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共謀罪から、人民戦線事件を思い出す

_007  ローズマリーのピザを作りました。上に載っているのが、粉チーズに、ローズマリーの花と、刻んだ葉っぱ。ぱりぱりして、お茶の飲みながらでも、またこれからの季節、ビールのつまみにも、ちょうどいいのです。

 今日の話は、このピザとは全然関係のない話ですが……

 共謀罪の危険性がいろいろと語られている折ですから、寒村が実際に経験した、第2次世界大戦前夜のねつ造された治安維持法違反を理由とした検挙――人民戦線事件――について、お話しします。

 1933年(昭和8年)は、寒村が師と仰いだ堺利彦が年初に、年末には父親が他界した年ですが、カタストロフィの序章のような出来事が次々に襲って来る時代でもあります。すでに前年、満州国建国宣言があり、5.15事件も起こっています。

 3月に日本は国際連盟を脱退。ドイツではナチスが政権を獲得。そして、ともに労働運動を闘ってきた仲間が、ひとり、またひとりと転向声明を出していきます。

 1935年には向坂逸郎らと月刊誌『先駆』を出すも、3号で廃刊。

 1936年、妻、玉が倒れますが、この年は2.26事件が起き、ヨーロッパではスペイン内乱が勃発。日独防共協定が締結。

 そして1937年、イタリアが加わり、日独伊防共協定が締結されます。

 その年の12月、日本軍の南京陥落が伝えられた直後、寒村は、人民戦線事件で旧『労農』同人ら400人と共に拘引されます

 「荒畑さん、電報です」の声に雨戸を開けると、警視庁の警官がどやどや押し入って家宅捜査。その後、病床にある妻を案じながら、寒村は何の嫌疑によるものか見当もつかずに、連行されていきました。

 「この弾圧が大きな時局変転の前触れではないかと、漠然とした予感」を感じながら。

 特高室では岡田嘉子夫妻の樺太越境を初めて耳にし、北部中国の兵火がいよいよ拡大、スペインではフランコ将軍率いる反乱軍がバルセロナ包囲を目前にしていた、そんな時代です。

 検挙後はじめて、寒村は、すでに数年前に廃刊した旧『労農』同人に対して治安維持法違反が問われていることを知ります。

 ただし、『労農』はしばしば発禁処分を受けながらも合法的に発行されていて、その点について『改造』や『中央公論』といった他の雑誌と事情は同じで、そのために起訴されたという例は1つもなかったそうです。

 そして取り調べの過程で明らかになったことは、

 1927年の創刊以来一貫して変わらなかった『労農』の主張は、1935年のコミンテルンの決議によって、社会革命の準備のためになされたものだ、というのが検挙の理由でした。明らかに時間的な錯誤がある、と抗弁しても、何を言っても、特高側はまったく耳を貸そうとはしなかった、ということです。

 思想検事の作った、労農派の取り調べ要綱ができあがっていた由。

 このとき、高名な経済学者、大内兵衛氏も検挙されています。

 淀橋警察署に満1年拘禁の後、巣鴨拘置所に入獄した寒村たちは、共産党員が受けたような拷問にはあわなかったといいますが、彼は、警察の留置場に1年も拘禁するのは、暴力を用いない拷問と同じだ、と憤慨しています。

 そうした中で寒村が笑うのは、留置場で見た多種多様な刑事犯たちが、

「一朝召集令状に接するとたちまち名誉ある帝国の軍人、忠勇なる国家の干城と化する」ことです。

「留置人に赤紙が来ると、罪状の如何にかかわらず直ちに放免され、看守巡査や同房者が流行の軍歌を合唱して歓送する。」

 さらに迫害の手は、祈祷や賛美歌に先立って「見よ東海の」で始まる八紘一宇の歌を合唱する教団にまでも及び、「一切の非日本的、或いは自由主義的な思想にまでも拡大されるに至った」

 巣鴨での拘置所仲間には、『労農』同人ばかりか、代議士から大学教授まで、名士がずらーっと並んでいたようです。唯一幸いなことは、取り調べの予審判事が、随分と同情を寄せて親切で良心的だったこと。ただしその判事も、予審終結に際して、

「私の個人的な意見がどうであろうと、上席予審判事が全被告の陳述を総合して、最終の決定をくだすのですから」といい、そのとおり、予審結審の折には、寒村たちはみな、有罪を宣告されます。

 人間一人ひとりの善意ではどうにもならない権力の厚い壁

 この国は、明治10年代の民権派の手になる進歩的な憲法草案を持っていると同時に、こうした戦時体制強化のための無茶な検挙、弾圧の歴史も持っています。

  だからこそ、権力の暴走を許さない制度を作り上げていないといけないんですね。

 憲法上は一応三権分立ということになっていますが、行政改革の旗印の下、内閣の機能が大幅に強化されましたし、議院内閣制の下では与党の総裁が総理大臣を兼ねている上、昨年の選挙では巨大与党が誕生してしまいました。

 行政と立法が限りなく近い存在だ、といってもいいのではないでしょうか。三権分立のバランスはとうに崩れてしまった感さえします。

 「改革」というと、ホリエモンの改革Tシャツに象徴されるように、なんとなく良いことのように受け取ってしまう私たち。

 行政改革とは何なのか、何であったのかというと、どうも行政機構のスリム化と内閣機能の強化という2つの言葉で言い表せるようです。

官僚主導で行われていた政策形成を本来の担い手である国民の代表である政治家の手に取りもどそうとするもの」ということが、東京大学公共政策大学院の森田朗教授の説明にありました。教授は実に多くの審議会等の委員をしてらっしゃいます。

 理屈の上ではそうかもしれません。でも、机上の論理、という印象がどうしてもぬぐえません。政治家をそこまで信用していない、というよりできないのは、この国の悲劇でしょうか。

 おまけに行政機構のスリム化を目指して小さな中央行政府を実現しようとしているのも、どうも胡散臭い、なんだか違うぞ、と、庶民もそろそろ気づき始めていませんか。

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「歴史」カテゴリの記事

コメント

とむ丸さんが言われる通り、
> どうも胡散臭い、なんだか違うぞ、と、

庶民も気づき始めていますね。ただ、私達庶民は「おまえたちは素人。何もわからないのだ」と思ってしまう。というか、思わされている。だから「いや、それはこうでこうで」とエライ(エラそうな?)方々がのたまうと、「そんなもんかも知れん」とアタマで納得してしまったりする。「胡散臭いぞ」という自分の嗅覚をもっと信じた方がいいですね。

投稿: 華氏451度 | 2006年5月22日 (月) 02時28分

 華氏さん、おはようございます。
 そのあたりの人間の本能的な感覚って、すごいですよね。
 卑近な例ですが、私がスポーツクラブに行くときによく感じるのですが、ウエアから水着、タオルなどなど、七つ道具を入れたバッグを手にして家を出ようとすると、どうもなんだかおかしい……というときは、必ず何か忘れ物をしています。つい先日は、靴を忘れてしまいました。
 脳の奥のどこかで、正常な状態が記憶されているのでしょうね。

投稿: とむ丸 | 2006年5月22日 (月) 07時37分

昨日,自分のブログで税制についての記事を再掲載しましたけど;あれこれ考えているうちに,結局「税金が何に使われているか」「税金がどのように集められているか」が見えない社会になっているのが,庶民の頭では処理不能になっている原因じゃないかなって思ったり。

そんな訳で,税理士の悪友のアドバイスで,にわか勉強をしていたりします(笑)

んで,そのプロセスで一つ分かったこと。「胡散臭い」と思っても,税金だからと仕方なくカネを払ってしまう;金持ちから税金を取らずにどうして貧乏人から税金を取るのかという根本命題をごまかされていることなんですよね。言ってみれば,累進課税を竹中式「新自由主義」は嫌っている。要するに金持ちの論理な訳ね。昨日からマルクスの『経済学批判』を再読中。こういう時は古典に戻るのが原点です。

投稿: kaetzchen | 2006年5月22日 (月) 08時34分

共謀罪とも絡んでくるのですけど,戦後日本の税制の歴史を辿ってみると,行政制度が戦時体制のままだということに驚かされます。内務省が総務省に変わっただけ(笑) 税制も戦時体制のままだから,源泉徴収だけの給与所得者は納税者ではない,てな感じで税金を効率良く集めて戦争に使い易くする制度がそのまま温存されている。

実際のところ,会社四季報を見れば分かる通り,日本の大企業の8割近くが千代田区や港区に集中している。つまり,実際には日本の税収の8割近くが千代田区や港区から上がっている訳です。これは「本社」を東京に置いて,そこから一極集中的に課税しているせいなんですね。電話1本・机1つでも「本社」ですから,当然雑居ビルに事務員一人だけの「本社」を置いて納税をごまかしている中小企業がごまんとあったりする訳です。

となれば,全国に支店や工場などを展開している企業や,実質的な本社を法人税の安いド田舎に置いている全国展開の企業なんかに,すべて本社と同額の課税をしていく。こうすれば地方格差が税制に関しては自然と解消されていくのではないかと思うのですよ。

# てなことを「その2」で書こうと思ってます。(^^;)ネタバレ

投稿: kaetzchen | 2006年5月22日 (月) 08時47分

 なるほどなるほど。
 戦時中の課税方法がそのままという話は、私も聞いたことがあります。
 税制が複雑怪奇なのは、定年後の税務署職員のためだ、というのも聞いたことがあります。確か、税務署職員は、税理士の資格を取るのも優遇されているのではないかな?

投稿: とむ丸 | 2006年5月22日 (月) 09時47分

高校時代,隣に住んでた同学年の女子高の女の子のお父さんが実はもと税務署職員で税理士でした。税務署を退職する前に税務大学校(名古屋の緑区にあります)へ単身赴任して,税理士になるための総ての科目を履修してきたとか。税理士になるには数科目,公認会計士になるためには全科目の試験に受かればよいので,実力のある人は公認会計士になる人もいるという話を聴きました。

# 婿に来て欲しかったらしく,何回かデートさせられたけど,私の変人さに彼女が困惑していたことをふと思い出しました(笑)

投稿: kaetzchen | 2006年5月22日 (月) 10時42分

ははははは。今日は2つはが多い。

税務署とkaetzchenさんの取り合わせがおもしろーい。

投稿: とむ丸 | 2006年5月22日 (月) 11時02分

ほっといて下さい(笑)

京大は落ちたけど,二期校の医学部と防衛医大に受かったら,隣の税理士のお父さんの目の色が変わりまして……。本人どうしの問題だと思うのですが。(^^;)

投稿: kaetzchen | 2006年5月22日 (月) 14時38分

 はははははは。(また1つ多い)
 そりゃあ、税務署だったら、他人の懐具合もよくわかるというものでしょう。
 そこまでストレートに来れば、若きkaetzchenさんとしては(多分今も変わらないでしょうが)、ちょっとからかってやれ、なんて気になって、いつもならその気もないのに、デートを承諾。あげく、思いっきり変人ぶりをアピール。
 可哀想に、そちらのお嬢さんのトラウマになっていなければいいのですが。(^o^)(^o^)

投稿: とむ丸 | 2006年5月22日 (月) 15時44分

ちゃいます。彼女から見れば,あたしはいつも少女マンガばかり読んでる「ヘンタイ」だったそうで(笑)

もっとも,高2の時,深夜に胃潰瘍で吐血して救急車で運ばれた時には,がり勉してたことがばれてしまいましたけど(自爆)

# 少女マンガみたいに,お見舞いに来るとか,リンゴむいてくれるなんて展開にはならなかったのでした(泣) 陸奥A子さんのレディースコミックに「White Whisper」(『ママの恋人』所収)という,恋人の最期を見取るというマンガがあるけど,とてもそんな雰囲気じゃないです。(^^;)トラウマになった可能性はあるかも

投稿: kaetzchen | 2006年5月22日 (月) 16時48分

それにしても……今ではどうだか知らないけど,昔の地方新聞って,わざわざどこの誰がどの大学に受かったか,なんて情報を地域面に載せていたんですよ! プライバシーの侵害も良い所だわ。5浪した医者の跡継ぎの悪友がすごく可哀想だった思い出があります(今でこそ地元の名士だけど)。

投稿: kaetzchen | 2006年5月22日 (月) 16時58分

人民戦線からとんでもない話にいってしまった……(>_
 双方共に、苦い思い出? もう、止めた、この話……m(_ _)m

投稿: とむ丸 | 2006年5月22日 (月) 17時31分

病院からアクセスしてます(PHSなので)。昨日はしょうもない話ですみませんでした。m(__)m 案の定,風邪で体調を崩してたみたい。昨晩,寝る前に耳の中が痛くなって,いやーな感じはしてたんだけど。

# さっき点滴が終わったところ。んで,ロビーであちこちトラックバック送ってます(笑)

投稿: kaetzchen | 2006年5月23日 (火) 11時31分

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