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寝たきりでも、リハビリは必要です

_157 墨田の花火、よく名づけたものです。_183

 さて、この春PSE法が問題になって大騒ぎしたのを忘れたころ、またまた新たな問題が浮上しています。

 「リハビリテーション医療の一律打ち切り」です。

 リハビリはこれまで医療保険適用の期間に制限がありませんでした。それがこの4月の診療報酬改定で疾患別に日数制限が決められ、脳卒中など脳血管疾患は発症してから百八十日、心大血管疾患は百五十日、運動器が百五十日、呼吸器が九十日。それ以上は自己負担になりました。

 これを知ったのは結構最近のことで、川辺よりさんの記事からでした。さっそく「リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名活動」のページに行くと、「リハビリ中止は死の宣告」という、脳梗塞の後遺症で現在リハビリを続けられている多田富雄さんの悲痛な叫びも掲載されていました。

 もう20年ほど前になりますが、私は30代の6年間を、義理の両親の介護に明け暮れていました。最初の3年間は父の、そして後の3年間は母の介護です。

 特に母、いわゆる姑が倒れた時は、父の時の教訓もあり、入院中に始めたリハビリを退院後もひたすら続けました。

 運動障害のみならず、失語、さらには意識障害もあって1日中ベッドの中にいる母でしたが、それでも朝起きたら顔を拭き、寝間着を脱がせて一日の始まりを知らせ、1日2回のリハビリを続けて、どうにか私の介添えでポータブル便器に坐ることができるような足腰を、少しでも長く維持する必要がありました

 何も判らなくなったような姑でしたが、それでも排尿にしくじってベッドを汚したときなどの悲しそうな顔は、今でもよく覚えています。

 嫌がる母の手を取りながら、起立訓練やその他のリハビリをするとき、他人が見たら、なぜそこまで? といぶかしく思ったに違いありません。実際、そんな声も聞こえてきましたから。

 でも、寝たきりになった姑の最後に残った、唯一ともいえる人間の誇りを支えるものが、とにかく、人の助けを借りながらでも、自分の足でベッドの横に立って、用を足すことでした。たったそれだけの力しか残っていませんでしたし、それは、1日2回のリハビリによってかろうじて保たれていた能力でした。

 何も知らない人から見たら、ほんとうに馬鹿らしいほどの、取るに足らない能力です。でも、寝たままで排尿を済ますことと、腰を曲げながらでも、人の力を借りながらでも、自分の足で立つという動作を経由して排尿するということには雲泥の差があります。

 こんな意識障害があり、ただ寝ているにしか見えない人でも、リハビリするかしないかで結果が全く違ったものになるのです。

 そうした一人ひとりの、人間として生をまっとうしよう、させようという私たちの努力をまるであざ笑うかのごとき今回の改定は、人を有用と不要に分別する匂いさえ感じさせます。

 今回ばかりは私も、署名用紙をプリントし、友人やご近所のお年寄りのお宅を回ってみました。我が家がかつて老人介護で苦労したのを知っている人たちですから、こうした問題で私が署名を集めるのを、みなさんよく理解してくださいました。 

 今朝などは、安部さんの祝電問題、新聞に出ていましたね、と声をかけてくださる人もいて、ちょっとうれしくなりました。

 でも我が家の取っている毎日は、社会面の隅に、申しわけ程度にちょろっと載せているだけです。第1面に堂々と載せてくれ! これは社会問題ではない。政治問題だ! とまた怒りムラムラ。

 あっ、いつの間にか、リハビリからアベ問題に移ってしまいました。不正と疑惑のラッシュですから、しかたありません。

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コメント

>そうした一人ひとりの、人間として生をまっとうしよう、させようという私たちの努力をまるであざ笑うかのごとき今回の改定は、人を有用と不要に分別する匂いさえ感じさせます。

経験に基づいたとむ丸さんの発言に敬意を表します。

とむ丸さんのおっしゃるとおり、今回の「壊定」は、人間としての誇り、尊厳を根底からあざ笑うものだと言えます。こんな「壊定」をすすめる政府・自民・公明が「愛国心」を持てと言うのですから、本当に最低の政治です。結果において、ナチズムと本質的な違いがあるでしょうか。

投稿: 村野瀬玲奈 | 2006年6月20日 (火) 21時42分

村野瀬さん、いらっしゃい。
 この義理の母については、私も精神的にまいりまして、最後まで看れたわけではないんですよね。くたびれ果てた私の後は実の娘である妹が看ました。
 それでも、週に1回、訪問看護と一緒に看護士さんがリハビリをしてくれたのは、やはり支えになりました。
 それにしても、こうも露骨に弱者切り捨てがまかり通る世の中って、おかしいですよね。
 私の周りの人たちも、何だかおかしい、おかしい、といってます。今の政治を支持している人って、一体どこにいるのかしら? ほんとうにいるのかしら?

投稿: とむ丸 | 2006年6月21日 (水) 11時22分

とむ丸さまこんばんは
> ただ寝ているかにしか見えない人でも・・・
 そばにいて愛情を持ってあげた人だからこその言葉ですね。
 そういえばどこかの都知事が重い障害を持った方の施設を訪れて、「ああいう人ってのは人格あるのかね・・・しかし、こういうことやっているのは日本だけでしょうな。・・・ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする」という発言をしたことがありましたね。
 実際には何もしたことがない方であるというのがばれてしまう、とても悲しい事件でした。

投稿: luxemburg | 2006年6月21日 (水) 21時52分

とむ丸さま ちょこちょこっと請願署名にまわってきました。現場の大工さん、お寺のご住職、お隣の写真館、不動産屋さん、銀行支店全職員さん、中国語の先生、実家の家族などなど40人以上集まりましたので、先ほど速達でお送りしました。
皆さん快く署名してくれました・・・みんな身近に感じていますね。

法律や制度は作る人の才能が丸見えになります。
議員さん・官僚さんは国民の前で裸踊りしているってこと、わかっているんでしょうか?
ではでは。

投稿: こば☆ふみ | 2006年6月21日 (水) 23時15分

luxemburgさん、おはようございます。
「こんばんわ」に対して「おはよう」というのは、何かちょっと愉快。
 で、私もいつもそう立派ではいられなかったので、そんな時は悩むわけですよ。寝ている母に対しても、感情が揺れ動く。義務感ですることもあったし。たまに見舞いに来る人は、嫌がる母を見て、リハビリなんかしなくていい、といいましたが、あれで張りつめている私の気持ちが一気にくずれてしまうんですよね。見舞いに来るだけの人は、気楽なもんです。
 でもね、母は3度目の発作で意識障害がでてしまったのですが、2度目までは本当に意欲的に自分でリハビリをしていたんです。それを思って、また気を取り直すわけです。

 こば☆ふみさん、たくさん集められたんですね。そこまではいきませんでしたが、メールで人に署名をすること、さらには署名を集めることまで要請したりしました。
 もう、年寄りの世話は、考えるのもいやだ、とずっと思いながらも、こういった問題が出てくると、気になってしまいます。

投稿: とむ丸 | 2006年6月22日 (木) 08時50分

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