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(続き)もっと大切な仕事がある――コンドリーザ・ライス

 映画「ロード・オブ・ウォー」の一場面。

 2001年9月下旬、ジョージア州メーコンの米国企業宛の積み荷の中に、ウクライナ製の300機の地対空ミサイルと100台の発射装置が、米国の空港で発見されました。地対空ミサイルは、軽くて持ち運びができ、隠すのも容易だということです。
 当局は、バウトとの関連を疑いました。これについて彼は、次のように答えています。
「それがどうした? 何を載せているかなんて、私の知ったことじゃない。積み荷を開けて中に何が入っているかなんて知るのは、機長の仕事じゃない」
「殺人は武器のせいじゃない。武器を使う人間のせいだ」

 国連には逮捕権はなく、またインターポールは地元当局の協力に頼らざるを得ません。(ちなみに、映画ではイーサン・ホークがインターポールの刑事を演じていましたね。ちょっと可愛すぎる刑事でしたが。)
 武器売買に関して、世界で最も厳しい法律があるにもかかわらず、米国ではたったの一件も起訴されたことはない、という話です。

 バウトはアフリカで、支払いさえしてくれれば、誰彼となく武器を調達して売りさばきました。ただし、アフガニスタンではタリバンで苦い経験をして、ラバニ政権のみを相手にしたようです。

 2001年9月まで、ロシアは故マスード将軍の北部同盟に武器を調達していますが、大半はバウトの仕事でした。が、それ以上の関係について語ることを彼は拒否しました。
 それ以上語ること、そしてそれ以上知ることは、バウトにとっても、ランズマン自身にとっても、危険なことでした。

 またバウトは、東ティモールとソマリアへ、そしてことによるとシエラレオネにも、国連平和維持軍を運んでいます。1994年のルワンダの大虐殺の間は、「トルコ石作戦」遂行と難民の避難を手伝うように、フランス政府に依頼されたと述べています。コンゴのモブツ大統領の逃亡を手伝ったのも彼だとか。

 さて、黒海に面した町オデッサは、密貿易の拠点となっている国際港湾都市です。この町の近くを流れるドニエストル川を80kmほど上ると、モルドバ共和国内の国「沿ドニエストル共和国」があります。ここはヨーロッパの中でも最も貧しい地域で、首都ティラスポリはかつてソビエト第14軍の本拠地でした。そのため、ソ連邦崩壊後4万トンの兵器類が残された、ヨーロッパ最大の兵器庫で、今でも武器の製造が行われている可能性があります。
 この地にもバウトの足跡を見つけることができます。高性能の地対空ミサイルや車両にとりつけた発射台が、ここから中東へ運ばれました。

 ペーター・ランズマンは、多くの当局者や元当局者から話を聞きましたが、もちろんそうしたインタビューは、秘密裏に行われています。そして分かったことは、バウトは、もっと大きな存在の単なる世間向けの顔に過ぎないのではないか、ということでした。ヴィクトー・バウトが言いたかったのは、自分は単に身代わりに過ぎない。人間ヴィクトー・バウトよりも、もっと大きく、もっと重要な政治組織の罪をかぶせられているだけだ、ということではなかったのか、とランズマンは結論します。

 2000年から2001年にかけて、西側情報部はバウトの電話を盗聴します。その結果、バウトがタリバンやアルカイダに武器を売った証拠は見つからなかったものの、少なくとも飛行機を武器の運搬に供することがあった、と米国政府は確信するに至りました。これは、バウトをアルカイダの共犯者とするのに十分な根拠となります。
 N.S.C.(米国国家安全保障会議)は英国・南アフリカ・ベルギー政府の当局者たちと協議し、バウトを掴まえる方策を講じて、彼を徹底した監視下に置きます。ところが、土壇場になると、バウトよりもっと大物を追跡しろ、とホワイトハウスに命じられるのです。

 ブッシュ政権は、始まったときから、国家を横断する犯罪を国家安全保障上の問題とみなすことがなかった、とクリントン政権時のN.S.C.高官は語ります。
 当時のコンドリーザ・ライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、バウト問題を外交的に処理するように指示してます。

 2001年9月11日の同時多発テロの後、バウト関連の作戦は完全に中止になりました。ライス補佐官が、「もっと大切な仕事がある」と言ったようです。また彼女は、このインタビュー記事へのコメントを拒んだそうです。


 映画を軽く超えるおぞましい悪の世界。映画では、モデル出身の美しい妻、あるいは武器売買で心に深い傷を負った弟(実際は、ヴィクトー・バウトと一緒に武器売買に携わるのは、弟ではなく、兄であるセルゲイ・バウトです)のように、ハリウッドらしい甘い味付けがされていました。
 
 現実の話には、そんな甘さは微塵も感じられません。見え隠れするのは、大国のエゴと、権力を握ったもの達の表の顔と裏の顔。ジキルとハイドが一つの存在の内に同居していること。神を掲げながら、裏では悪魔と手をつないでいる姿。
  

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