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ムラの一人前、軍隊の一人前

 成人式、センター試験と若い人の話題が続くついでに、いつかお話しした子供がどこでどうして大人になっていくのか、をちょっと考えてみました。
 
 アリエスの『子供の誕生』によると、小さな人(こども)と大きな人(大人)のごちゃ混ぜ社会のような中世ヨーロッパから、ブルジョアジーと呼ばれる中産階級が歴史に登場する時代になって、こどもは単なる大人の小さな存在ではなく、それ自体独自の価値を持つ存在であるという考えが生まれ、そこから避妊の考えがあらわれ、こどもを教育の対象とする態度が生じたといいます。
 
 一方日本では同時期、百姓身分が人口の9割を占め、村落に居住し、幕藩体制下で「郷村条目」の義務を完遂すべく連帯責任を負わされていました。
 ですから、連帯責任をまっとうできないものは、嬰児なら間引き、成長しては勘当、旧離(血縁者に欠落人が出ると目上の者が届け出て人別帳よりはずした)をしましたが、一人前の大人になるとは、そうしたムラの構成員としての一人前を意味するわけです。
 その一人前を育てるものが、「若者組」、「ワローグミ」等々と呼ばれる社会的訓練の場です。私の住む町からさほど遠くない漁村部では、確か「水難救助組合」のような名前で呼ばれていました。屈強な若者たちの村での役目のひとつがうかがわれますが、遊日願い、祭礼願いを村役人に出し、芝居興行を企画するのも若者組の仕事でした。
 エネルギーのありあまった彼らは時には禁止の対象となり、一揆や打ちこわしの主力であり、倹約令下であっても祭礼、芝居興行の挙行を主張して、その費用は高持ちが負担しろ、と要求する、ときには困った存在でした。 
 
 昔も今も体制の枠におさまりきらない若者の姿が見えてきます。その若者たちを体制内に組み込もうとしたのが、明治新政府の「学制」に始まる教育制度でしょうし、学制の翌年1873年に発令された「徴兵令」に始まる徴兵制でしょう。 
 しかも徴兵令の目的は、もちろん、欧米列強に範をとった軍事力整備ですが、発足して間もない新政府を悩ます数々の反政府行動への対処の意味が大きかったようです。しかも度々改正されています。
 当初はさまざまな免役条項が存在していましたが、次第にそれが制限され、国内の支配体制が整い、対外戦争が日程に上がってくると、国民皆兵の原理が貫かれていくことになります。
 そうなると、多種多様な若者たちも、軍隊の厳しい階級制度のもとで人をも殺せる人間になって、はじめて一人前とされた、と考えられます。

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