明治憲法の亡霊が行く――自民憲法草案1
植木枝盛の憲法草案を読みながら、気になって自民党の新憲法草案を読みました。話には聞いていましたが、実際の文面を見てみると、言葉を失います。
前文は全て書き換えられています。
第2章も全面的に書き換えられて、「戦争放棄」から「安全保障」となり、平和主義を定めた第9条は削られ、自衛軍の新設、自衛軍の任務遂行に国会の承認その他の統制に服すること、自衛軍の活動内容等が盛り込まれています。
第3章の「国民の権利及び義務」では、第12・13条の文言を見ていくと、「公共の福祉のために」にかわり、「公益及び公の秩序に反しないように」「公益及び公の秩序に反しない限り」といった但し書きが加わっています。明治憲法の亡霊がちらつきます。
そこまで見たところで、一気に疲れを感じて先に進めません。少しずつこれから読んでいくことにして、とりあえず今日は、一番の問題部分、第2章「安全保障」を、第三章の「国民の権利及び義務」の中の第12・13条とあわせて、ここに載せておきます。
第二章 安全保障
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国憲の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(削る)
(自衛軍)
第九条の_我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより,国際社会の平和と安全を確保するために国際的に強調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
第三章 国民の権利及び義務
(国民の責務)
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを乱用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する義務を負う。
(個人の尊重)
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
いかがでしょうか。
私自身に法律の知識は皆無。でもこの新憲法案は、植木の憲法草案と明治憲法を見比べて気づいたことに、奇妙につながってしまうように思えて仕方ありません。
公益及び公の秩序って誰が判断するのでしょうか。
また、第9条第2項その他の統制とは何のことでしょうか。
それと、第9条第3項の「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に強調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し」の部分には、読点が一切使われていません。どこで区切るかによって、指し示す内容が違ってきます。
それとも法律の解釈は、接続詞「及び」の使い方で、自ずから決まってくるとか、あるのでしょうか。
「公の秩序」の連呼に、疑心暗鬼が頭をもたげてきます。
ここで当然、かの「治安維持法」を思い出します。何かおそろしい化け物でも見るような気持でおそるおそる覗いてみると、当の法律はたったの7条からなる短いものでした。それが2回の改定を経て、すさまじい強権を発動する根拠になったのです。
以下にその治安維持法も載せておきます。
第一條 國體ヲ變革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ處ス
前項ノ未遂罪ハ之ノ罰ス
第二條 前條第一項ノ目的ノ以テ其ノ目的タル事項ノ實行二關シ協議ヲ爲シタル者ハ七年以下ノ懲役又ハ禁錮二處ス
第三條 第一條第一項ノ目的ヲ以テ其ノ目的タル事項ノ實行ノ煽動シタル者ハ七年以下ノ懲役又ハ禁錮二處ス
第四條 第一條第一項ノ目的ノ以テ騷擾,暴行其他生命,身體又ハ財産二害ノ加フヘキ犯罪ヲ煽動シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁鋼二處ス
第五條 第一條第一項及前三條ノ罪ノ犯サシムルコトヲ目的トシテ金品其ノ他ノ財産上ノ利益ノ供與シ又ハ其ノ申込若クハ約束ノ爲シタル者ハ五年以下ノ懲役又ハ禁鋼二處ス情ノ知リテ供與ヲ受ケ又ハ其ノ要求若ハ約束ノ爲シタル者亦同シ
第六條 前三條ノ罪ノ犯シタル者自首シタルトキハ其ノ刑ヲ滅輕又ハ兔除ス
第七條 本法ノ、何人ア問ハス本法施行區域外二於テ罪ヲ犯シタル者二亦之ノ適用ス
これについては、第5条の「金品其ノ他ノ財産上ノ利益ノ供與シ又ハ其ノ申込若クハ約束ノ爲シタル者」に注意してください。要するにシンパとして援助することもいけない。この法に触れて経済的に困窮したものに何らかの金品を与えることもいけない、ということになるわけです。
そしてご丁寧に、第6条では、密告の奨励もしています。
第7条の「本法施行區域外」とは、日本国外のことを指すのでしょうか。つまり、この法に抵触するようなことをしたら、国外にあってもただではおかない、ということでしょうか。
「國體ヲ變革シ又ハ私有財産制度ヲ否認」するものが当時の日本社会でいかに少数であったか、思い起こしてみましょう。それを、なぜここまで執拗に、強迫的なまでに追いつめるのでしょうか。
なぜこうも、時の権力者たちは「公の秩序」にこだわりを見せるのでしょう。多分、往々にして、権力を握ったものの「私の秩序」そのものが、「公の秩序」と称されてきたからではないでしょうか。
「明治の元勲」たちは、その前の時代の秩序=幕藩体制を壊し、数々の政争を生き延びてきた人たちです。自分の思うような体制を作り上げたら、次にはその体制=私の秩序を公の秩序であると公言し、それを死守しようとするのは当然でしょう。
追記
ここに載せた治安維持法は1925(大正14)年に制定された旧法です。1941年に全面改正された新法には、「予防拘禁」の項を含む全3章65ヵ条に附則があります。
司法省令第49号「予防拘禁手続令」と司法省令第30号「予防拘禁処遇令」が同年に施行され、これらの3点セットで、国民を思想統制するシステムが完成しました。
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