、やはり人種間格差を見せつけられたときです。

 ハロッズ近くの繁華街に店を構える有名喫茶店での経験ですが、この喫茶店は、なんでも革命のフランスを逃れて来た人が始めたという、二都物語を地でいくようなお店です。

 満員の店内を動き回ってサービスしているのは、ブルー(だったと思う)のストライプのワンピースに白のエプロンをつけた、まさにメイドスタイルのアジア系と思しき女性たち。我が家の隣のお嬢さん、おばさんたちと変わらぬ顔立ちに、つい日本語でオーダーしそうになってしまいました。

 (南方アジア系の人たちは、けっこうみなさん、実年齢より若く見える人が多いですよね。それなのに、ウェイトレスをしていることから年配者ではないと思うのですが、ちょっとくたびれたような表情でふけてみえて、おばさんのイメージでした)

 無愛想なのか疲れているのか、にこっともしない浅黒い丸顔の、あまり自信のなさそうな表情に、ちょっととまどったことを覚えています。

 その「メイドさん」タイプの女性たちを指揮・監督するのが、すらっとして金髪の、アングロサクソン系の若い女性。白のブラウス、黒のタイトスカート、赤のベスト、といったいでたちです。きびきびした表情と態度で、フロアーの隅々まで目を光らせています。

 そして店内を統括しているのが、黒いスーツの、やはりアングロサクソン系のスマートな男性。

 この3者は、服装が違うだけではありません。目の動きをはじめとした表情から態度、歩き方まで、まるで違うのです。

  要求されている仕事の中味によって、これだけ人間の外見にも差が出るのか、と愕然とした1日でした。

 

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アカシアの木と神話

ネズミモチの木にも花が咲いて、虫が飛んできました。どこか寸足らずのこの虫、バッタかイナゴか、坊ちゃん_147同様、私には分かりません。

 哲学のない時代は、神話がその代わりをしたとどこかで読んだ記憶がありますが、神話は子どもの頃から好きでした。

 少年少女世界文学全集で読んだ世界の神話の中でも、後々になっても、今になっても解けない疑問が、エジプト神話にありました。なにしろ50年近く昔の記憶ですから話の概要も定かでないのですが、偉大な英雄の命がアカシアの一番てっぺんに預けられる話がありました。

 エジプトというと砂漠のイメージが強いですから、エジプトのアカシア、ってどんな木なのかな、とは、今もって解けないなぞなぞのようなものです。いろいろ、人の手も患わせて調べてみても、いまいち確信が持てません。

 ナイルのほとりは、古代には緑豊かな土地だったようですから、アカシアの木があってもおかしくないのかな、アカシアというと、銀葉アカシア、いわゆるミモザが有名だけれど、もしかしたら、訳者の誤訳で、違う木なのかもしれないし、などなど、思いめぐらしてみましたが、やはり分かりません。

 アカシアのてっぺんの枝か葉か花か、どこにその英雄が命を預けたのか、これもまた忘れてしまいました。ただ、そのことを確か1人の女性にしゃべってしまって、そこから秘密が漏れて、英雄は命を落とすことになったと記憶しております。

 なんだか、アダムとイブを連想させるようなストーリーですね。古代より、よほど男は女が怖かったのか、と笑いたくなるような、呆れるような。神話の書き手に女性はいなかったのでしょうか。

 記紀神話が壬申の乱のあと権力を握った天武天皇の意向を強く反映したものといわれますから、神話生成過程には当然権力闘争があったのでしょうね。ギリシア神話にもそれをうかがわせるような記述がたくさんあるようです。

 となると、哲学の代わりをしたというのは、神話の説明としては不十分ですね。

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女の平和

_142  またまた忙しモードに突入しましたので、しばらくはお気楽モードでエントリーします。

 写真の絵皿はギリシア土産にいただいたものですが、デーメーテールの愛娘ペルセポネーが、黄泉の国の王、ハデスにさらわれているところ。

 ギリシア神話には子どもの頃から色々創造力をかき立てられましたが、長ずるに及びギリシア悲劇を知ると、ギリシア趣味は決定的になりました。

 まだ上の子がお腹の中にいるときは現在のNHKホールができて間もない頃で、しばらく落成記念イベントのようなものが目白押しだったように記憶しています。

 このイベントの目玉に本場のギリシア悲劇の上演がありまして、もちろん私も飛んでいきました。

 高いチケットを、夫が自分の分はE席(だったかな?)を買っても、私にはC席を買ってくれまして、大きなお腹を抱えて、いそいそと出かけていきました。C席でも舞台は遙かかなた、オペラグラスのないことが悔やまれましたが、それでもコロスの素晴らしさに酔いしれるひとときでした。

 悲劇もさることながら、喜劇も忘れられません。

 アリストパネスの『女の平和』はおもしろいですよね。

 女たちが○○○ストライキでアクロポリスの丘に立てこもり、戦争を続ける男たちに抗議するという話でしたが、全然嫌らしさもなくて楽しめました。

 あれにとまどう男性陣のひとりに、当然luxemburg卿が入りそうだし、皮肉屋さんのkaetzchen師、真面目な青年(?)華氏さんも、どこかで顔を覗かせそう。

 ストライキ勢のリーダーはお玉おばさんで、若いスパルタ代表はとくらさんかな? 村野瀬さんがどこからか文献引っ張り出して、理論的裏付けをやっている感じ。

 私は、もちろん、ストライキ勢の食欲を満たすべく、一生懸命にパンやピザを焼いたり、おにぎり握っています。

 追記:お昼の食事時、フジテレビの番組予告でしょうか、黒人少年と「奴隷」という文字が画面に出て、そのすぐ後に安部晋三氏が涙をぬぐう場面がありました。

 あれは何だったのでしょうか。まさか、2匹目のドジョウを狙っているのでしょうか。涙は女の武器といわれていましたが、政治家の武器にもなったのでしょうか。

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犠牲の論理のカラクリと私たち

Photo_26 Photo_28 バンマツリの花が咲きました。濃い青色は、日が経つにつれて薄くなっていきます。

 写真を撮りに庭へ出ると、蚊の襲来。我が庭に出るのも、覚悟のいる季節の到来です。

 高橋哲哉さんの『国家と犠牲』を読みました。私がもやもやとして抱いていた疑問が解消されたわけではありません。むしろ新たな問題が突きつけられたのではないか、と思っています。

 「寒村の見た召集風景」で私は、幼い子どもを含めた母と子4人で、出征する父親を見送る姿について、国を守ることと愛するものを守ることは矛盾している、と言いました。おそらく父親は、愛する妻と子供たちのこれからの生活を案じ、また己の命についても、覚悟しようにもしきれない思いを抱えて、戦地に赴いていったのだと思います。

 国を守る、天皇陛下をお守りする、という大義の前では、己の家族など芥子粒のように小さな存在だったのでしょうか。

 でも、共に生活してきた妻子、己の血肉を分けたともいえる子供たちへの愛着は、断とうにも断ちきれないものがあります。そうした日々接してきたものへの思いのさらに上位に、国家の、さらには天皇への崇拝の念を持ってきて国民を縛ることがなぜ可能だったのか、それを可能にした装置ともいうべき靖国をはじめとするさまざまな英霊顕彰の意味を、高橋さんは〈犠牲=サクリファイスの論理〉と呼びました。

 私は何度かこのブログでも、「軍隊は人を殺すところとだ」と言ってきました。どんなに美辞麗句で飾ろうとも、どんなに理屈をつけようと、詰まるところは、合法的に人殺しをしようとするところが軍隊でしょう。

 殺そうとする相手がいるから、殺される可能性のある自分もいる。

戦死者の『顕彰』とは、戦死を『尊い犠牲』として褒めたたえ、聖化=聖別し、そのことによって戦争の凄惨な実態を覆い隠し、人々の意識から抹消しようとすることです。『顕彰の』の意味での『英霊祭祀」は、戦死者を『永遠に記憶にとどめよう』とするように見えながら、実は同時に、その戦死の歴史的実態を『記憶から抹消』しようとするものなのです。そしてこの論理は、今後、自衛隊ないし常備軍の海外派兵や武力行使をせいとうかするものとして、さらには国民全体を「戦争」協力へと動員していくものとして機能し始めている、ということでした。」

 と、高橋さんは犠牲の論理のカラクリを述べておられます。

 ただし、合法的に殺したつもりでも、戦争終結後、旧ユーゴ大統領ミロシェビッチ氏のように、「人道への罪」を問われることがあります。いったいどこまでが合法的と認められて、どこからが人道への罪なのか、つねづね疑問に思うところです。

 高橋さんによると、米国の政治哲学者マイケル・ウォルツァーという人が、「正しい戦争・不正な戦争」、「戦争における正義・不正」と言う考え方を示したそうです。それで区分けすると、論理的には、一応、4種類の戦争が考えられます。

(縦軸に正しい戦争の度合いを、横軸に戦争が行われた際の手段の正当性を示す度合いを1つの座標で表したら、その戦争の正当性を一目瞭然に表すことができる、なんて考える人もいるのでしょうか?)

 要するに、自衛のためにする戦争は正しい戦争だ、ということです。それでいつも戦争をしようとする国は、古来より、自衛のためだと主張して始めるわけです。(しかしその「正しい戦争も、正しくなく戦うことが可能」で、「人道への罪」とは、この「正しくなく戦った」ことが問われているのでしょうね。)

 そしてこの「自衛戦争においてこそ、『尊い犠牲』のレトリック=『犠牲の論理』は有効であることになる。」と高橋さんは説いておられます。つまり、侵略を受けた共同体を守るという大義の前では、自らを犠牲にすることがよりいっそう価値あることだと称賛されることになるのです。

 正しく戦われようが正しくなく戦われようが、とにかく正しい戦争といわれるものにも、犠牲のカラクリが機能しているわけです。

 そしてここで、高橋さんが指摘するのが、ウォルツァーも述べている根本的な逆説と難問です。

 つまり、「自衛戦争すなわち正義の戦争を戦う兵士たちは、個々人の声明と自由への権利を守るためにこそ戦い始めるのですが、戦い始めるやいなや、自らの生命と自由への権利を喪失してしまう」という逆説で、これはまた、「自衛戦争の『正義』の本質に属する」難問だということです。

 結局、「一定の人々を殺されるために存在する集団として養っておく」ことで、共同体の他の成員の命と生活を守っているのが「軍隊、常備軍という存在」で、

殺されるために存在するような人間集団を作り出すという不正義、不道徳を消し去りたい、隠蔽したいからこそ、人はそれを進んで受け容れ、価値あるものと考えようとするのではないでしょうか」とは、高橋さんの言葉です。

 このことを、2003年6月30日付の朝日新聞によると久間章生元防衛庁長官が次のように述べたことも、高橋さんは伝えておられます。

 国家の安全のために個人の命を差し出せなどとは言わない。が、90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ないとの判断はあり得る。

 すごい言葉ですね。でも、私たちはこのことに、今まで目をつむっていたのです。ただし、1割なら許容範囲だ、などと考えることは、これもまた言葉と数字のレトリックにはまることです。先の大戦のような総力戦は、この100人のうちの10人が、つまり1割が、限りなく10割に、つまり100人に近づいたことを示しているのですから。(それが実際、現在のイラクの状況ではないでしょうか)

 さらには、この社会、この世界そのものも、「犠牲の論理」に貫かれていることを、高橋さんは語ります。

 その言葉に促されて考えてみれば、南北問題でもそうですね。

 その「絶対的犠牲」の構造の中で生きざるを得ない私たちですが、そしてすべての決定もその中でやらざるを得ないのですが、この犠牲をなくそうと努めること、犠牲をなくしたいという望みをしっかりと抱きしめながら、自らの行為を決定すること、それが現代を生きる一人ひとりに課された課題ではないか、と高橋さんが私たちにつきつけたのです。

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